第111話「旅立ちに向けての準備」

「お待たせ、皆」


「わーい! ぱぱー!」


 そう言って真っ先にオレに飛び込んできたのはロック。

 落とさないようなんとかキャッチし、改めて大広間に集まってくれたメンバーを見渡すが、パーティの時にいたはずの何人かがいないことに気づく。


「あれ、ジャック、あのエストさんとヘルは?」


「エスト嬢なら、もう街に戻ったよ。引き止めはしたのだが、彼女はパーティに参加したかっただけと言っていたからな」


 なるほど。まあ、あの人にも色々と都合があるのだろう。

 となると残る一人は。


「ヘル嬢なら、ついさっきここへやってきた執事のアルカードに連れられて帰っていったぞ。なんでも母上から言いつけられた魔王講座が残っているとかなんとか」


 ああ、なるほど、ヘルもああ見えて魔王の娘だから時期魔王候補として色々勉強させられているのか……大変そうだなと他人事ながら南無と念じておく。


 よく見ればツルギさんもいないようだが、それもそうか。

 彼女はオレ達の仲間というよりもあくまで協力者だっただけ。

 それにもともと何を考えているのかよくわからない部分もあり、彼女の正体も未だに謎だ。

 そんなことを思い出していると、あの魔王城での協力の際のいきなりのキスを思い出し、オレは思わず顔を赤くしながら唇を抑える。


「おやおや~、栽培勇者よ~、いま何を考えていたんだ~?」


「べ、別になんでもありませんよ!」


 そういう時だけ妙に鋭い戦勇者のアマネスがニヤニヤとした表情のままこちらに近づく。

 というか、あの時はあなたにも結構ドキドキさせられましたけどね。


「って、ひょっとしてアマネスも付いて来てくれるのか?」


 一応、ここにいるメンバーにはリリィからオレがシンに受けた依頼を伝えるように頼んでいた。

 そのため、これからオレが向かう先も承知だ。


「いや、残念ながら私は同行できない。もともとここのパーティにも呼ばれてもいないのに勝手に来ているしな。私もあまり自分の国を留守には出来ない」


 そう言って彼女は一国を統治する女王として、自らの国に帰還することを伝える。

 そういえば、すっかり忘れがちだけど、この人も立場的には帝王勇者と同じ国の王なんだよな。

 大雑把すぎる性格のためにそうは見えないが。


「キョウさん、私も街へ戻ろうと思います。今回こちらに来たのも私はロスタムさん達のパーティに招待されただけですので」


「ああ、そうだったね。わかった、それじゃあ気をつけてミナちゃん。よかったらロックかオレのほかの魔物に街まで乗せていこうか?」


「いえ、大丈夫です。帰りもロスタムさん達がちゃんと送ってくださるそうですから」


 なるほど、さすがはそこは一国の王。

 招待した客の帰りもちゃんと万全か。なら、心配はなさそうだ。


「じゃあ、残るオレ達でシンの国に行くとするか」


 そう言っていつものメンバーであるオレ、ジャック、ロック、ドラちゃん、リリィへと呼びかけるが、そこでリリィがなにやらすまなそうに顔を曇らせる。


「あー……その件なんだけどごめん、キョウ。実はアタシも一度街に戻ろうかと思ってて……」


「へ、なんでまた?」


 リリィの意外な返答に思わず面食らうオレであったが、そこはリリィもきちんと説明をしてくれた。


「……一度兄に会ってこようと思って」


 その言葉で納得した。


「そっか、まだあれから会ってないのか?」


「うん、まあ……ね。その、なんて言えばいいのかわからなくて……」


 オレの言うあれからとは無論、帝王のもとから戻った時のことを指している。

 あれからあいつはオレ達と一緒に街に戻ったのだが、戻ってからのこいつの態度は思えば奇妙なことが多かったら。

 たまに視線を感じるので背後を見てみると樹の後ろに隠れているこいつの姿が見えたり、とにかくやたらオレの周辺にいることが多かった。

 でまあ、聞いてみると家にも戻らず宿に泊まって休んでいるとか。

 なにやってんだろうと思ったが、つまりは家に戻れず、オレに頼ろうとして頼れなかったってことか。


「悪いな、リリィ。そのことに気づけなくって」


「へ?」


 思わずリリィに近づきその両肩に手を置いて、彼女の瞳をまっすぐ見つめる。


「けど、困ってることがあるならいつでも頼っていいからな。オレの家もまだ新しく改装中だけど、それでもひと一人増えて困るようなことはないから、なんだったらいつでも泊まりに来ていいから」


「あっ、えっ、あっ、う、その、あ、ありがとう」


 なぜか顔を真っ赤に動転したようにお礼を言うリリィ。

 そんなオレの背後ではジャックが「……そっちじゃないんだよなぁ、兄ちゃん……」とつぶやいていたが、なんのことだ?


「と、とにかく、そういうわけでアタシは一旦街に戻って兄ときちんと話そうと思うよ。その……アタシの、ことについて……」


 そこでゴニョゴニョと小声になるのは隣にミナちゃんがいるからであり、まだ彼女にもリリィの正体を話していないからだ。

 おそらくはそれについても町へ戻ったらちゃんと話すつもりなんだろう。

 ならば、ここでオレが余計なお世話を焼く必要もない。

 だが、最後にこれだけは伝えなければと、オレはリリィに言う。


「リリィ、心配しなくてもお前のお兄さんはお前を恨んでもいないし、憎んでもいない。ちゃんとお前のことを理解している。なにせオレにお前のことを救ってくれって言ったのもあのお兄さんだからな」


「お兄ちゃんが……?」


 オレが打ち明けたその話に驚いたようにリリィが呟く。

 その後、嬉しそうに微笑み覚悟を決めたように頷く。


「ありがとう、キョウ。とりあえずはそういうことだから、街に戻って兄に打ち明けたら、すぐにアンタを追いかけるから心配しないでね。アタシがいないと戦力的にも不安でしょう?」


「ああ、まあな」


 リリィの微笑みにオレもまた微笑んで返す。

 なにしろ、この世界に来てからの最初のパートナーは他ならぬリリィだ。

 最初に魔物の種を採ろうと森へ行った時も、オレを守ってくれたのはリリィ。

 それからずっと彼女の実力については信頼を置いている。


「じゃあ、それまで一旦お別れってことで」


「まあ、ジャック達もいるから心配は無用だぜ」


「そういうことだな。リリィお嬢、アンタがいない間、兄ちゃんの護衛は任せておきな」


 そう言ってオレは隣に立つジャックと肩を組む。

 帝王城での戦い以降、ジャックもずいぶんと進化したみたいだから、今なら並みの敵が出てきても問題はないだろうと確信出来る。


 そう言ってオレとリリィ、それからミナちゃんとアマネスとは大広間にて互いに手を取って別れる。

 オレ達もこのままシンのいるアラビアルへと向かおうと思ったが、なにやら誰かを忘れているような気がする。

 そう、リリィの他にもいつもオレにくっついていた女性がいたような……。


「キョウ様―――!!」


 と、そこで帝王城から出ようとした際、その扉が開き向こう側から青いドレスに身を包んだ少女が現れるのが見えた。


「キョウ様! どうして私をパーティに誘わなかったのです?! いえ、もうその件はいいのです。それよりもさあ、早く私と一緒に踊りましょう!」


 そう言ってオレの目の前で優雅にドレスの裾を持ち上げ挨拶を行うフィティス。

 あー、うん、その、なんだ。お前のこと、すっかり忘れていたよ。

 というかあれだよ。


「フィティス。そのパーティ、もうとっくに終わってるよ」


「……え?」


 オレのその発言に、凍りついたように固まるフィティスであった。

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