第112話「滅び去った文明」

「ひどいですわ、キョウ様……私というものがありながら、ほかの方々とばかり踊るなんて……」


「わ、分かった分かった。悪かったからいい加減、それ繰り返すのやめてくれよ……」


 そんなこんなでオレ達はシンが用意してくれた馬車の中に揺られながらアラビアル王国を目指していた。

 その途中、何度もフィティスがこうして愚痴るものだから、よくわからない罪悪感が出てきている。

 今度、何かで埋め合わせでもするべきか?


 そんなことを考えていたら揺れていたはずの馬車が唐突に止まり、ドアが開かれる。


「着きました。キョウさん、降りてください」


「え? もう着いたのか?」


 あまりの速さに驚く。

 というのも馬車に乗ってからまだ一時間ちょっとしか経っていないからだ。


「いえ、アラビアル王国までにはまだもう少しかかります。ここからは乗り物の交代をしないといけないのです」


 というと?

 よくわからないまま、馬車に乗っていたオレやフィティス、ジャックやロック達が降りていく。

 そうして目の前に広がった光景を見て理解した。


「なるほど、こりゃ見事な砂漠だ」


 一面に広大な砂漠が一気に広がっていた。

 それこそ途中から景色が両断されたように、それまでゴテゴテの荒れ道だったのが国境線を越えた先が砂地に変化したように奇妙な光景が広がっていた。


「砂漠を渡るのに馬車では不向きですからね。ここからはコブダに乗って行きます」


「コブダ?」


 シンが言った奇妙な名前に思わず聞き返すが、すぐさまシンの従者が用意してきたその魔物を見て納得した。

 背中に大きなコブが2つあり、細長い首の先に丸い頭がついており、足もまるでダチョウのように細長くしっかりとした感じだった。

 統括すると体はラクダで頭と首と足はダチョウみたいな感じだ。


「それではどうぞ、お乗りください」


 そう言ってオレとフィティスとジャックの方へとコブダを一つずつ渡してくれる。


「シン、これって人が乗っても大丈夫な魔物なのか?」


「ええ、大丈夫ですよ。コブダはもともと大人しい魔物で、人に対しても慣れやすいのです。ここにいるコブダは初めて乗る人の言うことでも素直に聞きますよ」


 そのシンの言うとおり、そのコブダは長い首を曲げながらオレの顔へと近づけ人懐っこそうに頬ずりをしてくる。

 その後は背中の二つのコブの間を首で指して、乗れと言わんばかりのアピールをしていた。


「それじゃあま、お言葉に甘えますか。ロックはオレと一緒な」


「うん!」


 ロックを抱えてコブダに乗るオレ。

 一方のフィティスもとジャックもコブダに乗っていた。


「では改めて出発しましょう。ここから一時間ほど走らせれば着きますので」


 そのシンの掛け声と共に全員のコブダが移動していく。

 思ったよりも速度があって、細長い足を動かし次々と砂漠を疾走していく。


「へえ、こいつ意外と早いんだな」


 確かにこれなら一時間で結構な距離を走れそうだ。

 そう思いながらもオレは変わりゆく景色を眺めていく。

 無論、ただ眺めるだけではない。ここで砂漠についてのある程度の情報を見ておきたいからだ。


「シン。砂漠で主に食料として取れる魔物ってのはどのくらいいる?」


 疾走するコブダを操りながら、オレはシンの隣に移動して問いかける。


「そうですね、まずサボテンボールが主な食用魔物でしょうか。果肉の詰まった魔物で、水分も多く取れます。他にはキラーサソリ。これも甲羅の中は身が詰まった魔物で砂漠でしか取れません。あとコカトリスの上位種と呼ばれるバジリスク。カトブレパスやスピンクスなんかもいますね」


「スピンクス?」


 その単語に思わず聞き返す。

 なぜなら、それは確かスフィンクスのことだよな?

 そして、オレの知り合いにはスフィンクスの四天王がいて滅茶苦茶人型だったんだが、あれ食えるの?


「スピンクスはスフィンクスに進化する前の魔物です。その魔物は体は獅子で翼を持ち、顔の部分だけが人間というものです。顔以外はとても美味な魔物で、かなり貴重な魔物なんですよ? ただ危険度Aランクの魔物なので上級冒険者でないと仕留めるのは難しいです。ちなみに進化したあとのスフィンクスは完全に人型になるので、これは食べられません」


 なるほど……進化するとランクや強さは上がるんだが、食材としての価値はなくなるのか……なんかすごい深い話だな。


「他にもいくつかありますが、最近はめっきり数が減っています。キョウさんにはこうした魔物達の栽培を行ってもらえると助かるのですが……」


 そう言ってシンの話を聞きながら、砂漠を疾走していたが、確かに風景に見える魔物の数はオレが知る平野や森に比べてかなり少ない。


 時折、それらしいサボテンがコロコロ転がってたりするのは見えるが、ここまでなんの魔物にも襲われないというのも味気ない。


「しかし、まずはなんの魔物から栽培するべきか……」


 栽培するには種は必要。となれば、先程シンが言った魔物たちを狩って種を見つけるべきか。

 それとも何か別の魔物をここで新たに育てるという手もある。

 ふむ。候補はいろいろあるが、まずはアラビアルに着いてから考えるか。


「―――――――」


「っ?!」


 瞬間、オレは疾走させていたコブダを止めた。

 オレの異変に気づいたのか周りを失踪していたシンやフィティス達も思わず停止させる。


「どうかしましたか? キョウ様」


「……いや」


 今、一瞬なにかの呼び声みたいなものが聞こえた。

 いや、呼び声というよりも不吉な雄叫び。よくは分からないが、とにかく魂からゾクリと感じる何かだった。

 見るとオレの前に座っているロックも何かを感じ取ったのか小さく震えているのが分かる。


「ロック……お前も今のがわかったのか?」


「……うん」


 そう小さく頷くロックに同調するように、オレは先程感じた違和感の正体を探る。

 すると向きとしては左側、コブダをそちらへ移動させ、遥か地平線の先を見ると、荒れ果てた遺跡のような何かが見えた。


「……シン、あの向こうにあるアレはなんだ?」


 オレが指し示す方を眺めるようにシンが隣に立ち呟く。


「古代文明イシタルの廃墟です」


「古代文明イシタル?」


 初めて聞くその名に思わず聞き返す。


「かつてこの地を支配していた王国の名前です。その古代文明は僕ら以上に進んだ技術と力を持っていたらしく、一時は世界の覇権すら握っていたとされます。けれど、それゆえにある存在に目をつけられて一夜にして滅ぼされたと聞きます」


「一夜で、一つの文明が?」


 そんなことがありえるのか? だとしてら一体どんな存在が?

 そう思い問いかけたオレに対して、シンの答えは予想外のものだった。


「魔王です」


「え?」


 魔王? つまり、オレの母さん?

 そんな馬鹿な……。あの母さんが魔王とは言え、一つの文明を滅ぼすというのか?

 オレはこの世界に来てからの母さんしか知らないが、あの人はむやみに人の命を奪うことに否定的だった。

 それどころか争い自体もできることなら避けたいと感じる人。

 その母さんが文明を滅ぼすなんて信じられない。

 そう思っていたオレに対してシンは何か気づいたのか補足するように呟く。


「今の魔王じゃありませんよ。過去に存在した最悪の魔王のことです」


「え?」


「始まりの魔王フレースヴェルグ。その魔王はあの古代文明イシタルと共に滅びたとされています」


 過去に存在した魔王。フレースヴェルグ。

 その名を聞いてオレとロックは言いようのない不安と恐怖を感じるようであった。

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