第126話「マンドラゲを育てよう」
「まったく腹が立つわ! あの男、一体どういうつもりよ!」
宮殿の一室にて、隠すことなく怒りをあらわにするリリィ。
それにはこの場に集まった他の全員が共感していた。
「……申し訳ありません。僕が不甲斐ないばかりに」
「アンタのせいじゃないわよ、シン。悪いのはあのマサウダとかいう男なんだから」
言ってリリィは少し前の出来事を思い出す。
◇ ◇ ◇
キョウを捜索するべく集まった捜索隊。
しかし、それが出発しようとした瞬間、ある男の手により阻まれた。
「マサウダ兄様、どういうつもりですか!」
慌てて近寄るシンに対し、マサウダと呼ばれた男はしかし冷たい反応を行う。
「どういうつもりだはこちらのセリフだ。貴様の方こそ、自分の立場がわかっているのか?」
そこには明らかな侮蔑の感情を込めて、マサウダはシンに対して告げる。
「この国の兵はすべてオレの所有物。いかに貴様が王の血筋を持つとは言え、正統なる後継者であるオレの権利が上回る。よってオレが持つ兵を勝手に動かすことまかりにならぬ」
「……まだ父上、この国の王は在位しているはずです。いくら兄様が第一王位継承者とは言え全権を掌握しているわけではないでしょう」
「いずれそうなる。いや、すぐにそうなると言っても過言ではない」
その発言にはシンのみならず、この場に集まった兵たちにも動揺が走る。
「貴様たちも知っているだろう。我が父、国王は病を患い、その身はもうわずか。あの老いぼれが死ねば、この国の王に誰が就くかは分かっておろうな?」
自らの父であり、この国の王に対する暴言に対し、しかしこの場にいる誰もが反論できずにいた。
なぜなら、病床の王に代わり現在この国の権力を代行しているのは他ならないこのマサウダであるのだから。
「それに貴様は前回、オレが制止する間もなく勝手に軍を率いてどこかの国の援軍に向かったな? あの際の処罰もまだだと言うのにここで再び勝手に兵を動かすなど、許されるわけがなかろう」
そのマサウダからの言に対し、シンは言い返せないとばかりに顔を伏せて拳を握り締めていた。
そんなシンの態度に対し、マサウダは終始虫けらを見るかのように吐き捨てる。
「捜索隊を出すことまかりならん。この場に集まった兵たちは速やかに自らの配置に戻れ。以上だ」
それだけを言い、マサウダは隣に控えさせていた神官を連れて去っていく。
マサウダが去ると同時に、この場に集まった兵たちも静かに解散していった。
◇ ◇ ◇
「この国の第一王位継承者だかなんだか知らないけれど、あいつのせいでキョウを探す目処が失われたのを思うと、やっぱり腹が立つわ」
リリィは惜しげもなく不満を口にする。
だが、それはこの場にいる誰もが感じた感情でもあった。
「私たちだけでキョウ様を探しに行くというのはどうでしょうか?」
「それは……無論、可能でしょうが砂漠は広大です。この人数では分担にしようにも難しいでしょう……」
フィティスに発言に難しい顔を浮かべるシン。
この場にいるのはシンを合わせても数人。その数であれだけ広大な砂漠の中から消えた人間を探すというのはまさに、大量の砂の中からダイヤの一粒を見つけるほどの至難。
それをわかっていたからこそ、この場にいる誰もが顔を伏せていた。
だが、そんな空気の中、一人の少女の泣き声が響く。
「……やだぁ」
それは誰よりもキョウになつき、彼の子供として育ったロックであった。
「やだよぉ……ぱぱを探すのあきらめたら、やだよぉ……!」
そう言って泣きべそをかきながら必死にリリィの足にしがみつくロック。
「ぱぱをさがすの……! ロック、ひとりでも探しにいくぅ……!」
そう言って涙を流すロックを見て、リリィは僅かに悲しみの表情を浮かべるものの、すぐにロックを安心させるように微笑み、彼女と同じ視線まで腰を落とす。
「――大丈夫よ、ロックちゃん。アタシもひとりでも探しに行くつもりだったし、なによりも必ずあいつを見つけ出してみせるわ」
そう言ってリリィはロックを抱えると、傍らにあった剣を手に取り、すぐさま出発するべく立ち上がる。
それを見ていた、他の皆は、あるいは驚き、あるいは呆れつつも、そこには共通する笑みを浮かべていた。
「さすがはリリィ嬢だな。それじゃあ、オレもリリィ嬢を見習うとしますか」
「そうですわね。たとえ私たちだけでも探すべきです。あなたに先を越されるわけには行きませんわね」
「なら、無論僕もお供します」
リリィに続くようにジャック、フィティス、それにシンが名乗りをあげる。
「ありがとう、皆」
この場の全員にお礼を言い、リリィはそのままロックを肩車し宣言する。
「それじゃあ、キョウを探しに砂漠へ向かうわよ!」
◇ ◇ ◇
「……どうやらうまくいったかもな」
呟きオレは目の前で栽培に成功したある魔物を見つめていた。
「ご主人様、これって一体……?」
今オレとドラちゃんの目の前には透明なゼラチンの繭のようなものがあった。
大きさは約一メートル。それが地面から生えるようになっている。
「まあ、もう少し待ってればすぐにわかると思うよ」
そう言って目の前の繭のようなものを観察するオレとドラちゃん。
しばらくすると繭がプルプルと震えだし、それがまるで花のように咲き、そこから上半身女性の魔物が姿を現した。
「……ふわぁ」
気だるげに大きなあくびをするその子。
見た目はドラちゃんを大人にした感じであろうか。
肩にかかる緑の髪と、顔立ちはドラちゃんに似た女性。
だが、大きく違うのはその下半身である。
一見するとドリアードのように下半身が地面に埋まっているが、その下半身にはクラゲの傘のようなものが存在していた。
起き抜けでぼんやりしているのか、それともそういう目つきなのか、やや座った目を指でゴシゴシした後、目の前に立つオレに気づき、ペコリと頭を下げる。
「……あ、どうもー、おはようございます。ご主人ー」
そう言って目の下にクマを作ったまま、ややダウナー気味に挨拶をする女性。
それと同時に、埋まっていた下半身――傘の部分を立ち上げる。
そこから現れたのは文字通りクラゲの足のような無数の触手であった。
上半身は女性。下半身はクラゲという一見するとかなり奇妙な魔物。
その見た目をたとえるならアルラウネに近い。
下半身に大きな花弁や蕾と一体になっている魔物。
もともとマンドラゴラとアルラウネは近しい性質の魔物であると聞いたことがあったので、こうした変化もそれに由来したものかもしれない。
そんなことを思いながら、その子の下半身を観察していると、座った目のままその子がオレに声をかける。
「ちょっとご主人ー。いきなりそんな女性の下半身をマジマジ見るなんてセクハラっすよー。私の傘の中がそんなに気になるんっすかー?」
「え? い、いや、そういうわけじゃなく、ちょっと珍しいから見てただけで……!」
「へえー、そうなんすかー。てっきりご主人、私の体に興味があるのかと思いましたよー」
慌てるオレをこれみよがしに楽しそうに見つめる女性。
ちなみにオレの胸の中ではドラちゃんが「むぅ~」とほっぺを膨らませていた。
「というか、君、オレのことが分かるの?」
「まあ、少しくらいならー。と言っても、私を生んでくれたご主人ってくらいしかー。あとはそうっすねー。そっちのマンドラゴラさんが私のお姉さんだとくらいしかー」
そう言って「あれ、でもこの場合、姉というよりも母親なのかな? うーん」と悩みだす目の前の子。
一方のドラちゃんは「この子が私の妹なんでしょうか……?」と複雑そうな顔をしている。
まあ、確かに遺伝子的には同じものを継いでいるはずなんだが、性格は随分違う感じだな。
「ところで君のこと、なんて呼んだらいいのかな?」
「私の名前っすかー? んー、そうっすねー」
うーん、としばし悩んだ後。
「じゃあ、マンドラゲで」
マンドラゲ? ……ああ、マンドラゴラとクラゲを足した名前か。なんとも安直な。
と思ったものの、他に候補も思いつかなかったので、その名前を採用することに。
「ところでマンドラゲ。君を生んだ理由についてはわかってるかな?」
「んー、まあ、なんとなくわかってるっすよー。多分、ご主人の考えてる通りの生態だと思うっすからー。あ、それはそうと私のことはドラゲちゃんでいいっすよー」
「それじゃあ、ドラゲちゃん。早速お願いしてもいいかな?」
「あいよっすー」
そう言ってやる気のない返事をしながら、ドラゲちゃんはもぞもぞと倒れたままの少年に近づくと、下半身に生えていた触手のうちの一つを掴み、それを引きちぎったかと思うと少年の口の中にそれを突っ込み、無理やり食べさせる。
「って、乱暴だな、おい!」
「多少は乱暴っすけど、安心してくださいよー。ちゃんと私のこの触手部分には治療薬の効果が含まれているっすからー」
思わずツッコミを入れるものの、ドラゲちゃんがそう言うので、まあ問題ないだろう……と頷くことに。
ちなみにオレの後ろではそんな光景をハラハラしながら見ているマンティコアの姿があった。
ここで説明をしておくと、彼女こそオレが生み出した新たな魔物。
マンドラゴラと砂漠クラゲの特性を合わせた新種の魔物にして、マンドラゴラが持つ治療薬としての効能を植物部分である触手に与えた魔物。
通常の砂漠クラゲは体を地中に埋めて、草である触手部分で獲物を捕らえていたが、オレはそれを逆のイメージをして栽培を行った。
というのも触手が植物の部分であるなら、これに根っことしての役割に与えようと思ったのだ。
砂漠という過酷な環境下で育つためにはなんといっても水分を吸収する根っこの役割が重要。
あの時、砂漠クラゲの触手は、どことなく藻のようなものを思わせていた。
そして藻は水分を多く吸収する力を持つという。
それにクラゲの触手のような細長さと多さがあれば、カラハリスイカのように過酷な環境下にあっても、多くの水分を吸収する力を得るだろうと踏んだ。
なにより、そうした根の部分にこそ多くの栄養が集まるというもの。
マンドラゴラも、よくよく考えればあの肉体が植物で言う『根』の部分に値したのではないかとオレは思った。
確か一説ではマンドラゴラは『根っこが有難い』者として伝えられたこともあるという。
そうしたイメージを元に、今回のマンドラゲを生み出し、その根っこに値する触手部分に治療薬としての効能を与えていた。
なにより重要なのは治療薬を含む部分はいくつも存在し、取っても害のない部分であることが理想の第一条件だったのだから。
触手ならいくつもある上に、それが根っこの役割を持つなら、たとえちぎったとしても自然とまた生える能力もある。
前回の魔物栽培の時にも分かったことだが、オレがこうした新たな魔物を生み出す際、最も重要なのは、生み出したい魔物を正確にイメージすることが大事なんだと理解した。
それはオレが頭に中で描く想像がベースとなり、現実の栽培にも影響するということ。
口にするとなんともファンタジーな内容だが、それを可能とするのがオレが持つ“創生スキル”なのだ。
もともと、このスキルはただのスキルではなく、本来なら神が持つスキル。
前に女神様が説明してくれたが、オレが持つこのスキルは魔物を生み出すことのみに特化したものだが、それは紛れもなく神が持つ創造の力を有しているということ。
そして、そうした創造において最も重要なのものはイメージ、すなわちは“想像”だ。
前回のジャック・オー・スイカにしても、コカトリスを生み出す樹にしても、両方とも“オレがイメージした通り”に育ってくれた。
かぼちゃの形をしたスイカに魔物を生み出す樹。
どちらも傍から見ればありえないものの具現化だろうが、それを生み出すのがオレの“創生スキル”なんだ。
オヤジが言っていた自信を持てという言葉。その意味が、ようやくわかってきた。
既存のルールだとか、常識だとか、そうしたものに縛られれば生み出せるものも生み出せなくなる。
今回の動物型と植物型の融合にしても、オレができると確信したからこそ、あらゆる常識を打破し、そうした“新たな生命”が生まれてきたのだ。
まさに想像は創造する。
オレが確信を得ることで、こうした新たな魔物も生まれるということが、証明されたのであった。
「あれー?」
とそんな風にオレが考えをまとめていると目の前で少年に治療薬を食べさせていたドラゲちゃんが小首を傾げていた。
「どうしたんだ、ドラゲちゃん?」
「いやー、それがこの子ー、よくならないんっすよー」
「え?」
ドラゲちゃんのその言葉にオレは思わず、身を乗り出し、少年の顔を覗き込む。
確かに顔色を少し良くなった気はするが、それでも相変わらず具合が悪そうに息を吐いている。
治療薬が効かなかった? それとも治療薬の効能を引き継がなかったのか?
「いえ、治療薬は確かに引き継いでるっすよ。それにこの子も間違いなく良くなってるはずっす」
そんな風にオレが疑問に思っていると隣りでドラゲちゃんが説明をしてくれる。
「体の異常は治療できた。にも関わらずこの子はこうして苦しんだまま。ということは原因は他にあるということっす」
「? どういうことだ?」
ドラゲちゃんのその意味深な言葉に回答を求めるオレ。
それに対してドラゲちゃんはハッキリと答える。
「つまり、この子の病気は体ではない。心が病にかかっているということっす」
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