第132話「逃亡者」

「これはシン様。王宮の方へ一体なんの御用でしょうか」


 今オレとアリーシャは王族のみが住まうことを許された王宮の前へと来ていた。

 すでに時刻は夕刻。この時間帯になると門を護衛するべく門番たちが複数立っていた。


「……今はシンではなくアリーシャです」


 そう言って自らの名前と正体を隠すことなく告げるアリーシャに門番たちはわずかに驚くものの、すでにマサウダあたりから聞いていたのか動揺は少なかった。


「実は――」


 その後すぐさま用件を伝えるアリーシャに対し、その内容に驚く門番たち。

 すかさず隣に立つオレを見る目にはわずかな疑惑の目があった。


「……そういうわけで通してもらえないかな。彼が言うそれが成功すれば、今の私たちの国における問題も多くが解決に導けるはずです」


「それは……確かにそうですが、しかし……」


 言ってわずかな悩みを浮かべる門番だが、ここは引くわけにはいかないと宣言する。


「……その者は魔物を栽培するという得体の知れない人物です。彼が言うその方法が成功するという保証はありません。もしその者に悪意があれば取り返しのつかないことになるやもしれないのですぞ」


 そう宣言した門番の口調はオレへの疑惑も当然だが、それ以上にその後、アリーシャへと返ってくる被害を恐れているようでもあった。

 これからオレが試す行為が失敗すれば、その責任は当然アリーシャにものしかかる。

 この門番はそうしたアリーシャへの危険を心配していた。


「……ありがとう、オズマン。だけど安心してくれ。彼は、キョウは信頼できる」


 だがオレの隣に立つアリーシャは迷うことなくオレを信頼して、その名を口にしてくれた。


「キョウは、この国に来てからずっと僕たちの食糧問題を解決するために魔物の栽培に励んでくれた。砂漠という普通の魔物ですら栽培が困難なこの地で、けれども彼は多くの魔物を生み出してくれた。彼のおかげで少しずつだけど、この国での魔物不足による食糧問題も解決しつつある。なによりも彼は死んだ思っていた私の弟シンを見つけて、無事に送り届けてくれた。その彼の行為を私は信じている」


 これまでオレがこの国に来てからしてきたことはオレにしてみればいつものことだったかもしれない。

 魔物を育て栽培する。

 だが、それでもそれがやはりこの世界では特別なことなんだとアリーシャは言い、オレへの感謝を示すように目の前の兵士たちにも語る。


「だから信じて欲しい。彼の行為を、彼が栽培した魔物は私たちを救ってくれると」


 アリーシャからのその迷うことのない宣言に門番たちは互いに顔を見合わせる。

 やがて、なにかを決意したように頷き合い、静かに道を明け、王宮の扉を開いてくれる。


「……どうぞ、お急ぎを。今ならまだ見込みはあるかと思います」


「ありがとう、オズマン」


 門番に礼を言い、王宮内へと入るアリーシャ

 さあ、問題はここからだ。これがうまくいけば、きっと事態も変わってくれるはず。

 そう思い、オレは背後に連れたある魔物と共に王宮内へと入っていく。








「キョウ様!」


「キョウ、アンタどこに行ってたのよ?」


「おう、リリィにフィティス」


 あれから王宮での目的を無事にやり遂げたオレはアリーシャと共に離宮へと戻り、そこではリリィとフィティスが帰りを待っていた。


「ぱぱ~!」


「おっと、ロックも待っててくれたのか」


 オレが戻るやいなやリリィの足元に寝そべっていたロックが飛びついてきて、それをやれやれと言った感じで見ていたリリィが問いかける。


「それでこんな遅くまで一体どこに行ってたのよ?」


「まあ、ちょっとな。王宮の方に行ってた」


「王宮? それってあのマサウダの王戦に関して会いに行ったの?」


 アリーシャとマサウダの王戦の噂については、すでにリリィもフィティスも耳にしていたようだ。

 だがオレはそれに対しては首を横に振る。


「いや、そっちじゃない。もっと別の人に会いにな」


「? それってどういうこと?」


 含みを持たせるオレの言い回しにリリィもフィティスも疑問符を浮かべるが、その答えを告げる前に離宮の扉が開かれ、そこから慌てた様子の使用人達がアリーシャの方へと走ってくる。


「アリーシャ様! こちらにいらっしゃいましたか! た、大変です!」


「どうしたんだ?」


 使用人の慌てた様子になにやらアリーシャも嫌な予感を感じ取ったのか、少し冷や汗を浮かべた様子で問いかける。

 そこから返ってきた答えはアリーシャだけでなく、この場にいたオレたち全員を驚愕させるものであった。


「シン様が……弟のシン様が、行方不明になったのです!」


「なっ?!」


 使用人からのその言葉に言葉を失うアリーシャ。

 だがすぐに慌てた様子で、その場から走り去っていっていく。


「ちょ、おい! アリーシャ!」


 オレの制止を聞くことなく、アリーシャは離宮から離れていく。

 それは考えあっての様子ではなく、むしろ行き当たりばったりの疾走に見えた。


「あいつ……完全に動転してやがる……!」


「けど、それもそうでしょう。ずっと死んだと思っていた弟が戻ってきたんだもの。それがまたいなくなるなんて姉としては混乱するのは当然でしょう」


 そう言いながらもリリィやフィティスたちも、このまま見過ごすことは出来ないとばかりにすぐさま装備を整える。


「……アタシ達も一緒に探すわ。キョウは危険だから離宮の中の探索をお願いできるかしら?」


「ああ、言われなくてもそのつもりだ」


 さすがは相棒と言うべきか、オレが言おうとしたことを先に言うリリィにすぐさま頷く。

 シンももちろんだが、アリーシャをあのままひとり行かせるわけにはいかない。

 下手をしたら街の外まで探しに行くかもしれない。

 仮にもアリーシャも勇者のひとり。滅多のことで危険に巻き込まれることはなくとも、それでもこの状況で手助けしない選択肢なんてない。

 離宮の中にしても、もしかしたらシンがどこかに隠れているだけの可能性もある。

 オレとリリィ達は互いに頷き合い。

 外でのシン・アリーシャ捜索をリリィ、フィティス、ジャック達に任せ、オレはロック、ドラちゃん、ドラゲちゃんと共に離宮の中を探し回ることにした。


 そうしていくつかの部屋の中を捜索している時――


「……ここにもいないか」


「ご主人様、こっちにもいません」


「こっちの壺の中にも隠れてないっすー。やっぱこうなると外に逃亡したんじゃないっすかー?」


 ドラちゃんとドラゲちゃんの報告を聞き、ドラゲちゃんのその言葉にオレは考え込む。

 確かに。考えたくはないが、シンが逃亡した可能性は高い。

 元々シンはこの離宮……というよりも家族で暮らしたあの部屋にトラウマを抱いていた。

 ならば、その恐怖から逃げようと逃亡するのは自然な流れかもしれない。

 それに、あの子には親代わりとなっていた魔物がいた。

 そのためシンがあのマンティコアの元へ戻った可能性は高い。

 なによりも可能性があるのは、あのマンティコアがシンを連れ去った可能性だ。

 もしそうならば、すでにあの子はマンティコアと共に砂漠へと雲隠れしたことに……。


「……キョウ殿……」


「へ? うわあっ!!」


 背後からの急な呼びかけにオレは思わず間抜けな声を上げて驚く。

 振り向くとそこには夜の闇に溶け込むように一人の男性が佇んでいた。


「うわっ、なんすかこの人。幽霊っすか?」


 そのあまりの幽鬼っぷりにオレの隣にいたドラゲちゃんが思わず呟く。

 確かに、それほどまでに雰囲気があって驚いた。

 が、よくよく見るとそれはオレが知るある人物だと気づく。


「ってザッハークさん?」


「……そうだ。決して幽霊ではない……」


 先ほどのドラゲちゃんの言葉に傷ついたのか、訂正を求めるようにそう呟く。

 それに対しドラゲちゃんも申し訳ないと思ったのか「あー、すみませんっすー」といつものダウナーな様子で謝る。


「……それよりもキョウ殿。君に伝えたいことがある……」


「はあ? なんでしょうか?」


 正直今はシンの捜索が最優先だったのだが、ここでわざわざザッハークさんがオレに声をかけてくるということはなにか関連性があるのかと思い、先を促す。

 そして、そこから語られたザッハークさんの話にオレは再び驚きの声を上げるのであった。

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