第124話「マンティコアの子」
「そういうことだったのね……なら、急いで捜索に出ないと!」
「もちろんです。だからこそ、今僕の配下の兵たちを集めて捜索隊を結成している最中なんです。もうしばらく待っていただければ出発できますので」
説明を受けたリリィは慌てた様子で進言するが、シンからのその返答を聞き、少しだけ落ち着きを取り戻す。
確かに宮殿前では多くの兵たちが慌ただしく準備をしている姿が見える。
その中にはジャック、フィティス、ロックの姿もあり、その姿を見かけるや否や急いでリリィも近づく。
「フィティス、ジャック、ロックちゃん!」
「リリィ嬢!」
「リリィさん」
「リリィー!」
近づくリリィに三者それぞれが声をかけ、ロックに至ってはキョウの行方不明に不安を感じていたのか涙目のままリリィに抱きつく。
「パパが……パパがー……」
「よしよし、大丈夫よ、ロックちゃん。アタシが必ずキョウのやつを見つけてやるから」
泣き出しそうになっていたロックを落ち着かせるように頭を撫でるリリィ。
やがて、シンの方を振り返り宣言をする。
「その捜索隊、アタシも一緒に行かせてもらうからね」
「もちろんです。むしろ、こちらこそお願いします。必ず一緒にキョウさんを探し出しましょう」
そう言ってリリィからの要請を真っ直ぐ受け止めるシン。
その姿にリリィは以前のシンとどこか変わったかのような印象を受けた。
やがて捜索隊の準備が整い、その知らせを受けたシンが高らかに宣言する。
「よし、ではこれより砂漠にてマンティコアにさらわれた魔物栽培士キョウさんの捜索に向かう。全員、出立するぞ!」
そう言って掛け声と共に、宮殿から出発しようとした瞬間、捜索隊の背後より声をかける人物が現れる。
「待て」
それはこの場にあって驚くほど冷たい、感情のこもっていない声であり、静かながらもこの場の全員に響き渡る一声であった。
振り向いたそこには豪華な衣装を身にまとう褐色の肌の青年、シンの兄マサウダと呼ばれた人物がいた。
「その捜索隊を出すこと、この私が許さん」
◇ ◇ ◇
「っ……! いてて……!」
マンティコアによって捕らわれていたオレは奴の飛行に付き合う形となり身動きできないまま、何時間か空の旅を楽しんだ。と言っても、とても楽しめる内容ではなかったが。
しばらくして、ようやく目的地と思われる洞窟の中に入り、その奥へと解放される。
周りを見渡すと岩に囲まれた空間であり、広さは思ったよりもあった。
特に天井は数メートル以上の高さがあり、ところどころに岩の亀裂から漏れた光が溢れていた。
そうして周囲を見回した後、道は奥に続く通路と今まさに入ってきた入口しか存在しなかった。
無論、その入口はマンティコアによって塞がれているために逃げようにも逃げられない。
「……よお、わざわざオレをここまで運んできたからにはなにかオレに用事でもあるのか? それともここでオレを食べようってのかい?」
どうしたものかと思い、目の前のマンティコアに対して話しかける。すると――
「――思ったより冷静な男だな。お前のようなタイプはこういう時、慌てふためくかと思っていたが」
キェェェェ!! シャベッタァァァァァ!!
と思わず、どこかで言ったようなセリフを脳内で叫ぶ。
が、オレはマンティコアからのその返答に対し、ある程度の予想を立てていたので、実際に口にして驚くほどのことではなかった。
顔が人間である以上、しゃべれる可能性はあると思っていた。
予想に反していたのは、その口調が思ったより流暢だったことである。
「……いや、まあ、そうでもねーけどな。魔物にさらわれるってのは初めてだし、正直身の危険も感じてる。けどまあ、これまで色んな経験してきたから、多少は度胸もついてきたのかもな」
思えば最初のキラープラントから始まり、様々な勇者の称号を持つ人物達との対決。
魔王である母さん達との対峙。
それに帝王勇者との文字通りの決戦をくぐり抜けてきたおかげで、多少はオレの精神もこうした状況になれたのかもしれない。
なによりもオレにはある一つの確信があった。
色んな魔物を育てて、そうした魔物達を見てきたおかげか。
その魔物が危険か否か、あるいは敵意を持っているかどうかがわかるようになってきた。
目の前の魔物は確かに危険な魔物だ。
それを示すとおり、あの時シンはマンティコアの危険度をAと言った。
それはオレが育てた魔物達の中でもヒュドラを除けば最強格のランク。
オレなど瞬殺できるほどの実力だろう。
だが、その一方で、この魔物には敵意というものが感じられなかった。
確かに襲われたあの一瞬は恐怖を感じたが、それでもオレを攻撃するのではなく捕らえたまま、この場所へと運んだ。
そして、今も目の前に立つこいつからは襲いかかるような気配がない。
だからこそ、オレは今も冷静にこいつと話しながら、こうした考えをまとめられている。
「で、オレをさらった目的はなんだ? 目的もなくこんなことはしないんだろう」
オレからのその質問に対して、マンティコアはしばし考え込み、やがてオレへと近づく。
思わず拳を構え、その際ポケットにいたドラちゃんも一緒になってファイティングポーズを取るものの、そんなオレ達を素通りし、奥の通路へと行く。
やがて、こちらを振り向き一言「ついてこい」とだけ呟く。
「……どうします、ご主人様?」とポケットのドラちゃんがオレを伺うが、すでにオレの中で答えは決まっていた。
「付いていこう」
「え、ですが危険じゃないですか? それよりも今なら出口から逃げられるんじゃ……」
「いや、それをしようとしても尻尾の毒針がこちらに向かうだけだろう。心配しなくても大丈夫だよ、ドラちゃん。一応、考えはあるから」
オレからのその言葉にドラちゃんは心配そうな顔を浮かべつつも、頷いてくれる。
現時点では確証は持てないが、これはオレでないと出来ない何かなのだろう。
直感的な部分もあるが、今はそれを信じて行動するのがオレ自身の身の安全にもつながるはずだ。
そう思い、オレは前を歩くマンティコアの後を静かについていく。
やがて、しばらく歩いた先に、これまでより広い空間へと出る。
その空間の中心にワラで敷き詰めたベッドのような場所に横たわれる誰かの姿が見えた。
「……あの子だ」
その姿を確認するや否や、先導していたマンティコアがこちらを振り返る。
「あの子を……治してやってくれ」
そう呟いたマンティコアの表情は、今までになく何かを心配するようであった。
遠目からではあれが魔物ではなく、人間であることは分かった。
それに思わずオレはマンティコアに対して問いかける。
「あの子は一体誰だ?」
オレからのその問いかけにマンティコアはしばし沈黙した後、一言答える。
「……私の子だ」
その一言のみを口にして再び沈黙をする。
だが、オレにとってはその一言でも十分であった。
今、目の前に存在するマンティコアはAランクと恐れられる魔物ではなく、むしろ我が子を心配する父の姿そのものであった。
オレはそんなマンティコアの態度に促されるようにその人物へと近づく。
だが、その子へ近づいた際、オレは思わず驚きに息を呑む。
なぜならそこに倒れていたのは人間の少年であったが、その少年の顔がオレが知るある人物に瓜二つだったためである。
そんなオレの驚きを表すようにポケットにいたドラちゃんが、その人物の顔を見て呟いた。
「嘘……これって、シンさん……?」
そう、そこにいたのはオレが知る天才勇者シンと瓜二つの顔を持った少年であった。
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