第91話「決戦!帝国城」

「さてと……準備はいいか? みんな」


 最後の確認を前にこの場に集まったみんなが静かに頷く。

 その瞳には迷いない決意が宿っていた。


「よし、じゃあ行くか」


 そう言って目的の帝国城へ乗り込む前にオレは足元でこちらを眺めているロックを抱き抱え、そのまま肩車するように肩に乗せる。


「もちろん、ロックも一緒だからな。オレと一緒にリリィを取り戻そうな」


「うん!」


 それを見ながら居残り組となったドラちゃんがむすーっとしている。

 申し訳ないがドラちゃんなど戦闘力の低い魔物は今回はお留守番だ。

 だが、彼女達にも役割はちゃんとある。この魔王城を守るための指示と、そしてなによりオレ達が戻る居場所を守ること。

 戻る場所を奪われる辛さを知った今だからこそ、その重要さがよくわかるというもの。


「ドラちゃんもすぐに戻ってくるから、待っててくれ。帰ったら皆と一緒に祝賀パーティーをするから、その準備もよろしくな」


 オレのその言葉にドラちゃんも頷き、大きく返事をした。

 そして、各々の準備が整ったのを見計らいツルギが前に出る。


「では、これより帝国城への転移を開始します。事前の情報で言ったとおり、現在僕が行ける場所は帝国城の一階広間。そこを抜ければ二階広間への大階段があり、同時に離れの離宮への道も大階段の隣にあります。各自、移動してからはそれぞれの担当場所に向かうこと。そこを守る勇者の配置はお伝えした通りです」


 ツルギの確認にオレ達全員頷く。

 ここからは一発勝負。負けることも退くことも許されない。

 全部勝って、仲間を取り戻すまで勝つ。

 そのためにも――


「いくぞ皆! 気合入れていくぜー!」


 自分自身に喝を入れるべく、そう大声を出し、それにつられこの場全員が同調する。

 そして、ツルギを中心にオレ達のいる空間が歪み、遂に帝国城への決戦が幕を開ける。







「全員揃ったな」


 魔王城を前にそこに集ったのは帝国の軍勢およそ十万。

 それは帝国が保有する軍隊のほぼ全隊であり、この一戦において魔王軍との決着をつけようと傍目にも確実であった。


「いまこそ我ら人がこの大陸の魔王を滅ぼすとき! 魔王軍亡き後、我らを脅かす魔物はもはや存在せぬ! この大陸は我ら人間によって安寧の統治がなされるであろう! いまこそ決戦の大一番なり!」


 そう軍団を指揮する大将の掛け声と共に一気に士気高揚する帝国軍勢。

 なによりも彼らを遠く指揮する帝王よりの言により、いま魔王城には主力となる戦力は少なく、彼ら魔物達を指揮する人材も少ないとされている。

 帝王城の城の守りを薄くすることでそこに敵本体が侵入。だが、逆にそれは敵の本拠地の守りすらも薄くなるという当然の結果。

 帝王は自らを餌にこの一戦における帝国軍の勝利を与えた。

 その機会に応えるべく、この場に集った帝国兵たちは余さず剣を取り、魔王城へ向けそれを掲げる。


「ではゆくぞ! いまこそ悪しき魔王の城を滅ぼす!」


 彼らの雄叫びと共に開戦される大戦。

 魔王城周囲を取り囲むのはAランクからBランクの魔物。

 熟練の兵士であっても、それらの魔物を相手にするのは苦しいが、帝国側における兵力の数がそれをカバーする。

 やがて、帝国軍の侵攻が魔王城へと到達しようとしたまさにその時であった。


「ふむ、それでは作戦通り始めるとするか!」


 戦場に凛とした声が響く。

 それと同時に帝国軍の左右を取り囲むようにそこから見慣れぬ軍勢が顔を出した。


「な、なんだ、あれは援軍?! 馬鹿な、魔王軍に援軍となるような勢力など存在しないはずだ?!」


「報告! 右翼方面よりオーガを中心とした謎の魔物の軍勢! その中にはSランク魔物ヒュドラが三体まで確認されました!」


「馬鹿な?! ヒュドラだと?! しかもオーガは東の大陸にしか存在しない戦闘種族のはず! それがなぜ?!」


 慌てふためく帝国兵をよそに、キョウが育てた魔物たちが雪崩となり帝国軍の側面を打つ。

 ヒュドラの無数の首が兵士数十人をまとめて吹き飛ばし、コカトリスの足が兵士を踏みつけ、反撃してくる兵士をオーガの一撃が吹き飛ばす。


「安心せい、峰打ちじゃ」


 キョウに助けを求められ、彼との約束を果たすべく大陸を越えやってきたオーガの軍勢。

 まさにその活躍は一騎当千。そしてまた、キョウに引き寄せられ援軍としてきたのは彼らだけではなかった。


「やれやれ、前々からアルブルス帝国の連中にはうんざりしていたんだけど、まさかこうして剣を交える機会があるなんてね、彼には感謝しないと」


「あれは……! 左翼側から来ている軍勢はまさか! 天才勇者シン=ド=バード率いるアラビアル王国の兵か?!」


 それは同じく、この大陸においてアルブルス、ヴァルキリアに匹敵する大国アラビアル王国の兵。

 そして、それを指揮するのはアラビアル王家の血を引く、年若き天才勇者シン=ド=バード。

 彼もまたキョウが求めた助力に応じた人物のひとりであった。


「しかし、よろしいのですか殿下。勝手に軍を動かされて」


「構わないよ。もともとこいつらは僕の私兵だ。どう使おうと僕の勝手だろう」


「はあ、なら構わないのですが」


「それに……あいつには前に悪いことしたし、これで借りくらいは返しておきたいから」


「は? なにかおっしゃいましたか?」


 ボソボソと呟くシンに隣にいた軍師が何事か聞くが、慌ててそれを否定する。


「な、なんでもないよ! それよりもちゃんとあいつからの指示を聞き逃すなよ」


「はっ、承知」


 そう言って軍師が握る通信石より更なる命令が下される。


「殿下、どうやら攻勢のチャンスのようです。いかがいたしますか?」


「無論――僕も出る!」


 剣を片手に天才勇者もまた戦場へと駆け出す。


 そして、一方で混戦極める戦場の中、魔物とアラビアル王国との連携が偶然ではないレベルで取れていることに帝国の将軍も気づき始めた。


「こ、これは……! 間違いない、敵軍には優秀な軍師がいる! 我らが攻勢を仕掛け、油断した際の両側面からの援軍の投入。さらにはこの包囲殲滅の陣形。このような戦術が魔物にできるものなのか……一体、誰がこれほど高度な戦術を?!」


「わしじゃよ」


 どこで聞いたようなフレーズと共に将軍の前に姿を現したのは一人の女性。

 麗しいナイスボディに黒髪の異国の服を身にまとったその姿は知る人ぞ知る最も賢き称号を持つ勇者。


「賢人勇者、カサリナか?! なぜ貴殿が魔王軍の味方を?!」


 その名にドヤッとした笑みを返すカサリナ。

 続く帝国将からの質問には呆れた声で返す。


「魔王軍? 違うな。わしが手を貸すのはキョウという友人のためじゃ」


「友人だと? 馬鹿な。たったそれだけの理由で我ら帝国軍と戦うというのか?!」


 それはカサリナだけでなく、この場に集まったシン率いるアラビアル軍に対する言葉でもあった。だが。


「知らぬのか、お主? 人望というのはな、そやつが持つ力の一つじゃ。あやつはひとりではか弱い存在かもしれぬが、あやつがこれまで作り上げた絆、そして魔物こそが奴の力。ならばわしはあやつの力の一つ。それを振るうのに理由など必要あるまい」


 その一言が、この戦場に集まったキョウたちの知り合い全員に共通した想い。

 それを前に帝国の将軍は嘲ることも、馬鹿にすることもなく、ただ静かに頷いた。


「……そうか。我が帝王様がお認めになるだけはある。お前たちが信頼するそのキョウとやら私も興味が沸いてきた。ならば、互いに信じる者のため全力を持って戦おうぞ」


「おうおう、わしからすればなぜお主らがあの帝王の下についているのかが分からないがな。お主、洗脳されているわけではないのだろう?」


「無論。お前たちがキョウとやらを信頼して力を貸すように、我らもまた帝王様の理想を信じて戦うまで」


「なるほど、お互い大変だ。まあ、そういうことならばわしも遠慮はせぬぞ。久方ぶりの実戦じゃ、加減できなくとも許せよ」


「構わぬ。全力でのお相手お頼み申す!」


 賢人勇者の剣が煌き、帝国将軍の槍が走る。

 魔王城において始まった戦はわずかな時間で激戦を迎えつつあった。







 一方。

 ツルギの転移により瞬時に帝国の城へと移動を行ったキョウ、四天王、アマネス、ジャック達。

 彼らは転移と同時に各々が向かう場所へと迷わず駆け出す。


 それはこの作戦が実行される前から頭に叩き込まれた陣形。

 ツルギが持ってきた城の見取りを目に何度もイメージし、打ち合わせた組み合わせ。

 キョウ率いる四天王達が一階の大広間を抜けようとしたその瞬間。


「――待っていたぞ。ここから先には通すわけにはいかない」


 そこにいたのは万夫不当の勇者。現状、帝王が抱える最強戦力。英雄勇者フェリド。

 彼を確認すると同時にキョウはむしろ安堵したように笑みを浮かべる。


「よお、フェリドさん。久しぶり。本当ならアンタとはお茶でも飲みながらゆっくり話したかったんだけど、すまねえな。ちょっとこれから仲間を迎えに行かなきゃいけないんだ。だからアンタの相手は――オレの相棒に任せるよ」


 そうオレが宣言すると同時にオレの背後から複数の人物が飛び出し、目の前のフェリドに襲いかかる。

 一瞬の隙。それを見逃すことなくオレとほかのメンバーはフェリドの横を通り過ぎ、奥の大階段へと向かう。

 自らに襲いかかった者達の剣を弾き、改めてその者達と対峙するフェリド。

 しかし、その目にはいささかの疑問が拭えずにいた。


「……キョウ達が来るのはわかっていたし、そこに主力戦力を用意するのも読んでいた。だが、最初の関門であるオレを相手にどのようなメンツで足止めをするかと思えば、この配置、捨て駒と呼ばれても仕方ないぞ」


 そこにいたのは四天王。吸血鬼族アルカード、神聖獅子スピン。そして――


「捨て駒、か。確かにそうかもしれないな」


 キョウの相棒、ジャックが立っていた。

 彼ら各々の実力についてはフェリドもまた把握済みであり、四天王の二人を残すあたりは最低ラインでもあったが、目の前に立つかぼちゃはCランクの小物。

 このような者が自分との戦いにおいてなんの役に立つのか。フェリドの疑問はそこにあった。だが。


「見くびってもらっては困ります。オレは兄ちゃんが生んでくれた最初期の魔物。誰よりも兄ちゃんのそばにいた兄ちゃんの相棒」


 言ってジャックは静かに手に持ったレイピアを構える。

 それはかつてのジャックの力量を遥かに上回る威圧がその構えからにじみ出ていた。


「英雄勇者フェリド。あなたを倒すたのは我ら――魔物の役割」


「……面白い。魔物が英雄を倒せるか。やってみるといい」


 ジャックのその宣戦布告に対し、フェリドもまた頷き。

 ここに英雄と魔物達との激戦が開始される。

 そして――。


「見えた! 二階への大階段!」


 通路を抜け、その先に見えた巨大な大階段を確認し、キョウは一度後ろを振り返り、そこで待機していたある人物へ頷く。


「それじゃあ、ここからお互いの目標に集中だ! それぞれ仲間を取り返すぞ! 必ず!」


「……はいっ!」


 キョウのその確認に後ろからかつてない気迫に満ちた返事が返り、それを聞き終える前にキョウはすでに前を向いていた。

 キョウ率いるメンバーが大階段を上り、そこから離れた一人の人物が離れの離宮を目指して駆け出す。

 暗い通路の中、目的地を目指し駆け出す少女は遂に離れの離宮。その扉の前へとたどり着いた。

 そこには少女の目的でもある、囚われた友人がいた。

 だが、その前に配置された人物は一階広場にいた英雄勇者と同じ七大勇者の称号を持つ人物。


「……意外だな、ひとり、とは……」


 暗い闇の通路に同化するようにその人物は姿を現す。

 漆黒の服に漆黒の髪を持つ、まさに全身漆黒の勇者。

 しかし、その人物を前にしても少女は唇を強く噛み締め、苦手だったはずの争いに挑むべく、初めて自ら攻撃の構えを取った。


「……先に、名を聞かせて欲しい。ここに囚われたフィティスを取り戻そうとする君の名を……」


 漆黒の勇者。この帝国を統べる帝王勇者の実の兄でもあるザッハークはそう、目の前の少女に問いかけ、少女は迷うことなく答えた。


「雪の魔女、イース。お友達を……助けにきました!」


 その断言にイースは知ることはないだろうが、ザッハークはここ数年、見せたことのない笑みを初めて見せたのであった。







 そして――大階段をぬけた二階広間にて。


「よお、迎えにきたぜ。リリィ」


 獣人勇者リリィとキョウ率いるヘル、そしてアマネスが対峙を行っていた。

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