第90話「貴族少女の始まり」

 最初に会った印象は嫌な奴であった。


「今日はフィティス嬢の10歳のお誕生日おめでとうございます」


「いやはや、コーラル家のご令嬢ともなれば将来も期待できますな」


 私の家はそれなりに名のある貴族であり、私はその跡取りとして生を受けた。この時代、跡取りは男であれ女であれ関係なくその地位を継ぐものであった。

 だから私もそのための跡取り娘としてふさわしい振る舞いと品格を学んでいた。

 それ以外のことは一切知らず、自分自身の力でなにかを成したこともない箱入り娘。

 当時の私はまだ自覚していなかったが、今にして覚えばその時の私は退屈で、そして自分を押し殺していた。

 こんな生まれた時から用意されたレールの上を歩くだけで道、貴族というだけでなにをしていなくとも賞賛される人生でいいのか、と。

 

 だが私の父はそうは思っていなかった。

 持って生まれた貴族の称号こそを全てであり、私にも自分の家系を継いでもらう以外に価値を見ていなかった。

 その証拠とばかりに父が私に期待した役割は王族との婚約による血縁関係を作ること。

 つまりは更なる貴族社会での地位の確保であり、そのために私の誕生パーティーを利用してある王族達を招待していた。


「これはこれは、アルブルス王族の皆様、お待ちしておりました」


 それは当時、まだ小国であったアルブルスの帝国貴族の一団。

 そこには次の皇帝候補とされる息子たちが集まっており、年若い男性から私と同じ年代の子供も何人かいた。


「コーラル公。ここ数年、卿の活躍は耳にしている。最近は特に勇者制度による勇者達の成り上がりが多くなってきているが、この世界では生まれ持った地位こそがすべて、我ら貴族が未来永劫にわたって繁栄するためにもぜひとも卿の力を貸して欲しい」


「それはもちろん。ですが、そのためにもぜひ我がコーラル家がアルブルス帝国とのより深い関係を築ければ……」


「無論、それはこちらも配慮のうちですとも。そのために我が息子と卿の娘とをこうして引き合わせたのだから」


 当時はよくわからなかったが、そうした親の会話を横に私の前に立っていたやや年長の少年が口を開いた。


「へえ、なるほど。君がコーラル家のご令嬢フィティス嬢か」


 そう言ってまるでこちらを値踏みするような視線は今思い出してもムカつく。

 更にムカつくのはその後の周りを憚らない発言だった。


「いいご身分だね。貴族令嬢として生まれただけでなんの苦労も活躍もなく、ただ誕生日を迎えたというだけでこの贅沢三昧のパーティー。君のこの無駄なパーティーのためにどれだけの市民の血税が支払われたんだろうね」


 その発言には私はおろか彼の両親とも思える人物ですら唖然と口を開き、場の空気が凍りついたのが今でも思い出せる。

 だから私は思わず言い返してやった。


「い、いきなりなんですの! 無礼な! 私の誕生日にそんな暴言を言われるいわれはありません!」


「まあ、確かに別に君を責めるつもりじゃない。君はただ幸運にも……いや不幸にも貴族の令嬢として生まれただけ。そのために苦労によって磨かれるべき才能のすべてを無駄にしている。それが嘆かわしいなって思っただけさ」


 こいつはなにを言ってるんだ?

 貴族に生まれたことが不幸? じゃあ、あなたはどうなのと怒鳴ってやりたいところだったが、私が口を挟むよりも先に相手の更なる侮辱の言葉が飛び交う。


「今日ここには君との婚約にきたようだけど。あいにくと未来の帝王は君との婚約を結ぶつもりはない。なんの苦労もなく才能もなく、力も磨かないまさに古い時代のお飾り貴族。そんなものは必要ない。この先の未来において必要なのは自分の力で輝ける人間、宝石達のみ。彼らを研鑽するためならどんな手段も使うけれど、今の君にはその価値すら見いだせないよ。端的に言って失望した」


 出会ってそうそう失望したなんて言われたのは後にも先にもこの時が初めて。

 なんて傲岸不遜なクソ生意気な男なんだ、こいつは。

 この先、なにがあろうと私はこいつを目の敵にする。

 けれど、それと同時にひとつの誓いを立てた。

 こんな俺様気質な奴に見下されたままの女で誰がいるかと。だから私は大声で叫んだ。


「あなたなんかに失望されるいわれはないわ! だったら私も自分の力で私にふさわしい地位と称号を得てやるわよ! 見てなさい! 私は必ず自分の力でそれに見合った称号を手にする! そして、あなたみたいな人を見下すようなクズなんかと比べ物にならない人の隣で肩を並べてあげるわ! そのときは今あなたが言った言葉を私が突き返してあげる!」


 そう言って啖呵を切ったとき、周囲のざわつく声に思わず「しまった」と思ったが、同時にひどくスッキリもしていた。それまで私がずっと胸の内に秘めていたモヤモヤが消えたようで。

 そんな私も見て、少年は初めて笑みを浮かべて相変わらずこちらを見下しながら言う。


「なら、せいぜい自分を研磨することだね。もしも君が将来、帝王の婚約者としてふさわしい価値になったのなら、君を迎えてあげるよ」


「お断りですわ!!」


 今でも思い出すと腹が立つだけであり、私はあの男とは絶対に馬が合わない。

 それでもそんなあの男に対して、ひとつだけ感謝していることがある。

 あそこであいつの罵倒がなければ、私は生まれたままのレールを歩くだけの惨めな人生であっただろう。

 結果としてあいつとの出会いによって、私は自らの活躍と経験によってグルメ勇者の称号を得て、持って生まれた貴族としての称号以上の力ある称号を手に入れた。


 それが私とあいつとの不愉快な出会いの話であった。







「…………」


 窓辺に寄り添い、空を見る。

 昨日と変わらない曇り空。それでも私はその空に向けて願う。

 せめてキョウ様達だけは無事でいるようにと。


「相変わらず食欲がないようだな、フィティス」


 その声と共に扉が開きその奥から帝王勇者ロスタムが現れる。

 彼はテーブルに置かれたほとんど手をつけてない食事の見て、そう呟く。


「……そのようなまずい料理、食べるにも値しませんわ。私はグルメ勇者、食にはうるさいのです」


 なによりもキョウ様の育てた魔物に比べればまさに天と地の差。

 私は以前にも増して自分の味覚が進化していることに気づき。それは逆に下手なものを食べれなくなってしまったと、ちょっとだけ後悔していた。


「そうか、それはすまないな。さすがにあの栽培勇者の食材に匹敵するものは我が国にはないのでな」


 心でも読んだのか。

 思わずそう突っ込みたくなるその返答に私は無視を決め込む。


「時に、もうじき魔王軍との全面対決に入る。我が軍はすでに魔王城の手前で布陣し、明日の号令を待って一気に総攻撃に移る。魔王軍がこの大陸から消えれば、我ら人間も安心して暮らせる上に、魔物の狩りに関してもこれまでより自由に行えるであろう」


「あら、そう」


 そのまま返り討ちにあって全滅でもしないかしら。

 そう、あんに思っていたら、それも読まれたのか帝王の唇に「ふっ」と笑みが浮かぶ。


「と言っても明日の決戦はおそらく魔王城での戦闘ではなく、この帝国城での激戦になるだろうがな」


「?」


 なにを言ってるのこの男?

 思わずそう思い、ロスタムの方を振り向くとそこには彼にしては珍しく、なにか面白いものを見つけたように期待に胸を膨らませる少年の笑みがあった。


「キョウ、か。さすがはお前が見込んだだけはある。折れることなく真っ直ぐにオレに向かってくる彼の気質はまさに勇者。なればこそ、オレも全力を持って彼に相対しなければ意味がない」


「……キョウ様は無事なんですか?」


 私の問いにロスタムは静かに頷く。


「無事だ。そしておそらく彼は明日、ここへ決着をつけるために来るであろう。オレとの決着をつけるために」


「……キョウ様が」


 それは私を救うためか、それもリリィのためか、あるいはこの帝王に一泡吹かせるためか。

 いや、たぶんどれも全部だ。キョウ様はそうした無茶を全部包み込んでやっと除ける私の認めた方なのだから。

 その私の笑みを見てか、ロスタムも上機嫌に微笑む。


「安心しろ、フィティス。明日の戦いの結果がどうあれ、それが済めばお前は自由だ。この城を出るなり、キョウのもとへ行くなり好きにしろ」


 そう言って立ち去ろうとするロスタムに私は意外な面を喰らい、思わず引き止めてしまった。


「ま、待ちなさい。あなたの目的は私じゃなかったのですか? 私をあなたのものにする……。そうでなくともあなたの能力を使えば私なんて意のままに……」


 その私の問いにロスタムはさも当然のように返した。


「なにを言っている。力ずくで欲しいものを奪うのは邪道だと言っているだろう。なによりも昔言ったはずだ。お前がオレにふさわしい女になっていたのなら、その時は婚約者として迎えると。だが、こうして捕らえてみれば今のお前は“オレに相応しくない”。よって婚約などは破棄で構わん」


 そう言って扉より去ろうとするロスタム。

 私は彼の発言の真意に気づくが、その時、気になったもうひとつのことを問いかけた。


「待ちなさい。婚約を破棄って……それはあなたの兄上も承知なのですか?」


 その私の問いにそこでロスタムは初めて不思議そうな顔をこちらに向ける。


「? なぜここで兄上の名が出てくる?」


「え……? だって、あなた、あの時……」


 そのロスタムの返答に今度は私が不思議そうな顔を向けるのだった。

 そんな私をロスタムはやや見つめたあと、事もなしとばかりに背を向け扉より出て行く。

 私はそんなロスタムが消えた扉の先を見つめ、あることに気づき始めていた。


「……ロスタム。あなた、もしかして……」

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