第136話「王戦前夜」
「シン……」
姉アリーシャの代わりに自ら王戦に出ると宣言したシンに対し、オレは驚きの声を上げるが、隣にいたロスタムさんとザッハークさんは何かを考える素振りをした後、それに頷く。
「確かに君でなら代わりの出場も可能だろう。元々この王戦は君がこの場所に残るために行われるもの。ならば、当事者に当たる君が姉の代わりとして出場しても問題はあるまい」
「ですが、ロスタムさん! 王戦って真剣を使っての勝負なんでしょう! 下手したらシンの命が……!」
「大丈夫」
止めようとするオレの意見に対し、シンは先程よりも落ち着いた様子で声をかける。
「キョウさん。色々、ありがとうございました……。僕のことを……救ってくれたり……お姉ちゃんの、こと、ありがとう」
そんな急なお礼と、初めてこちらに対して面と向かって声をかけてくれたことにオレは正直驚いたが、目の前の少年からの素直なお礼に対し、嫌な気分はなかった。
「いや、大したことはしてないよ」
「いえ、あなたのおかげで……僕は、この王国に戻れて、お姉ちゃんと再会出来た……そのことへのお礼、まだ、だったから……ありがとう」
そう言ってシンは深く頭を下げる。
そののち、頭をあげた彼の瞳には強い決意が宿っている。
「けど、だから……もう、キョウさんに迷惑をかけられない。これは、僕達の問題……僕が、解決するべきこと。お姉ちゃんに任せたら……いけないっ」
「シン……」
そこには王族として生まれた者として譲れない誇りや矜持を宿しているようであった。
確かにシンは幼少の頃から今までずっと魔物に育てられて生きてきた。
だが、その生まれは紛れもないこの王宮であり、その体には王族の血が確かに流れている。
その王族としての血がシンに王家の者としての毅然とした態度を与えているようでもあった。
「ふふっ、いい決意だ、少年よ。気に入ったぞ。では明日までの短い間だが、このオレが直々にお前に対し剣の扱いを伝授してやろう」
と、それまでのシンの言動を見ていたロスタムさんがシンの事を気に入ったのか、自ら剣の指南役を買って出る。
それに対し、シンは一瞬戸惑うものの、すぐさま「お願い、します……!」と頭を下げる。
「というわけでキョウよ。後のことは我らとこのシンに任せておけ。もはやここより先は本人たちの問題だ。すでにお前は十分すぎる活躍をこの王国で披露したのだ。あとは我らに任せておけ」
「……そういうことだ。栽培勇者よ。お前達はゆっくり休んでおけ……」
「ロスタムさん、ザッハークさん……」
ふたりは共に七大勇者の一角を担う人物であると同時に彼らもまた王族。
確かに彼らでならシンに対し、よいアドバイスを出来るかもしれない。
明日の王戦までどれだけのことが出来るかはわからない。けれど可能性は全て試しておいたほうがいい。
オレは彼ら二人にシンを任せ、彼らもまた残された時間でシンを鍛えるべくシンと共に、この部屋より退出していく。
その後、残されたオレとリリィ達の間に静かな沈黙が漂った。
「……まあ、もうこうなった以上はあいつらの言うとおり本人の問題よね。特に王戦ではいくらアタシ達が手を貸そうとしても出来ないわ。干渉するとしても、それは彼らと同じ王族でないといけないでしょうし」
「そうですわね。王族の問題は王族で解決するしかありませんわ」
そう呟くリリィの言葉に隣に立つフィティスも同意する。
確かにそうかもしれない。
すでにオレが出来ることは終わっている。
この国に来て、色々な魔物を栽培し、その後、マンティコアにさらわれシンを治すためにマンドラゲを栽培した。
そのマンドラゲのおかげで今はアリーシャの治療も出来ている。
他にも王戦に向けて、オレなりの支援もアリーシャと共に終えている。
確かに、皆の言う通り、オレがここで出来ることは終わっている。
オレが出来ることはあくまでも魔物を栽培するだけ。
以前のロスタムの戦いの時とは違い、今回の事件の中心はあくまでシンとアリーシャ達。
オレはそのサポートに過ぎないんだ。
だが、だからこそ、オレはオレに出来る最大限のサポートを続けようと決意した。
「……だな。そのためにも今はアリーシャの治療に専念しよう。というわけでドラゲちゃん、触手の方、分けてもらっても大丈夫かな?」
「問題ないっすよー」
ドラゲちゃんの了承を得て、彼女から受け取った触手を刻み、それを食べやすいサイズにしてから、ベッドに眠るアリーシャの口にそっと運んでいく。
アリーシャは唇に運ばれたそれをゆっくり咀嚼し、飲み込む。
マンドラゲの触手はマンドラゴラの因子を受け継いでいるだけあって、かなりの美味。
オレも試しに食べてみたのだが、まさに歯ごたえのあるクラゲの味。しかも調味料なしでも抜群の旨さであった。
病人でも食べやすい美味しさであり、今オレが出来ることはこうして毒に倒れたアリーシャを介抱すること。
もしもシンがあのマサウダに勝ったとしても、そこにアリーシャがいなければシンは再び孤独になる。それだけはさせてはいけない。
そして、もう一つ。今回の件を解決する手段の一つとして、アリーシャと共に実行しようとしていたそれをオレ一人でも完遂させなければならない。そのためにも――
「リリィ、フィティス。ちょっと頼みがあるんだが、いいか? 明日の朝、オレと一緒に王宮の方へ来てもらえないか」
「王宮に? 別にいいけれど、大丈夫なの?」
「キョウ様、確か王宮は王族の者以外は入れないしきたりでは?」
「まあ、そうなんだけどさ。シンがいなくなる前にアリーシャと共に王宮の方へ行って、その時に門番の人に通してもらったんだ。けど、この状態じゃ、明日はアリーシャはいけないから、その事情を説明するためにもお前達にも一緒に来て欲しいんだ」
オレからの懇願に少し戸惑うふたりであったが、すぐさまふたりして笑みを浮かべ頷き合う。
「わかったわ。なんだかわからないけれど、アンタがしたいことならアタシも協力するわ」
「私も及ばずながら、最後までキョウ様の力になりますわ」
「ああ、助かる」
ロスタムさんや、ザッハークさんがシンに協力するように、オレもまたアリーシャのやり残したことを引き継いでそれを果たさなければならない。
明日の王戦終了までに結果を出せるかはわからない。
だが、それでもオレに出来ることはしておきたい。
そのためにオレはこのアラビアル王国に来たのだから。
この砂漠の王国での栽培から、約一ヶ月近く。
アラビアルにて起きた王族同士にまつわる陰謀と戦い。そして、その裏に潜む真実との決着はもう間近まで迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます