第87話「新たなるハーレム展開?」

「栽培勇者、どうやら無事だったようだな」


「いや、それはこっちの台詞なんですけど」


 あれから帝国の軍勢を追い払い、すぐさま魔王城にてアマネスとの合流を果たす。

 その後ろには例の全身を白いローブで包んだ正体不明の勇者ツルギも一緒にいた。


「とりあえず、どういうことか説明してもらえますか?」


「うむ。実はだな、あれからリリィと帝王の奴との死闘を繰り広げて絶体絶命の時に思いもよらない助けが入ってな。それがこのツルギだ」


「へ?」


 その説明には思わず驚きの声があがる。それってつまりこのツルギは帝王を裏切りアマネスを助けたってことか?

 オレのその疑問を横にアマネスは更に続ける。


「そのあとはこいつの能力のおかげで無事に帝王城から逃げ、王国の方へ身を隠していた。しかし帝王の軍勢が魔王城の方へ移動したと聞いてな。即座に救援に駆けつけたというわけだ」


「え、ちょっと待ってください。それじゃあ、そっちのツルギさん味方なんですか?」


 さすがにそろそろ突っ込まざる得ないだろうと思い突っ込むものの当人の答えはあっさりとしたものだった。


「そうですね。まあ、転向ってやつですよ。少なくとも僕はあなたたちと敵対する意思はありませんよ」


 あっさりと答えるなぁ。

 さすがにここまで来ると逆に洗脳されてないか? と不安になってくるが、そんな心配をよそにツルギがそれまでとは異なる雰囲気でオレの瞳をまっすぐと見る。


「ご心配なく。僕はあなたに対しては敵対しませんよ。絶対に、なにがあろうとも」


 それは以前にオレの瞳を覗き込んだ時と同じ吸い寄せられるかのような瞳であり、なぜだかそれを見た瞬間、言いようのない憧憬を覚えるようであった。


「まあ、信用がないと思いでしたら僕のことは追い出しても構いませんよ。どのみち、今回のあなたたちと帝王との戦いに関しては僕は直接手を貸すつもりはありませんから」


「え? 仲間にはなるけれど、手を貸すつもりはないんですか?」


「そうですね。ただ直接手を貸さないだけで、僕の能力が必要でしたら遠慮なくお貸ししますよ」


 ふーむ。つまり決着は自分たちでつけろというやつか。

 しかし、どうにもこいつは得体が知れないな。正体についても詳しく聞きたいところなんだが、おそらくは答えてはくれないだろう。

 そんなオレの悩みをよそにツルギはオレの足元にひっついているロックに視線を移し、同じ高さになるようにしゃがみ込み、ロックに向け優しく声をかける。


「こんにちわ、お嬢ちゃん。はじめましてかな?」


「……は、はじめまして……」


「お嬢ちゃんはこのキョウさんの子供かなにかかな?」


 ツルギのその問いかけにロックはオレの方を見上げ、オレはそれに笑顔を浮かべて頷く。


「うん! ロックはぱぱの子供なの!」


 そう言って笑顔を浮かべるロック。あ、親バカって言われてもいい、うちの子可愛い。

 そんなロックに対してツルギはローブ越しからでも分かる優しい笑みを浮かべて頷いていた。


「そっかそっか、君はお父さんのことが好きなんだね」


「うん、大好きだよ!」


 そう言って答えるロックにツルギはなぜだか不思議な憧憬のような眼差しを送っていた。

 やがて、ロックに向けどこから取り出したのかひとつのアメを差し出す。


「お嬢ちゃん。これあげるよ、よかったらお食べ」


 それ一体どこから取り出したんだ。というオレの突っ込みを無視したままロックは差し出されたアメと、目の前のツルギとを見比べる。

 やがてローブ越しからツルギの瞳と視線があったのか、ロックは疑うことなくそのアメを受け取り口の中がペロペロと味わい出す。


「美味しいかい?」


「うん! ありがとう!」


 そう言って微笑むロックに対してツルギは「そっかー、よかったよかった」と微笑んでいるような声が聞こえる。


 ふむ。ロックは普段から純粋で相手が優しい人物であるならそれを即座に見抜いて懐く癖がある。

 それとは逆に相手が悪意を持った人物ならものすごく警戒する。

 それはロックが純粋だからこそ行える反応。

 それを考えるなら、今現在のこのツルギには本当に悪意などはないと考えられる。


 オレは足元でじゃれつくロックの頭を撫でながら仲良くしているツルギを見て、こいつのことを少しは信用してもいいのかなと思い始めていた。

 とは言え、それだけでオレの仲間全員が信頼出来るわけではないだろうから、なにか証拠となるものが必要であろうが。

 そう思っているとそのオレの迷いに対してアルカードが明確な答えとなる進言を行ってくれる。


「キョウ様。以前、少しお見せしましたが私は魔眼により相手の精神を支配することができます。無論、帝王勇者の能力に比べれば劣るかもしれませんが、これにより二人が本当に帝王勇者の支配にかかっていないか確かめることは可能です」


「え、マジで? どうやって?」


「要は二人に対して私の魔眼をかければいいのです。無論、二人には抵抗を行わないよう指示をして。これで私の魔眼がかからなかった場合、二人にはすでに洗脳が施されているということになります」


 なるほど。つまりすでに洗脳を施されている相手に洗脳を施すことはできないということか。

 精神に対する二重支配は不可能。確かにゲームとかでも同じバッドステータスが重複してかかることはないな。


「わかった。じゃあ、二人には抵抗せずアルカードの魔眼に従ってくれ」


「ふむ。まあ、仕方があるまい。確認をするのは大事だからな」


「僕も構いませんよ。おっしゃる通り、抵抗はいたしませんので」


 そう言ったふたりの前にアルカードが立ち、まずはアマネスの方へ向けアルカードの魔眼が光り、その瞳にアマネスが魅入られる。

 そして次の瞬間、いきなりオレの方に向かってきたかと思うと問答無用でオレを押し倒して羽交い締めをしてくる。って、はい?!


「栽培勇者、今までこんなことを言う機会がなかったけれど、私もお前のことを一人の男性として意識しているんだぞ……? お前は我が国と魔王軍との戦いに終止符を打ってくれたその感謝の気持ちだけでも、この身を捧げてもいい所存なんだ」


 そう言って次々と服を脱ぎ始めるアマネス。ってちょっとー?!


「アマネス、アンタなにしてんの?!」


「私じゃ……嫌か? た、確かに私は単細胞だしなにも考えてないことも多いが、こういう恋愛ごとにもなにも考えられなくてな。真っ向からお前にぶつかろうかとも思ったが、お前の周りにはリリィやらフィティスやら可愛い子がいっぱいいたから……けど、私も胸はそこそこあるつもりだ! お前にならいくらでも揉ませてやってもいいぞ!」


 そう言って胸のTシャツ部分まで脱ぎ始めるアマネス。ってストーっプ!!


「ちょっとー! お兄ちゃんに何してるのよー! 離れなさいよー! この痴女ー!!」


「な、なにをするんだ! 妹! 私は栽培勇者に愛の告白をしているだけだ! 痴女とは心外だぞ! そのようなものは場所を顧みず異性に襲いかかるような変態であろう!」


「今まさにアンタがそれでしょうがー!!」


 ヘルが後ろからアマネスを羽交い締めにしてくれたおかげでなんとかその隙に脱出。

 オレは一息つくものの、すぐさまあさっての方向を向いているアルカードに問い詰める。


「おい、ありゃどういうことだ?」


「いえ、その……単にこの中で一番好意を持っている人物に最大限の愛情をぶつけなさいと命令しただけで、まさかあのような短絡的行動を取るとは思いもよらず」


 あー、単細胞なアマネスがやりそうな実にわかりやすい愛情表現だったよ。

 とりあえず、今すぐ元に戻せと命令する。

 次の瞬間、アルカードが指先を鳴らすと同時に、それまで暴れていたアマネスがはっと我に返り、すぐさま半裸状態の自分に気が付く、顔を真っ赤にして床に散らばった服を集めだす。


「なななななな、なんだなんだなんだ! わ、わた、私は一体なにをした?! お、おい! なにをした! 私、変なことしてないよな?!」


 顔中真っ赤に明らかに狼狽した様子で聞いてくるアマネス。

 あー、まあ、かわいそうなのでさっきのあれは見なかったことに。


「まあ、少なくともこれで彼女は洗脳されていないことは確定でしょう」


 確かに。さっきのアルカードの命令内容は口にしたものではなく、アルカードが心で念じてそれをアマネスに命令したもの。

 あんな命令、魔眼で精神を支配でもされないと普通はできないだろうからな。今のアマネスの反応を見ても十分に。


 そして、続いてアルカードがツルギに向けて魔眼を発動させるが、両者がにらみ合うことしばし、ツルギが身にまとっていたローブを外した。


 そこから現れたのは――白い天使だった。

 それは文字通り比喩抜きの純白の天使の姿。

 白い肌に銀の瞳、腰まで伸ばした真っ白な髪まるで天使のはねのように広がっていた。

 なによりも胸のわずかな膨らみ、四肢が丸見えとなる露出の高い服は彼女が女性であるという証であり、その肉体美は黄金率とも呼べるほど美しいものであった。


 ローブの下に隠れていたツルギの思いもよらぬ姿にこの場にいるオレ達は無論のこと、魔眼をかけたアルカードまで息を呑み、その美しさに呆然としていると不意にツルギがオレの方に近寄り、その目にはなにか愛おしさを秘めた感情をこらえていた。

 やがて、呆然としたまま彼女がオレの前まで近づくと何かをボソリとつぶやき、そのつぶやきを聞き取るよりも気づくと彼女の唇がオレの唇と重なっていた。


「…………んっ」


 思考停止。とはこのことを言うのだろう。

 思えば異世界に来てから何ヶ月か。フィティスをはじめとする女性陣に迫られた記憶はあったが、キスはまだなかった。

 いや、オレの人生でそのようなイベント事態ありえなかった。

 つまり、これは紛れもないオレのファーストキスであり、その相手が……え?


「あああああ―――――――――!!!」


 オレが事態を認識するよりも早く、ヘルの絶叫が城中に響き渡る。

 それに反応するかのようにこの場の一同の止まった時の流れが動き出す。

 見ると、オレにキスをした状態のままのツルギも、いまのヘルの絶叫で正気に戻ったのだろうか。

 そのままの姿勢で硬直し、次の瞬間顔が下から上へとわかりやすいほど赤くなり、やがて頭のてっぺんまで真っ赤になったところで瞬時に後ろへと下がり、脱ぎ捨てたローブを全身にかぶり、その後プルプルと震えだす。


「ああああ、アンター!! 一体なに命令してんのよー!!」


「い、いえ、アマネス殿にかけた命令と同じ内容をかけただけで……」


「だからなんでそんな命令をしてんのよー!! この場に好意を持つ相手がいなかったらどうやって確認するつもりよー!! しかもあいつが男だったらどうするつもりだったのよー?!」


「も、申し訳ありません、お嬢様……」


 見るとヘルがものすごい勢いでアルカードに食ってかかってる。

 そりゃな……いくらなんでも、もう少しまともな命令考えてくれよ、アルカード。


 一方のオレは未だ心神喪失状態であり、色々と衝撃が止まっていない。

 ツルギの中身があんな美少女だっとは思いも寄らなかったし……え、ってことはちょっと待ってくれ。

 ツルギが好意を持ってるのはオレってこと? な、なんで? どうして?

 オレ、あいつとは面識なんてないし初めて会ったはずだろう?

 好意を抱かれる理由にまったく心当たりがない。

 

 そんな混乱しているオレをよそにツルギのもとにはロックが近寄り、プルプルと顔を真っ赤にしているツルギを下から上へと眺めて、その顔を見てにっこりを微笑む。


「おねえさん、すごくきれいだね! ロックもおねえさんみたいになりたい!」


 そう言ったロックに対し、ツルギはわずかに一瞬驚いたような顔を向けるが、次の瞬間にはやはり天使のような微笑みを浮かべてロックの頭を優しく撫でる。


「――大丈夫だよ、君なら僕よりも、もっと綺麗な子になれるよ」


 そのツルギの言葉にロックはとても嬉しそうに微笑み、はしゃいでいた。

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