第122話「王宮の姉弟」

「えーと、それでどういうことなんだ?」


 あれから風呂を上がり、宮殿内の客室の一つにて、なぜか椅子に正座する形でシンと対面し話を聞いている。


「……昼間、王宮にて僕と会った際、そこに飾られていた絵画のことを覚えておいででしょうか? キョウさん」


 そう言ってシンは僅かに頬を染めたまま、身にまとった白いローブの裾を強く握り、切り出す。

 それは確か王族しか入れない王宮に飾られていた、あの巨大な絵画。

 そこに描かれていたのはシンの母親と、幼い男女の姿。

 少年はこの国の王との間に生まれた子であり、少女の方は正室に迎えられる前、別の男との間に出来ていた子と聞いた。

 つまり、それを考えるとシンは――


「……僕はこの国の王の血を引く子ではなく、王の側室と別の男性の間から生まれた王族とは無縁の子なのです」


 シンは自らの存在を恥じるようにそう告白した。


「そう、だったのか……。けど、ちょっと待ってくれ。そうなるとシンの弟はどこに行ったんだ? いや、そもそもシンが男のふりをしていたってことはいなくなったのは姉の方ってことになるのか? そのあたりの事情は一体どうなっているんだ?」


 昼間、その件について訪ねようとも思ったが、その場にいたシンの兄の存在もあり深く追求するのはやめておいた。

 だが、事態はオレが思っているよりも、複雑な思惑が絡んでいるようであり、その事実の一端を知ってしまった以上、オレもまた全てを知る必要があるだろう。

 そう思い、シンに事態の説明を求め、それに対しシンはしばし悩むように沈黙するが、やがて意を決したように口を開く。


「……最初の発端は母が王の正室となったことから始まりました。先にも言ったとおり、この時すでに母は僕を宿していたのです。ですが、それを知られれば生まれた僕は母の手元から引き離され、最悪王宮から追放されることとなります」


「なっ……そこまでするのか?!」


 それを聞いて思わず絶句する。

 それに対しシンはどこか諦観した表情のまま静かに頷く。


「仕方がないのです。この国において血筋とは絶対。いえ、僕の国だけではなく多くの国がそうです。王の血を引くものこそが王族であり、国を統治する者。その血を引かぬものにその資格はない。この世界の多くはそうした貴族社会によって成り立っていますから」


 シンのその言葉にオレは改めて異世界における貴族制度、その血による絶対的優先権を思い知らされた。

 前にフィティスがその件に関しても言及していた。

 オレも多くの小説や物語を読んで、そうした制度の重さを知ってはいたつもりだが、こうして目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。


 それを考えれば、あの帝王勇者が行った改革がどれほど異端であり、また同時にこれ以上ない改革であったのかを改めて思い知らされた。


「そこで母は僕を国王の子として産み、そう王を含む臣下達にも宣言しました。その後に、王の血を受け継ぐ弟も生まれ、僕も弟も無事に王宮にて過ごす日々が続いたのですが、ある日、それは起こったのです。『姉の方は王の血を受け継いでいない不貞の子である』という噂が広がりだしたのです」


 その言葉を口にした瞬間、シンは何かを思い出すように震える。

 オレはそれを見て、思わず震えるシンの肩に手を置く。

 それに対し、シンは僅かに驚くように目を開くが、すぐに優しげに微笑み、大丈夫とばかりに続ける。


「誰がどこから流した噂なのかはわかりません。そもそも、どうやってそのことを知り得たのか、今となっても謎です。ですが、重要なのはそのことではなく、そうした噂が広がったこと。そして、一度そうした噂が広がれば王族の血を引く兄上やその臣下、それに従う貴族たちが黙っているはずがありません。当然のように僕は彼らに狙われ……襲われました」


 シンは語る。

 ある日、眠っている三人の寝室に刺客が襲いかかってきたと。

 その刺客の狙いは当然、王の血を引かない姉の方。

 シンは母親や連れられ、弟と一緒に窓の方へと逃げたという。

 だが、そこを追ってきた刺客の武器から自分たちをかばった母が死に、その後、刺客の武器が弟の方を貫いたという。

 暗がりのため、刺客にもどちらが姉で弟であったのか判別ができなかったのだろうと言う。

 あるいは初めから三人とも始末するつもりだったのか。

 いずれにしろ、刺客の攻撃を受けた弟は、そのままバルコニーから転落。下にあった湖へと落ちていったという。


 その後、刺客は現れた護衛に捕われ、尋問をされたが、最後まで雇い主のことは言わず「王族の血を穢した不貞の女とその娘を自らの意思で排除したまでだ」と答え、刺客はそのまま主犯として裁かれたという。


「……それで生き残ったシンは弟の振りをしたんだな?」


「はい……。あの状況で生き残った僕が、その先を生き残るための選択肢は他にありませんでしたから」


 オレの問いかけに対し頷くシン。

 そこまで状況を聞けば、なぜシンが弟の振りを始めたのかオレでもわかるというもの。


 まず間違いなく、王宮内に存在する敵はシンが王の血を引かないからこそ狙った。

 ならば、生き残ったシンが王の血を引かない姉であると発覚すれば、間違いなく再び狙われる。

 それを阻止するためには、襲撃の際に死亡したのが姉の方であり、生き残ったのが弟であると王宮内の連中に知らせなければならない。


 そのためシンは自らが生き残るために姉であることを捨て、弟としてこれまで男の振りを行っていたのだろう。

 それ以外にシンが生き残る道はなかったために。


 愛する母と弟を失い、その後、一人となったシンがどれほどの覚悟と辛さを抱えてこれまで生きてきたのかオレにはわからない。

 それを思えばオレはシンに同情を禁じ得なかった。


「……そのことを知ってる奴は一人もいないのか?」


「……一人だけ。当時、母の護衛を勤めていた近衛兵が。彼は王の血を引かない僕やもとは妾であった母にすら優しい人で、生き残った僕を生かすために、この方法を提案してくれた人です。王宮内でも信じられたのは彼だけでした。今も彼には僕の軍師役として傍にいてもらってますが」


 そう言って微笑むシン。

 その笑顔を見て、オレはほんの少しだけホッとする。


 確かにシンは辛い境遇を経ている。

 だが、それでもその過程で僅かに救いとなり手を貸してくれる人はいたのだ。

 それを知ったとき、オレは改めてこの少女のために力になりたいと思った。


 助けないよりは助けたほうがいいとか、そういったオレのモットーは抜きにして。

 ただ単純にシンの力になりたいと。

 たとえ同情からでも、救いたいという気持ちに嘘は付きたくない。


「シン。オレでよければなんでも力になるよ。もちろん、このことは誰にも言わないさ、安心しろよ」


 そう言って微笑むオレに対し、シンは僅かに頬を染め、なぜかそっぽを向く。


「ふ、ふんっ、べ、別に君のことを疑ってなんかいないよ。今更そんなこと言われる必要だってないよ。僕は僕で今までもなんとかなってきたんだし、僕のことよりも今はこの国の魔物問題を解決することに集中してよね」


 そう言って最初に会ったときのような生意気な態度を見せるものの、なぜだかそれが今では可愛らしく思えた。


「はいはい、わかってますって。それじゃあ、まっ、明日も早いだろうし。また今日みたいな砂漠の魔物狩りに付き合ってもらうぜ」


 そう言って立ち上がってオレに対しシンもまた立ち上がり、照れくさそうにこちらを見つめながら頷く。


「……頼りにしているよ、キョウさん」




◇   ◇   ◇




「まいったわね、合流するのに思ったより時間がかかっちゃったわ」


 そう言って少女――獣人勇者の異名を持つ七大勇者のひとりリリィは乗ってきたコブダから慌てたように降りる。


 あれから兄とゆっくり話し、久しぶりに兄妹としての時間を過ごし、リリィはキョウの後を追うべくアラビアル王国へとたどり着く。

 すでにキョウがこの国に来てから数日くらいは経っているだろう。

 このタイミングで自分が来たとしても、たいして役に立たないかもしれないが、それでもキョウの傍にいたいという自分でもよくわからない衝動にかられ、リリィはキョウがいるとされる宮殿の方へと向かっていた。


 だがその時、ふと宮殿前の人々が慌ただしい雰囲気なのを見かける。

 兵士や使用人、メイドなど様々な人物たちが慌ただしく移動している。

 一体何ごとがあったのかと、そう誰かに問い詰めようとした瞬間、リリィは宮殿前にして指揮を取っている人物を見かける。


「あれって……シン?」


 それはキョウをこの国へと呼び寄せた張本人であり、その表情は今までになくどこか焦ったようなものであった。


「シン、一体どうしたのよ。これって何事?」


「! リリィさん!」


 現れたリリィに対し、驚きの表情を向けるシン。

 だが、次の瞬間、シンの口から飛び出した言葉にリリィはそれ以上の驚愕の表情を浮かべることとなる。


「大変なんです、キョウさんが……キョウさんが、行方不明になったんです!」


「えっ?!」


 それはかつてないほどリリィの胸をざわめかせる驚愕の事実であった。

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