第135話「王戦宣告」
あれからアリーシャを背中に抱え、オレとシンは離宮へと戻ることとなった。
その途中でリリィやフィティス達とも合流し、そのままシンとアリーシャがいた部屋へと戻り、未だ気を失ったままのアリーシャをベッドに寝かせる。
その傍にはシンもいて、アリーシャの手を握っている。
「お姉ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい……ありがとう」
そう言って震えるシンではあるが、姉の手を握ったまま離れようとはしなかった。
「それでキョウ、一体なにがあったの?」
シンを無事見つけたことにリリィ達も安心したようだが、アリーシャの負傷を見て何事が起こったのか不安になりオレに説明を求め、それに対しオレは見たままを素直に伝えた。
「……そう、あのマンティコアが……」
リリィはどこか悲しげな表情を浮かべ、オレの隣に立つザッハークさんを見る。
無論、ザッハークさんがマンティコアの記憶からシンのことを消したことは伝えたが、それもマンティコア自身が望んだことも伝えたため、リリィもザッハークさんを責めるようなことはしなかった。
「……けど、それならあのマンティコアのためにも、アリーシャのためにもここにシンの居場所を作らなくちゃいけないわね。そのためにも」
「ああ、あのマサウダって奴との王戦をなんとかしなくっちゃな」
そう、結局のところアリーシャとシンが二人共この王国にて平和に暮らすためにはあのマサウダによる妨害を阻止する必要があり、その前提条件としてあいつからの王戦には絶対に勝利しなければならない。だが。
「兄上、キョウ。ここにいたのか、探したぞ」
「……ロスタム」
「ロスタムさん!」
声のした方を見ると、そこには扉を開き現れた帝王勇者ロスタムの姿があった。
「何やら宮殿内が騒がしかったが何かあったのか?」
「いやまあ、色々ありましたよ……」
というかこの人、これまでの騒動に気づいてなかったのか。
豪胆なのか抜けてるのかよくわかんない人だな。
「それよりもキョウ、兄上。例のマサウダとやらについて色々調べた結果、面白い情報がいくつか入ってきたぞ」
「! 本当ですか、ロスタムさん!」
「無論だ。こう見えて我が帝国の情報網は優秀だ。最も核心に迫るようなものはなかったが、それでもいくつかの情報は得られた」
正直、この状況においてマサウダの情報が掴めたというのは心強い。
それがどんなものであれ、相手の情報を少しでも欲しいところ。それが実際の試合にも使えればそれでいいし、それ以外の面においても切り札となる場合もあるのだから。
そう思いロスタムさんの次のセリフを待つが――
「まず奴は女癖が悪い」
「はい?」
だが初っ端ロスタムさんが出した情報を思わず聞き返してしまった。
えーと、それってつまりどゆこと?
「つまりだな、奴の女癖の悪さは王宮内でも評判が悪い。一度手に入れた女を捨てることは当然として、それが他人の女だろうと人妻だろうとお構いなしに奪っては食い散らかすといった真似をしている。まあ、王族の男として生まれたのならそうした異性関係における不純も珍しくはないが、率直に言ってゲスだと断言しておこう」
そりゃまあ確かにおっしゃる通りで。
というか、あいつ思った以上にロクでもない奴だなー。
「……だが、それだけでは奴に対する切り札にはならないだろう。女癖が悪いからと言ってそれが罪になるわけでもないのだから……」
とオレの隣で話を聞いていたザッハークさんが口を開く。
確かに。これでは陰口程度の情報にしか過ぎない。
とは言え、ここに来てから半日ほどで情報を集めたロスタムさんを非難するつもりはない。
情報を集めてくれただけでも感謝しているのだから。
「いや、実はこれにはまだ続きがあってな。どうも奴はその女癖の悪さによって以前ある人物とトラブルを起こしたらしい」
「トラブル?」
なにやら一気に王宮のスキャンダル事情に発展し、思わずなにが起きたのか聞き返すオレ。
「なんでも相当の立場の人物に言い寄ったとか。さすがのオレもそれ以上は探れなかったが、その件をもみ消すのに奴はかなりの労力を消費したらしい。実際、その噂話を耳にした奴すら暗殺されたとか。だからオレも奴が一体誰と問題を起こしたのかまでは探れなかった」
「なるほど……」
ロスタムさんからの情報を聞き終え、オレは考えるように顎の下を手で触る。
もしかしたらその件はかなり重要なことなのかもしれない。
あのマサウダが慌てて証拠や噂話すら消そうとしたところを見ると、それこそが奴にとって致命的な事実に繋がるということ。
ならばそれを突き止めれば、奴の弱みを握り、今現在アリーシャやシン達を脅かす行為を止められるかもしれない。
「アリーシャ様。失礼いたします」
が、その瞬間、この部屋の扉を開き、近衛兵と思しき人物が中に入ってくる。
中に入った瞬間、目的の人物であったアリーシャがベッドに横たわっている姿を見て、明らかな狼狽の姿を見せる兵士だったが、そこにザッハークさんが落ち着いた様子で対応を行う。
「……すまない。見ての通りアリーシャ様は容態が優れない。要件であれば代わりに私が伺い、後ほどアリーシャ様に伝えよう……」
「はっ……そうでありますか」
ザッハークさんの対応と、彼のアルブルス帝国の帝王兄という立場を信用し、兵は要件を伝えた後、退席する。
その後、あの兵士が何を伝えに来たのか尋ねたところ、ザッハークさんはどこか思わしくない反応を返す。
「……少し厄介なことになったかもしれない。君が先程言った王戦について、マサウダ卿からの伝言だった……」
「なんていう伝言ですか?」
ザッハークさんの表情を見るに、まずい伝言なのではと予想をしたが、事実はそれ以上であった。
「……王戦の対決は明日とのことだ。しかも対決は真剣を用いての勝負……どちらかが負けを認めるか、命を落とすかまでの戦いだそうだ……」
「明日……っ」
「……もし現れなかった際は棄権と見なし、シンとアリーシャにはこの国から出て行ってもらうとのことだ……」
それはまさに今の状況において最悪の伝言であった。
その王戦を受けるべきアリーシャが現在はマンティコアの毒を受けて倒れている。
無論、ドラゲちゃんの触手によって毒は中和されているが、明日までに全回復はさすがに厳しい。
仮に回復したとしてもすぐさま万全に戦えるかどうかも難しい。
このタイミングでの王戦の申し込み。
おそらくはマサウダ側にもシンが行方不明になったとの情報が入り、その混乱につけ入り王戦を申し込んだのだろう。
相手の精神が乱れている状態ならば先手も打ちやすく、仕掛けるには絶好のタイミング。
が、実際はそれ以上に厄介な状態となっているが。
「一体どうすれば……」
悩むオレ達に対し、ある声が響く。
「僕が……出る」
その言葉にオレを含めたこの場の全員が振り返る。
そこにいたのはアリーシャの手を握っていたシン。
その表情はこれまでの怯えていたものとは異なり、決意を秘めた力強い意志が瞳に宿っていた。
「僕が、姉さんの代わりに王戦に……出る」
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