第125話「マンドラゴラの可能性」

「こいつは……一体どういうことだ」


 知らずオレはそんな言葉を漏らしていた。

 今、オレの目の前にいるのはシンとそっくりの顔を持った少年。

 先程は瓜二つとの表現をしたが、よく見れば髪型や体の骨格など違いは存在した。

 しかし、それでも他人の空似とは思えないほど顔つきは似ており、オレは咄嗟に「兄弟」という単語を思い浮かべた。


「……まさか」


 そこまで考えてオレは背後に立つマンティコアに問いかける。


「この子は誰だ。どうしてお前がこの子を匿っている?」


「…………」


 オレからの問いかけにマンティコアは答えない。

 代わりに帰ってきた返答は別のものであった。


「その子を治せ。お前ならば治せるはずだ」


 そんなまるでオレが医者か何かのような口ぶり。

 生憎だが、オレは医療についてはとことん無縁な人間だ。

 元の世界でも一般的な医学知識くらいしか知らない。

 なのに、なぜこいつはオレが治せると断言するんだ?

 そんな疑問に対し、意外な返答が与えられた。


「お前が魔物を生み出せる特異な人間なのは知っている。その能力を使い、その子を治療できる魔物、あるいはそうした治療薬を体内に有する魔物を生み出せるはずだろう」


 こいつ、なんでオレが魔物栽培士だと?

 そう疑問に思いつつも、確かにそれならばオレでも病人を治すことは可能だろう。しかし――


「無理だ。こんな砂漠の洞窟でそんな都合のいい魔物を生み出すなんて。せめてそうした魔物の種や卵、あるいは死骸かなにかでもなければ……」


 とオレが口にした瞬間、マンティコアがこの広間の一角へと跳躍する。

 その場所に隠してあった何かを口にくわえたかと思うと、オレに前にそれを落としていく。


「……この砂漠で取れた魔物たちの種、卵、そして死骸だ。これならば問題なかろう」


 そこにはオレが今まで見てきたサボテンボール、キラーサソリ、砂ネズミなど、他にも見たこともない魔物の死骸や、様々な種や卵が存在した。


「お前、これどうやって集めたんだよ?」


「ここは私の巣だ。巣ならば食料となるものは常備しておくものだろう。最も種に関しては先日、かき集めたものばかりなので数は少ないがな」


 確かに。他の魔物の死骸や卵は食料ともなるから常備しておいても不思議ではない。

 しかし、その物言いだとこいつがオレを知ったのは今日偶然に会ったからではなく、その前からということになる。

 ならば、一体どうやって知ったというのだ?

 そうした疑問が浮かぶものの、そんなオレの思考を妨げるように再びマンティコアより衝撃的なセリフが吐かれる。


「なによりも今お前は万能の治療薬と呼ばれる魔物を連れているはずだ。なんとなればそれを使えばよかろう」


 その言葉にオレは背筋が凍る感覚が走った。

 オレが連れている万能の治療薬、それは他ならないマンドラゴラのドラちゃんのことだ。

 そのセリフを聞いた途端、オレの胸の中にいるドラちゃんが怯える感覚が伝わった。


「待て、ドラちゃんを使うつもりはない。この子だけはなにがあっても使わせないと初めて会った時から決めてるんだ」


 そう、それは初めてこの子が生まれたあの日。

 ゴロツキ共に渡せと脅された日からオレが決めた誓いでもある。

 そんなオレの啖呵を聞いて、ドラちゃんが胸の中でオレを見上げる視線を感じた。


「……ならば、そうならないようになんとかすることだ。足りないものがあれば言うがいい。可能な限りお前の栽培に必要なものは私が用意しよう」


 そう言ってマンティコアはこの空間の唯一の出口へと移動し、そこを塞ぐように座り込む。


 さて、どうしたものか。

 幸い、洞窟とは言っても天井にはいくつかの穴が空いており陽の光が漏れている場所は多い。

 その下でなら魔物も育つだろう。

 地面に関しても、先日オレが栽培していた場所とそう変わりはしない。

 マンティコアに頼んで粘土の調達をしてもらえば、粘土団子の農法も取れるだろう。

 しかし、問題はなんの魔物を栽培するかだ。


 オレは倒れた少年の容態をチラリと確認する。

 今は眠っているようで意識はないが、その呼吸は浅く、顔色も悪い。

 明らかに何らかの原因により弱っているのは目に見えて分かる。

 これを治すとなると、やはりそれなりに治療効果のある魔物を生み出す必要がある。

 だが、先程マンティコアが差し出した魔物を見ても、その中に治療薬となるような魔物などいそうになかった。


「……ご主人様。私はご主人様のためならいつでもこの身を捧げる覚悟です。もしも、それ以外に方法がなければ私を使っていただいても構いませんので」


 そう微笑みながら宣言するドラちゃんだが、その体が僅かに震えていたのをオレは見逃さなかった。


「――大丈夫だよ、ドラちゃん。絶対にドラちゃんを犠牲になんてさせない」


 先程も言ったようにオレはその誓いを口にする。

 たとえオレが殺されるような事態になろうとも、それだけは絶対にするつもりはない。

 だがそれでも、マンドラゴラの生態について、ここで一度確認をしておくのは重要であろう。


 マンドラゴラが持つ万能薬としての効能は体の部分に含まれているらしい。

 つまり、マンドラゴラを万能薬として使用する場合は、殺す以外に方法はないということ。

 絶品と評されるマンドラゴラの肉体部分の味というのは、鶏肉に似た旨さらしい。

 まあ、生涯食べる予定はないが。


 またリリィから聞いた話によると、マンドラゴラは植物型の魔物でありながら、その構造は動物型の魔物に近いらしい。


 こうした植物型の特性と動物型の特性を有した魔物というのは実はそう少なくないらしい。

 イースちゃんの友達であるドリアードのドリちゃんも、下半身は樹で上半身は人間という植物型と動物型の二つの特徴を有した魔物だ。


 そう考えると、こうした植物型魔物でありながら、動物型魔物の特徴を持った魔物を生み出すというのは難しいことではないのかもしれない。


「……待てよ、そうか」


 そう考えた瞬間、オレはある妙案にたどり着いた。


 オレは先日、複数の魔物の種や卵を一つにすることで、様々な魔物のいいとこ取りに成功した。

 その時はジャック・オー・ランタンとスイカ、それからキラープラントという、どれも植物型に該当するもの同士の複合であった。


 もうひとつのキラープラントとコカトリスの複合についてはあくまでもコカトリスの卵をキラープラントの樹に産ませるという進化の方法。


 そして、オレがこれからやろうとしていたこと。

 すなわち、動物型魔物と植物型魔物の特性を混ぜた魔物を作り出すという行為。


 今にして思えば、その代表と呼べるものがマンドラゴラでもあった。

 彼女たちはそうした動物型と植物型の二つの属性を持つ魔物の一種だが、彼女たちの万能薬として効能は体の部分に含まれている。

 だがそれを彼女たちの肉体部分ではなく、植物に該当する部分、すなわち頭の花など取っても害にならない部分にその効能を与えることができれば――


「ドラちゃん、ちょっといいかな。お願いがあるんだけど、その頭の花をもらえないかな?」


 オレからのそのお願いにドラちゃんは少し意外そうな顔をする。


「え、頭の花をですか? それならもちろん大丈夫ですけど。前にも言ったかもしれませんが、私の頭の花には万能薬としての効能はありませんが……」


「大丈夫だ。オレの考え通りに行けば、ドラちゃんのこれでなんとかなるはずだから」


 そう言って申し訳なさそうに頭の花を渡してくれるドラちゃんだが、それで構わなかった。

 必要なのはマンドラゴラの体の一部。

 それをベースとして、彼女たちが持つ万能薬としての効能を肉体ではなく、体の一部分、何度も食べられ、かつ人体に影響のない植物部分へと与えること。そうした魔物を生み出す。

 それが可能となれば、万能薬と呼ばれるマンドラゴラをこの先に殺すことなく、安全にその万能薬を取れるようになるはず。


 本当ならこれはサボテンボールやキラーサソリなど、まずはランクの低い動物型魔物と植物型魔物を複合させて、何度か試してから実践へと移るつもりであったが、初っ端からマンドラゴラという貴重価値の魔物で試すことになるとは想像していなかった。


 しかもマンドラゴラの頭の花は一度採取してしまうと再び生えるまで数週間はかかってしまう。

 そして、ここにいるマンティコアは再び挑戦するためにおそらく数週間も待ってはくれない。


 文字通りぶっつけ本番。

 この複合栽培は一発で成功させなければ意味がない。

 オレはマンドラゴラの特性を上手く引き継いでくれそうな魔物を、先程マンティコアが置いてくれた魔物の中からピックアップする。


 まずベースはマンドラゴラだとしても、この砂漠でも問題なく成長する魔物、それを選ばなければならない。

 オレが新たに生み出したジャック・オー・スイカにしても、カラハリスイカと言う砂漠という過酷な環境下でも育つ種を混ぜたのだから。


「……ん? これは……」


 その最中、オレは見慣れないひとつの種、あるいは卵のようなものを見つける。

 一見するとそれはグミのようであり、透明なイクラの卵のようにも見える。


「なあ、これは一体なんなんだ?」


 マンティコアに対し、手に持ったそれを問いかけると彼は答える。


「それは砂漠クラゲの種だ」


 砂漠クラゲ。

 それはオレがこのマンティコアに捕まる前にとっていたものだ。

 あれって種から生まれる魔物だったのか?

 そうマンティコアに問いかける。


「砂漠クラゲはそれを砂の中に植えると、その種の中から透明な体が生まれ、それがドンドン地中の水分や栄養などを吸収し大きくなっていく。わずかな水分でも十分に膨らんでいき、やがて体が一回り大きくなると、地中から草のような手足を伸ばし獲物を取るようになる」


 なるほど。そういう生態系だったのか。

 ということはこの砂漠クラゲも動物型と植物型の特性を持っているということなのか?

 と再び問いかけると。


「おそらくはそうであろう。私も他の魔物の生態に詳しいわけではないが、砂漠クラゲは触手となる手足は植物。体は動物型とされている」


 そのマンティコアを説明を聞き、オレはひとつのイメージが浮かぶ。

 なら、この配合をすれば――


「――行けるかもしれない」


 呟き、オレは砂漠クラゲの種とドラちゃんの花を掴む。

 その前に最後にひとつ大事なことを確認するべく、マンティコアへと問う。


「これから栽培をする前にひとつ聞いておきたいことがある。オレがこの子を無事に救ったらオレたちをここから出してくれるんだろうな?」


「無論だ。その子を助けてくれればお前たちは無事に開放し、仲間のいる場所まで私が連れて行こう」


 それは間髪置かない即答であり、その断言に嘘偽りはないとオレは感じ、頷く。


 イメージはすでに出来た。あとはその通りに栽培するだけ。

 オレは手に持った魔物の種を早速地面へと植えていく。

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