第123話「砂漠の悪魔」
リリィがアラビアル王国にたどり着くより数時間前。
そこではある陰謀劇の幕が人知れず開始されようとしていた。
シンの案内で砂漠の各所を巡っていたキョウ。
護衛にはシンとその近衛兵が数人。それからフィティスやジャック、ロックなどがいた。
今回は魔物の捕獲を目的としていたため、荷馬車を率いての移動となっており、彼らはキョウを護衛しながら、魔物の種や卵、あるいは素材などを手に入れていた。
しかし、朝から砂漠を渡り歩き二、三時間。未だ取れた魔物の数は一桁止まりであった。
「やっぱ魔物が減ってるって本当なんだな……」
荷馬車に注ぎ込まれた魔物の数を見ながら、キョウはそう呟く。
ここまでの探索で彼らが得ていたのはサボテンボールとキラーサソリ、あとは砂ネズミの卵など、特に珍しくもないランクの低い魔物ばかりであった。
だが、そうした一般的魔物ですら時間をかけて探さなければ見つからないほど減少していた。
「以前ならサボテンボールなど、砂漠のあっちこっちに生えていたのですが今ではかなり数が減っていますね。砂ネズミにしても砂漠にくぼみのような場所があれば、そこが彼らの巣だったのですが……今はその巣の数も激減していますね」
ここ最近の魔物減少化について、やはりシンも不安に思っている部分があったのだろう。
しかし、その原因が分からず、暗い顔を浮かべていた彼女に対し、キョウが声をかける。
「まあ、原因についてはいくら考えてもわからないんだろう? なら今はそれよりも増やすことに専念しようぜ」
そう言って自らを励まそうとするキョウに対し、シンは以前よりもどこか親密そうな笑みを浮かべる。
「そうですね。キョウさんのあの新しい魔物栽培なら減っていった魔物も十分に増えていくでしょうから」
「おう。というわけで今度はちょっと西の方に移動してもらえないか?」
「西ですか? いいですけど、なんでまた?」
キョウからの突然の提案にキョトンとするシンだが、そんな彼女に対しキョウは確信を持った笑顔で答える。
「魔物栽培士のカンってやつさ。なんとなくそっちの方にレアなやつがいるような気がしてな」
そんな根拠もない言動に対し、しかしシンは呆れるでもなく、笑顔を浮かべ頷く。
「分かりました、キョウさんがそう言うなら」
そう言ってキョウの提案に従うように一行は西へと移動していく。
やがてしばらく歩いていると、萎れた草のようなものがいくつも地面から生えている場所に出くわす。
その奇妙な光景に荷馬車に乗っていたキョウが思わず降りて近づく。
「シン、これってなんだ? これも魔物なんだよな?」
「驚きましたね。これは砂漠クラゲです」
「砂漠クラゲ?」
シンからの返答に疑問符を浮かべるキョウ。
そんな彼に対して、シンは手に持っていた剣をその魔物に近づける。
すると萎びれていた草がまるで触手のように伸びてその剣を掴む。
掴まれたのを確認すると、シンは思いっきり、その剣を引っ張り、すると中からクラゲのようなものが現れた。
「うお!」
引きずり出されたクラゲはそのまま地面に横になり、足の部分である草のようなものがピチピチ動いていた。
表現するなら、まさに地上に打ち上げられたクラゲのようである。
「砂漠クラゲはこの草の部分が触手になっていて、獲物が近づくとそのままパクリと食べちゃうんです。けれど、こうやって砂の中から出すとあとはジタバタ動くだけで倒すのは比較的簡単なんです。ランクはそれほど高くはないのですが、彼らの体の部分はとても美味しく、プリプリとした食感がたまらないんですよ。最近の研究によるとコラアゲンとか言う物質が入っているらしく、体にもいいと評判なんですよ」
いつになく饒舌に説明するシンに頷くキョウ。
見渡すと他にもたくさんの砂漠クラゲが潜んでいるようで、どうやらここは彼らの巣のようだった。
「これだけの砂漠クラゲがいる場所なんて滅多にありませんよ。さすがはキョウさんです! カンが冴えてますよ。せっかくなのでここにいるクラゲは全部持ち帰りましょう!」
「おう、そうだな! じゃあ、オレも手伝うから、なにか棒みたいなの貸してくれよ」
「オレも無論手を貸すぜ、兄ちゃん」
「ぱぱー! 私も手伝うよー!」
キョウに続き、ジャックやロックなど、他のメンバーもそれに同意し、次々とそれぞれに剣や棒などを持ち、先ほどのシンのように触手の前にそれを突き出した瞬間、草のような触手がまとわりつき、次の瞬間、一本釣りのように次々と打ち上げ始める。
「よっと……これ案外、力がいるんだな」
一匹を突き上げた際、思った以上の重量に肩を回すキョウ。
それもそのはずであり、中に潜んでいるクラゲの約60センチほどある。
小さな子供くらいの体重は持っている感覚であった。
「ぱぱー! ロック、また釣り上げたよー!」
そう言って笑顔で何匹もの砂漠クラゲを釣り上げて山盛りにしているロック。
そんなロックに対し「よくやったぞー! さすがはオレの娘だー!」と褒めるキョウ。
それに対しロックは嬉しそうに笑い、再び次々と砂漠クラゲを釣り上げていく。
やがて、周辺の砂漠クラゲが全て打ち上げられ、残ったクラゲを探すべく奥へ奥へと歩を進めていくキョウ。
そうして、この場に集まったメンバーがそれぞれ離れた場所に移動した時、それは起こった。
最初に異変に気づいたのはキョウの服のポケットの中に潜んでいたドラちゃんであった。
何かに気づいた彼女はキョウのポケットからひょっこりと顔を出し、慌てて周りを観察する。
「どうしたんだ、ドラちゃん。そんなに慌てて、なにか気になることでもあるのかい?」
「いえ、その、なんていうか……ちょっと危険な匂いがして……」
「危険?」
それは魔物としての本能によるものであったか。
それに同意するように同じ魔物であるジャックとロックが何かに気づき、慌ててキョウへ向かって叫ぶ。
「いかん、兄ちゃん! そっちへは行くな! その先は何かヤバい!」
「ぱぱ! そこ、なにかきてる!」
ジャックとロックが叫ぶと同時であった。
耳を震わせる不気味な雄叫びが聞こえたのは。
慌てる一行はその声の発生源へと目を向ける。
そこは小高い砂丘の上、いつそこにいたのか太陽を背にそびえ立つ一匹の魔物がいた。
獅子の体に、コウモリの翼を生やし、サソリのような尾の先に無数の毒針は生やした魔物。
一目見た瞬間、それが上位の魔物であるとわかるほどに恐ろしい威圧感を放っていた。
だが、その魔物を表す中で一番の異形点は顔であった。
そこにあったのは獣のそれではなく、老いた男性のような顔であった。
顔は人間、体は魔物。そのあまりの異形の姿に目の前にいたキョウは思わず金縛りにあったように凍りつき、奥にいたシンはその名を叫ぶ。
「砂漠の悪魔マンティコア?! まさか、Aランクの魔物がなぜこんな場所に?!」
マンティコアと呼ばれたその魔物は、砂丘の上より自らの眼下に立つキョウを見据える。
そして、そのまま目標を定めたかと思うと、まさに獅子を思わせる速さでキョウの眼前へと降り立つ。
「なっ?!」
慌てるキョウ。それと同時に離れていた他の全員が一斉に武器を手に駆け出す。
「キョウさん!」
「キョウ様!」
「兄ちゃん! そこ動くな! 今助ける!」
「ぱぱー!」
口々にキョウの名を呼び、走る一行。
だが、それよりも早くマンティコアがキョウの体を尻尾で捉えたかと思うと、背にあった翼を使い砂嵐を巻き起こす。
「ぐっ!」
「これは……!」
「く、なにも見えねぇ!」
「……ぱぱー!」
目の前で発生した砂嵐をなんとか振り払い、キョウたちのいた場所へと近づいた一行。
だが、砂嵐が止んだあとそこには何もなく、上空を見上げるとキョウを捉えたまま彼方へと飛行していくマンティコアの姿があった。
それをなんとか目の端で追う一行ではあったが、あまりの速さに方向のみを確認するだけとなり、キョウはマンティコアに囚われたまま、姿を消した。
以上が、シンの口よりリリィに語られた事の経緯であり、リリィは自らがその場にいなかったことを深く後悔した。
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