第137話「王戦準備」

「どうだ、例の武器の準備は出来たか?」


「はっ、こちらに」


 アラビアル王国の第一王子マサウダは自室に呼び寄せたその宮廷魔術より一本の剣を受け取る。


「お気をつけください。剣にはマンティコアの毒が塗ってあります」


「ふんっ」


 魔術師からの注意を聞きながら、マサウダは剣に輝く妖しい光沢を確認すると、そのまま剣を鞘に収める。


「よし、王戦ではこれを私の剣とするように手配しろ。数時間後には、あの忌まわしいガキもこれでおさらばだ」


「はっ、ですがよろしいですか? いくら邪魔だとは言え、公の場で殺すというのは後々、尾を引くのでは?」


「何をほざく。王戦での死など事故のようなもの。剣についた毒など、あとでいくらでも処分できよう」


「しかし、何も殺さずとも、追放でも良いのでは――」


「黙れ。何も知らない奴がそれ以上のたまうな」


 マサウダの殺害宣告に対し、異を唱える魔術師であったが、それに対するマサウダの殺気はこれまで以上であった。


「あれが生きていること自体が私に取っては我慢ならぬ。なにがあろうとも、王戦で奴を殺す。でなければ……」


 その先を口にしようとし、マサウダは黙る。

 そこには殺意以上に、焦りの色がにじみ出ていた。


「……ともかく、王戦で奴を殺せば、それで私の身は安泰。あとはあの老いぼれさえくたばれば、この身は晴れて王位に就けるのだから」


 まるで、それを成さなければ王位に就けないかのように、マサウダは王戦に潜む何かに怯えているようであった。

 少なくとも、それを見ていた魔術師はそう感じ取り、彼は人知れずフードの底で暗い笑みを浮かべるのであった。



◇   ◇   ◇



「よし、そこまでだ」


「はぁ……はぁ……」


 一方でシンを連れて、中庭で訓練を行っていたロスタムとザッハークは、あれから半日近くシンの訓練を行っていた。


「今のを実戦で行えれば、お前でも十分に勝ち目はあろう。だが問題は仕掛けるタイミングだ。いいか、相手が勝ち誇った時、その隙を逃すな。今のお前ならば、敵の隙を突くだけの能力は十分にある」


「はい、ありがとうございます……!」


 ロスタムからの忠告に対し、礼の言葉を述べて、その場に座り込むシン。

 その体は汗だくであり、激しく肩を揺らしながら呼吸を整えていた。

 一方のロスタムはまるで汗をかいた様子はないが、それでもシンの成長のよさに知らず笑みを浮かべていた。


「……どうだ、ロスタム。シンの様子は……?」


「うむ。さすがに魔物に育てられただけはあって、反射神経や運動神経は並以上だ。恐らく過酷な環境化で育ったおかげだろう。単純な身体能力ならば、そこらの勇者にすら引けは取らない」


「……が、問題は剣の技術か……」


 ロスタムの感想に対し、ザッハークはすぐさまシンに足りないものを言い当てた。

 いくら身体能力がズバ抜けていようとも、武器の扱いが稚拙であれば、話にならない。

 特に今回の王戦は剣による試合であり、相手がそれを使ってくる以上、何らかの仕込みが剣にあるべきと疑うのは当然。

 それを身のこなしだけで避けるのは不可能であり、最低でも相手の剣を捌き、受けきるだけの技量は身につけなければならない。


「……しかし、お前のさっきの戦術。あれは本当に王戦で使っていいものなのか……?」


「何を言っている兄上。別に反則ではないだろう。そもそもルールに書いていない」


「……いや、あれはルール以前の問題というか……」


 そこでザッハークは目の前のロスタムが、元は魔物であったのを思い出し、この手の常識は抜けているのかとため息を零す。


「……だが、確かにお前の言うとおりかもしれんな……」


 ルールに記載されてはいない。それはつまり反則ではないという屁理屈が成り立つわけであり、そこにシンが勝利し得る活路がある。

 剣の腕など一朝一夕でどうにかなるわけがない。

 彼らが野生児であったシンに教えられるのは大まかのルールであり、それに則った戦い方のみ。

 だが、それで十分。

 二人はシンにしか勝てない戦術を教え込み、あとはそれが通るかどうかを試すだけである。


「シン。王戦は数時間後、王宮の広間にて開催されるとのことだ。それまではゆっくり休んでおけ」


「え、でもまだ数時間あるなら、僕、やれます……」


 そう言って立ち上がろうとするシンをロスタムは無理やり座らせる。


「限界ギリギリまで体を痛めつけても逆効果だ。ここまで来たらあとは数時間ゆっくり休め。体力を万全にして挑むことが今お前が一番為すべきことだ」


 そう諭すように宣言するロスタムに対し、シンはすぐさま納得したように頷く。

 その場に寝っころがり、スヤスヤと寝息を立て始める。

 そうして、シンの寝静まった顔を見ていたロスタムとザッハークの居場所に見慣れぬ兵が近寄り、ザッハークへと耳打ちをする。


「ザッハーク様。例の件について進展が……」


「……そうか……」


 その兵からの報告を聞くや否や、この場を離れるように移動し始める兄の背中にロスタムが声をかける。


「どちらに向かうのですか、兄上。数時間後には王戦が始まりますよ」


「……その件についてだ。数年前の事件に関わった兵士の居所を見つけたとの連絡が入った……」


「ほぉ」


 数年前の事件。

 それはシンの母親暗殺事件のことであるとザッハークは即座に理解した。


 この王国に入ってからザッハークとロスタムは、帝国の情報網を使い、当時の事件やマサウダ周辺についての調べを行っていた。

 当時、殺されたシンの母親が王の正式な妃であることを考えれば、その暗殺は容易ではなかったはず。

 仮に黒幕がマサウダだとしても暗殺の実行犯、それを手引きした門番と兵士、あるいはメイドに貴族。

 多くの者が関わっていなければ不可能のことであり、関わった者全員を始末することは不可能。

 仮に行ったとしてもそれは自ら王宮内の黒い噂を認めるようなものであり、多くは金を握らせて遠くへ追いやるか、黙らせるのが定石である。


 だが、ザッハークの感じた違和感はそれではなかった。

 これほどまでの手間暇やリスクを負ってまで、王妃の暗殺と、その子供達を殺す必要があったのか。

 それこそが、ザッハークが最初に感じた疑問。


 マサウダはこの国の第一王子。

 何もしなくても王位を継承することは決まっている。

 その彼が暗殺を実行したのには、王妃が平民の出だからという理由だけではなく、もっと大きな裏が隠れているのではないか。

 それを知るべくザッハークは街へと向かう。

 そこには、この事件の真相が隠されていると、ザッハークは心のどこかで予感していた。



◇    ◇    ◇



「よしっ」


 そうして、オレは王宮から外に出て、すっかり登りきった太陽を確認する。


「やれるだけはやった。あとは流れに任せるだけだ」


 そう呟きオレは背後にいた仲間全員を振り返る。


「行こうぜ。王戦の観戦に、シンの応援に行ってやらないと」


 オレのその声に皆が頷き。

 オレ達はシンとマサウダとの決着を見守るべく、王戦の会場へと向かうのであった。

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