第131話「懇願」
「なあ、アリーシャ。さっきの『王戦』ってなんなんだ?」
アリーシャの兄マサウダが退出したのを確認し、オレは先程気になった単語を聞く。
「王戦とは代々王族の間で行われてきた自らの主張を通す儀です。互いが王戦を承諾した場合のみ、それが行われ、それに勝利した王族の意見が通るというものです」
「なるほど……」
いわゆる決闘みたいなものか。
しかし、そうなるとその王戦の内容というのどのようなものに?
「大体は一対一の試合で行われます。レプリカの剣を使っての勝負や料理対決と、試合内容はその地方によって様々です。近年このアラビアルでは料理による功績が世界的にも認められていますが……それも私が開発したスパイスによるもので、マサウダ兄様がそんな私の土俵で戦うとは思えません。おそらく別の勝負方法を求めてくるはずです」
なるほど。しかし、決闘とは言え危険が伴わないならいいのだが。
そんなオレの考えを読み取ったのか隣にいるロスタムが宣言する。
「キョウ、お前の心配はわかる。確かに王戦では通常血が流れることはない……が、場合によってはそうした流血沙汰の王戦もある」
「え?」
オレが問いかけるよりもはやくロスタムが答える。
「元々王戦とは王族同士の諍いを早急に収めるために用いられたのだが、口論での解決が不可能と判断された場合にも用いられた。たとえばどちらにも王位継承権の資格があり、どちらにも譲る気がない場合など真剣での勝負を用いて邪魔な相手を排除したりな。王戦という正式な決闘の場でなら相手を殺傷しても罪には問われない。こうした一面もあり、ほとんどの国では王戦は滅多なことでは使わないようにしていたのだ」
「それじゃあ、あいつが王戦を要求した目的ってもしかして……!」
オレの考えにロスタムも静かに頷く。
アリーシャも知っていたのか目線をそらす。
「アリーシャ。お前……わかってて引き受けたのか」
「…………」
オレの問いに対し、アリーシャは沈黙を持って肯定をした。
確かにあの時はそれしか選択はなかったのかもしれない。
なによりも弟を守るために彼女が選んだ選択だ。それをオレが非難するのはお門違いかもしれないけれど、これだけ言っておきたかった。
「お前な……あんま無理だけはするなよ。お前が弟を大事に想ってるのは分かってるが、お前を大事に想ってる奴だっているんだからな」
それは彼女の弟であるシンや、この離宮で彼女を慕い働いている使用人たち。
オレもこの離宮で暮らしてわかったことだが、使用人たちは誰もがアリーシャのことを慕っていた。
それは彼女が普通の王族とは違い、部下や使用人たちにも平等に接していたからだ。
無論、オレも今ではアリーシャを大事な仲間だと思っている。
そうした想いを口にしたつもりだが、なぜかアリーシャはしばらくポカンとした後、頬を赤らめ視線を泳がせる。
「……え、えっと、そ、それって……き、君は、ぼ、じゃなくてわ、私のことを……」
「そりゃ大事に決まってるだろう」
心配するのは当然だとばかりにそう口にするが、なぜかそれを聞いた途端、アリーシャが再び顔を真っ赤にしてうろたえ出す。
「……そ、そういうことはふたりっきりの時に言って欲しいな……!」
? なんだ? どういう意味だ?
シンを連れ帰ってからアリーシャも男の振りをする必要がなくなったのか最近では一人称も僕から私に変わり、以前にはなかった女性らしい雰囲気が出ていた。
それに伴ってか、時折乙女っぽい仕草が見え隠れしたりもするが、これもその一種なのだろうか?
そう思っていると、なぜか周りのロスタムやザッハークなどが、こちらを微笑ましそうに見つめ、クツクツと笑っている。
「……とは言え、奴が王戦を使いアリーシャを排除しようとする可能性はある。まずは王戦の内容が決まるまで様子を見ることだ」
ロスタムのその意見にはオレも静かに頷く。
とは言え、ここで部外者のオレ達が騒いでも仕方がない。
今更、アリーシャが王戦を拒んだとしても、そのまま姉弟共に追放にされてしまう。
ならばやはり、ここは王戦による勝利でアリーシャの意見を通すしかない。
だが、王戦以外にもオレ達にできることはあるはず。
今この国で起きている現状。それに対してオレやオレの仲間の力でどうにかできることがあれば。
そう思いオレは部屋の周囲を確認していた際、隅っこであくびをしながら眠りこけているドラゲちゃんと、その頭に乗っているドラちゃんを見て、ある考えがよぎった。
「――そうだ。オレにしか出来ない協力の仕方があるじゃねぇかよ」
これが吉と出るか凶と出るかはわからない。
それでも少しでもこの国の力になれればと、オレはアリーシャへ問いかける。
「アリーシャ。ちょっと頼みがあるんだ」
オレからのその頼みを聞いたアリーシャは一瞬驚きに目を見開くが、オレの考えを聞いた瞬間、大きく頷き、その頼みを引き受けてくれた。
そんなオレ達の話し合いをベッドの中から恐る恐る見ていたアリーシャの弟シンが、なにやら思いつめた表情を浮かべていたのを、オレもアリーシャもロスタムたちも、この時は気づかずにいた。
「それにしても相変わらずあのキョウの周りでは面白いことが起こっているな」
「……楽しそうだな、ロスタム……」
アリーシャ達のいた部屋から自分たち用に与えられた部屋へ向かう途中の通路でいつになく楽しげな弟ロスタムの顔を見ながらザッハークは口を開く。
「当然であろう。あれはオレの認めた素晴らしい男だ。それが新たなる問題に立ち向かうというのなら、オレはそれを全力で応援するし、求めるなら協力もしよう。なによりもあれが起こす行動こそが世界の進化を加速させているとオレは信じている」
その点に関してはザッハークも同じ考えであった。
自分の能力が役に立つのであれば、彼に手を貸すのもやぶさかではない。
だが、今回の件に関しては自分たちの力はそこまで必要ではなく、すでにキョウ達自身で問題の解決にあたっていた。
ならば自分たちができることは不測の事態に対する対処であろう。
そのためにも今回の件が決着するまで、この国に滞在するつもりであった。
「……それでお前はこの国に滞在している間、何をするんだ……?」
「まずはあのマサウダという男に関して調べる。なぜあの男があれほどシンやアリーシャを目の敵として排除しようとしているのか、なにか気になるのでな」
その発言に関してはザッハークも静かに頷く。
確かに。いくら王が病床とは言え、その間にあの二人を追放するのは勝手が過ぎる。
それに加えて、もしもマサウダが数年前の姉弟暗殺を企てたのだとしてもリスクが高すぎる。
すでにマサウダは第一王位継承者。何もしなくても彼が王座に就くのは決定されている。
にも関わらずアリーシャ達姉弟に暗殺を命じたのだとすれば、それ相応の何かが裏に潜んでいるはず。
権謀渦巻く王宮内の事情。同じ王族であるロスタムとザッハークだからこそ、何かを感じ取ったのだろう。
そして、そうした裏の工作こそ自分たちの領分。
ロスタムが部屋に入り、本国に存在する諜報部隊に連絡を取るのと同時にザッハークも自らに用意された部屋にて、今後の動きを錬ようとしたその時。
「――待っていたぞ。支配勇者ザッハーク」
そこには開かれたままのバルコニーからこちらを伺う一匹の魔物が存在した。
人間の顔に獅子の体、コウモリの翼を持ち、サソリの尾を持つ魔獣。
「……マンティコア……」
砂漠の悪魔の異名を取るAランクの魔物であり、当然ザッハークも知る魔物である。
先程キョウ達の話に出てきたシンを育てたマンティコアなのだろうとザッハークは思い浮かぶが、それがなぜ自分の部屋にいるのか?
「……あなたのことは“ある人物”から聞いている」
そのある人物という単語にザッハークはわずかに眉をひそめる。
「頼みがある」
が、続くマンティコアからのその発言を聞き、ザッハークは彼らしからぬ驚愕の表情を浮かべるのであった。
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