第134話「姉弟の絆」
「……あれって」
あれからオレはザッハークさんに連れられるまま、砂漠のある場所へと向かった。
そこでは街から逃げたシンがマンティコアと話、そこにアリーシャが現れ、三人のやり取りを見ることとなる。
途中、アリーシャがマンティコアからの攻撃を受けた際、思わず飛び出しそうになったが、そこを隣にいるザッハークさんに止められる。
どうやら彼には何かしらの考えがあるようで、その後の三人の動向を見守ることとなる。
しばらくしてマンティコアがふたりの前から姿を消すと同時にアリーシャが倒れ、それを受け止めたシンが慌てた叫び声を上げるのを見る。
「! いけない! ドラゲちゃん、頼む!」
「あいさー。了解っすよー、ご主人ー」
と一緒についてきていたドラゲちゃんに頼み、彼女はそのままシンたちへと近づいていく。
マンドラゲのドラゲちゃんはその触手部分にマンドラゴラの治療薬の効果を持っている。
マンティコアから受けた毒針も彼女の触手を食べればすぐに良くだろう。
しかし、それにしても先ほどの一連のやり取り。その会話を聞いていたオレは思わず隣にいるザッハークさんに問いかける。
「……ザッハークさん。マンティコアの記憶の改ざん、あれはやはりあなたがやったんですか?」
「……そうだ」
オレからの問いかけに素直に頷くザッハークさん。
先程部屋でこの人と会った際、彼はシンの行き先とそこにマンティコアがいることを伝えてくれた。
が、彼はそこでのやり取りを干渉せず、見守ってほしいとオレに告げた。
最初はマンティコアがシンを連れ去ったのかと思ったが、ザッハークさんの口ぶりから、どうも違うようであり、ここに来て様子を見ることでマンティコアの行動が昨日までとはまるで別人であることに気づく。
となれば、マンティコアの記憶をザッハークさんが改ざんしたと考えるのが妥当。
確かに、シンをアリーシャのもとへ残すにはこの方法が一番だったかもしれないが、それでもマンティコアのことを考えれば、彼の記憶からシンを消すというのは……。
そうオレが悶々としていると、それを見透かしたかのようにザッハークさんが告げる。
「……キョウ殿。マンティコアへの記憶の改ざん、あれは私の意思で行ったわけではない。あれはマンティコアの方から私に頼んできたのだ……」
「え?」
その意外な言葉にオレは一瞬呆気にとられる。
なぜなら、マンティコアにとってシンは息子同然。
実際、シンを王宮に連れ戻す際にも良い顔をせず、向こうからシンが望まないのなら連れ戻すと宣言していたのだから。
「……彼はこの王宮に戻ってからシンの様子をずっと見守っていたそうだ……」
そんなオレへの疑問に答えるようにザッハークさんが語りだす。
最初、マンティコアは自身の懸念通り、シンが離宮で起こったことに怯え過ごす日々に心配を覚えたという。
だが、そんなシンにずっと寄り添う存在アリーシャを見て、考えが変わっていったという。
彼女の親身な接し方は、亡くなったマンティコアの片割れにそっくりであったという。
シンにとっての母親がわり、そして紛れもないシンの実の姉。
シンは震えながらも、アリーシャといる時だけはどこか安堵した表情をしていたのをマンティコアだけは気づいていたという。
だが、あのマサウダという人物が現れ、それにシンがますます怯えるようになり、マンティコアはシンがあの王国からへの逃げ道として自分の所へ戻ってくるのではと確信した。
それはある意味で、マンティコアが望んだことではあった。
しかし、あのアリーシャと呼ばれる少女が親身にシンに接し続けた姿を見て、逃避先として自分のもとへ戻ったシンが本当に幸せになれるのか。
マンティコアは自身がシンと一緒に過ごす幸せよりも、シンが家族と過ごすべき本当の幸せを選び、シンが自分のもとへ戻ってきても、それを拒絶するようザッハークに自分の中からシンの記憶を消してくれと頼んだのだ。
オレはそれを聞いたとき、マンティコアが下したその決断にどこか物悲しさを感じ、ただ黙ることしかできなかった。
「……これが良かったのか私にもわからない。だが、少なくともあのマンティコアが言っていた。本当の家族がいて、その者達が受け入れているのなら、そちらにこそ幸せはあると……」
「……そうかも、しれませんね」
少なくともマンティコアはシンの幸せがあの離宮にあり、アリーシャと過ごすことにあると言ってくれた。
確かにシンはあの離宮に来てから怯えてはいたが、それでもオレが最初に会った時とは違って生きる意思を捨ててはいなかった。
心の奥底では姉と会えたことでシンは生きる希望を取り戻していたんだ。
なら、そのトラウマを克服して、あの姉弟二人が誰にはばかれることなく一緒に暮らせるようにすること。
それがあのふたりにとっての幸せであり、オレが協力すべきことなんだ。
そのことに改めて気づいたオレはザッハークさんに、みんなを呼んできてもらうよう頼む。
オレの頼みに頷いたザッハークさんが移動するのを見て、オレは改めてシンとアリーシャ達の方へと近づく。
すでにドラゲちゃんの触手を食べたアリーシャの顔色は良くなっており、これならば命に別状はないだろうと安堵する。
それはシンも同様であり、姉の手を握り、彼女の名前を呼ぶその表情は以前までの弱々しくトラウマに怯えるものとはどこか違う喜びに満ち溢れていた。
オレは姉弟ふたりの顔を見比べながら、この二人のためにも最後まで協力することを胸に誓うのであった。
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