第85話「魔王の役割」

「なあ、本当にこっちであってるのか?」


「間違いありませんわ。少なくともこの城のどこかにベヒモスは存在しています。彼の気配は感じ取れますから、それは間違いありません」


「なるほどな。まあ、お前さんが言うなら間違いないだろうが、お前さんよく道間違えたりするからなぁ~」


「そ、それはトウキョウとかいう街がごちゃごちゃしてて迷いやすいのが原因なのですよ! あなたこそいい加減昔の話をネタに持ち出すのはやめてください!」


 一方、時間は遡り、キョウ達が帝王勇者との会談を行っていた際の裏事情へと移る。

 そこでは帝国の城内部に侵入した魔王ファーヴニルと氷室敬司が共に城深くの通路を歩いていた。


「それにしても随分と迷路みたいに入り組んだ場所だな。その前にこの通路の警護をしていた兵士達も随分な数だったしよぉ」


「SSランク魔物を捕獲している場所ですもの。このくらいは当然でしょう。とは言ってもいくら警備を厳重にしても私にとっては紙くず同然ですけれどね」


 言ってケイジは先ほどの魔王と兵士達との戦いとも呼べぬ蹂躙戦を思い出す。


「相変わらずお前さんはデタラメな強さだな」


「当然よ。こう見えて魔王ですしSSランクの魔物よ。仮に相手が七大勇者であろうとも実力の差は圧倒的よ」


 そう言って悠然と前を歩く魔王の言葉にケイジは素直に頷く。

 実際、彼女の手にかかればこの城を支配している帝王はおろかほかの七大勇者が束になったところで彼女が勝つであろうと。


「しかし、お前さん。それだけ強いんだからヴァルキリア王国との戦も小競り合いとかせずお前さんが直接出向けばすぐに蹂躙なり支配なり出来ただろう。いや、それだけじゃなくこの帝国含めた大陸の支配だってその気になれば一瞬だろうに」


「あなたも知っているでしょう。私たち魔物の役割を。それをしたところで世界の貢献には何ら意味を持たないわ。私はあくまで『魔王としての役割』に従事しているだけよ」


 その魔王の言葉にケイジは素直に頷く。

 確かにそれがこの世界の本来の魔王の役割であり、魔物の役割である。だが。


「けどそれを言うならお前さん、先日のキョウ達との料理勝負といい、ヴァルキリア王国との停戦といい魔王の仕事としては甘すぎないか? 本当ならあそこで全面対決してもいいチャンスだったろうに」


「……あなたも知っているでしょう。私は長いこと魔王をやりすぎた。そのせいで魔物たちへの情が移りすぎている。なにより」


「キョウのことか」


 言ってケイジは仕方がないとばかりに苦笑する。


「お前さんは相変わらず子供に甘いなぁ」


「し、仕方ないでしょう。まさかキョウが世界樹の種の担当になるなんて思わなかったし、息子相手に本気で勝負なんて出来ませんわ。下手をしたら娘まで巻き込んでの戦いになるかもしれないのよ。あの子、お兄ちゃんのこと随分慕っていたのですから、それで戦わせるのは酷というものですわ」


「それで料理勝負という落としどころか。まあ、それもありだろうな。少なくとも多少はあいつらの成長の足しにはなったろうし」


 ただそれでもできることなら誰かがキョウ達の明確な敵となり障害として立ちはだかる必要がある。

 それこそがキョウ達の目的の達成にも繋がるのだから。

 そこまで思い、ケイジは今回の件の妻である魔王の行動に対する疑問の答えを導く。


「ってことは今回お前さんが裏方に徹しようと思ったのもそうした理由からか?」


「そうね。実のところ、今回の帝王勇者の件はいい機会だと思っているわ。私はあくまであの子達の手助け程度に止めておくつもりよ。まあ、もしもあの子達の手に負えなくなった場合は仕方がないから後始末は私がするわ。仮に七大勇者全員を相手にする事態になったとしても私ひとりで十分抑えられる自信はあるわ」


「お前さんが言うと割とマジだからこえーよな」


 そう苦笑いを浮かべるケイジは今回の件の主犯である帝王勇者について考える。

 それはなぜ彼がこのタイミングで動き、しかもキョウ達を明確に名指しをしたのか。そもそもケイジが感じた最初の疑問がそこであった。


「……もしかして帝王の奴の狙いもオレ達と同じなのかねぇ」


「はあ? あんな若造が? いくらなんでもそれはないでしょう。その世界の真理を知ってるのは私たちSSランクの魔物かあるいは……」


 言って魔王はある可能性に気づき口を止める。

 いや、もしもそうだとするのなら。

 その疑問に答えをうつかのように、ふたりは通路の奥にあった扉の前までたどり着く。

 二人は共に顔を頷き合い、ゆっくりとその扉を開いていく。

 暗がりの部屋の中、そこへ捕らえられているであろう魔王の同族、SSランク・ベヒモスの姿を確認するべく中へ入るが、そこで二人が予想だにしない光景であった。


「これは……」


「おいおい、一体どういうことだ」


 その光景に困惑する二人。だが、魔王のほうは直前まで考えていたある可能性が現実を帯びた感覚を得ていた。


「なるほどね……そういうことだったのね」


「なにかわかったのか?」


「ええ、おそらくは……」


「あなたの考えている通りです。魔王殿」


 唐突に湧き上がった背後からの声に二人は瞬時に振り向く。

 そこに立っていた人物はまさに二人に取って予想外の人物。


「あなたは……」


「申し訳ありませんが、もうしばらくあなたたちにはここでことの成り行きを見守ってほしい。なにより子の成長を見守るのは親の役割でありましょう」


 その人物が語る意味。それを瞬時に理解した魔王は今回の件の全貌を掴み、思わずらしくなく「チッ」と舌打ちをするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る