第83話「育んできたもの」
街の兵士たちから逃げるようにオレ達は森の奥にいた。
すでに現状を理解しつつあるオレは悲しみよりもむしろ怒りで拳を握り締めていた。
そんなオレの身を案じるかのようにドラちゃんの手がオレの手を掴み、ぎゅっと抱きしめてくれる。
それだけでもオレはわずかに心を癒されるようで、ドラちゃんの頭を優しくなでる。
その時、森の奥から草の根を分ける音が聞こえ、警戒し身構えるオレたちの前に一人の女性が姿を表す。
それは初めて会う人物であり、綺麗な女性であった。
追っ手か? そう思い身構えるオレ達であったが、その中でただひとりジャックだけが驚いたように息を飲んでいた。
「こちらへ」
そう言ってその人物は敵対する様子も見せずオレ達を案内するように奥の道へと手招きをする。
……どうする?
一瞬罠の可能性を考え、みんなと顔を見合わせるが、その瞬間ジャックが迷うことなく発言をする。
「大丈夫だ、兄ちゃん。彼女は味方だ。信じてくれ」
それは確信に満ちたジャックの声であった。
ジャックの知り合いなのか? そう思い問いただそうとするが、そんな暇はないとばかりに後ろの方から松明を持つ兵士たちの姿がチラホラと見えた。
このままここで待っていたとしても兵士たちに取り囲まれるのが落ちであろう。ならばここはジャックの言葉を信じ行動する方がマシだ。
オレ達は全員頷き合うと共に、その女性に導かれるまま森の奥へと入る。
やがて森が拓けた場所に一軒の小屋があり、女性はその中へとオレ達を匿ってくれた。
「ここならしばらくは大丈夫です。街からは離れていますし、ここを知っている人もごく一部ですから」
そう言って女性は改めてオレ達の方へと顔を向ける。
凛とした表情にこちらをまっすぐと見る瞳にどこか気圧されるものがあったが、そんな彼女の視線の先はオレやヘルなどではなく、ジャックへと向けられていた。
「お久しぶりです、ジャックさん」
「……ああ、久しぶりだな、エスト嬢」
やはりジャックの知り合いだったのか? だが一体いつどこで?
そう思い、疑問符を浮かべながら見つめ合うオレとドラちゃんをよそになにやら意味深なふたりの会話は続いていく。
「目、見えるようになったんだな」
「はい、ジャックさんのおかげです。ありがとうございます」
「……すまなかったな」
「? どうしてジャックさんが謝るのですか?」
「……見ての通りだ、オレはアンタの両親の命を奪った魔物と同じ種族。こんな魔物が目の見えないアンタにつけこんで色々とお節介していたのはさぞ腹が立っただろう」
「ジャックさん。私、言いましたよね。見た目で人は判断しませんって。それに私、前からあなたのこと気づいていました」
「なに?」
「気づいていました、と言っても後から気づいたというだけですが。前に言いましたよね、目が治ったら真っ先にあなたを見たいって、それで私、目が見えるようになってからあなたに一度会いに行ったのです」
「……いつの間に」
「直接は会っていません。遠巻きに眺めただけですから。街の外れに魔物を育てている栽培師という方がいると聞いて会いに行ったのです。そこでキョウさんとその隣にいるあなたを見ました。最初はキョウさんがそうかと思いましたが、私の知っている雰囲気とは違いました。むしろ、その隣にいるかぼちゃ頭の紳士さんの方が私のよく知る人物の雰囲気に似ていたのでそれで」
「……そうか。気づかなくてすまなかった」
「いえ、気にしないでください。それになによりあの時のお礼参りをこのような形で出来てよかったです」
なにやら二人だけの空間を作って話し込んでいる模様。
えーと、そろそろ会話に混ぜてもらっても大丈夫でしょうか?
「ああ、すまないな、兄ちゃん。彼女はエスト嬢。まあ、色々あってオレとは知り合いなんだ」
「初めまして、キョウさん。あなたと直接会うのはこれが初めてですね」
「あ、ああ、はじめまして」
と相手の挨拶に対しオレも素直に挨拶を交わす。
そんなオレ達を見てわずかに微笑んだエストさんだったが、すぐさま真剣な表情へと変える。
「状況は理解できているでしょうか?」
そう言ったエストさんの口ぶりからこの街でなにが起こったのか知っているようであった。
「……大体の予測はついているが説明してもらえますか」
「はい。と言っても私が知っていることはそれほど多くはありません」
言ってエストさんの口から語られる。
やはり、想像通り数日前にアルブルス帝国からの使者がこの街にやってきて、最初に領主と会い、その後、この街の魔物栽培師であるオレと交流の深かった人物の元へと次々訪れていったという。
そして、その人物が帰った後から街の雰囲気が変わり始めたという。
このエストさんはもともと森の奥に住んでおり、街に来るのもたまにだけであり、なによりオレとの直接的な関わりがなかったために記憶の改ざんを受けずに済んだらしい。
話を聞き終え、それまでオレの隣にいた妹ヘルがなにやら怒りに震えるように拳を握り出す。
「やっぱりあいつお兄ちゃんに焦点を当てて追い詰めてるみたいだね。……絶対に許さない、今度会ったらマジで殺してやる」
そう吐き捨てるヘルの表情は明らかな怒りを宿していた。そして、それはほかの皆も同じようであった。
「……ぱぱ、ロックもぱぱを苦しめるやつは……ゆるせないよ……」
見るといつもはおとなしく無邪気なロックすらも苦虫を噛み潰したように顔を歪め、オレの服を握る彼女の手にもぎゅっと力が込められているのが見えた。
こんな黒い感情を出している娘の顔を見るのは初めてであり、オレはむしろ自身への仕打ちよりもこうした仲間達の姿を見るのに胸を痛めた。
「……ああ、そうだな。オレはともかくお前たちの居場所まで奪ったのは許せないよな」
そうだ。これまでオレは自分の居場所が奪われたことにショックを受けていたがそうじゃない。
あいつはロックやドラちゃん、ジャックたちの居場所まで奪ったんだ。
それだけじゃなくオレが育ててきた魔物たちの居場所まで。
オレだけならオレ自身がショックを受けてそれで終わりでよかっただろう。
だが、わざわざオレを追い込むのに無関係な奴らまで被害に遭わせるのは、どう考えても許せない。
ミナちゃんも領主さんも勝手に記憶を改ざんされ、それは彼女達のそれまでの思い出すら奪い侮辱したことになる。
自身への怒りではなく、オレは仲間たちの居場所を穢されたことに改めて怒りを感じ、それを自覚した。
「やってやろうか。ここまでいいようにされたんだ。あいつにはそれ相応のツケを払ってもらおうぜ」
なによりも奪われたままのリリィやフィティス、アマネスたちを放っておけるのか?
いいや、否だ。
心を折ってる暇なんかない。そんな暇があるなら今すぐあいつの顔面にパンチをぶち込んでやれ。
そう思い立ち上がり、みんなの顔を見て頷いた瞬間。
「――その小屋の中にいる魔物の主犯に告ぐ! いますぐ出てくるがいい! さもなくば小屋に火を放つ!」
見ると、窓の外にいつの間にか街の兵士達が集結していた。
「……どうやら足跡でここまで来たのがバレたみたいですね。すみません、肝心な時に役に立てなくて」
言ってすまなそうに謝るエストさんに、オレが声を掛けるよりも早くジャックがエストさんの肩に手を置いてニヒルに微笑む。
「なに、エスト嬢は十分オレ達を救ってくれたよ。たったひとりでもオレ達を覚えて力を貸してくれる人がいた。それだけで十分に立ち上がる力になれるってもんよ。ありがとよ、エスト嬢」
「……ジャックさん」
「ここから先は任せな。エスト嬢のこの小屋には一歩たりとも近づけさせねぇからよ」
言って紳士帽子をかぶり直し前に出るジャック。
おい、それなんていう主人公的立ち位置。
危うくジャックに主役の座を取られそうになっているので、オレも慌てて扉の前へと立つ。
「お兄ちゃん、多分これ扉を開けた瞬間に弓矢とかの総攻撃があると思うよ」
「……だろうなぁ。で、いけそうなのか? ヘル」
オレのその質問に対し、妹は問題なしとばかりに微笑み、いつもの厨二口調へと戻る。
「くっくっく、誰に物を言っているのだ、兄上よ? 連中の弓矢などこちらへ届く前に全て塵芥へと変えてくれる」
「オレの方も任せておきな、兄ちゃん。伊達に前にクラスチェンジはしてない。並みの兵士くらいなら軽く気絶させてやるよ」
そう言って微笑む二人にオレも安心するように親指を立てる。
「おう、じゃあ任せるぜ。二人共」
そんな二人に対抗するようにさきほどから迷っていたロックが口をきゅっと尖らせて発言する。
「ぱぱ……! ロックも……戦う! ぱぱをいじめる悪い人……やっつける!」
「ロック……ありがとう」
そう言ってオレの服を強く引っ張るロックに、だがオレはこの子には出来るだけ乱暴なことをして欲しくないと願っていた。
単に娘に対する感情移入かもしれないが、できることならこの子には人間と争わず仲良く暮らして欲しいと願っていたから。
そう思いながらも、まずはこの場を切り抜けなければいけない。
オレは改めて気を引き締めドアノブに手をかけ、後ろの全員に確認を取るように声を上げる。
「それじゃあ――いくぞ!」
言って扉を開けた瞬間。
前方で弓矢を構えていた兵士たちが“横へ”と吹き飛んだ。
「え?」
なにが起きたのか。それを理解できたのは次の瞬間であった。
「な、なんだ! なにが起こった?!」
「た、隊長! 魔物です! 魔物の集団が側面から!」
「な、なに?! くっ、だがこのあたりにいる魔物ならば危険度はせいぜいDクラスであろう! その程度の魔物に隊列を崩すな!」
「ち、違います! あ、あれはDランクなどではありません!」
「なにを……ば、バカな?!」
言って狼狽する兵士たちをよそに側面よりそいつは現れる。
ひとつの胴体に複数の竜の頭を持つ魔物。
それは以前見た全長よりも遥かに小さいが、それらが三匹ほどまとまり次々と兵士たちをなぎ払い、やがてそいつらはオレ達の前にオレ達をかばうように立ちはだかった。
「ヒュ、ヒュドラだとー?! バカな?! なぜSランクの魔物が子供とは言えこんな場所に?!」
驚愕する兵士を横に、オレはそのヒュドラ達に見覚えがあった。
「お前ら……!」
それは以前、アマネスがヒュドラ退治をした際に、回収した卵から生まれた赤ん坊のヒュドラ達。
なんとか卵からは還ったのだが、ヒュドラは水辺のある場所で育つ魔物だったため、近くの川にて育てており、時折様子を見に来てはオレのことを親だと思ってくれたのかよく足元になついては腕に乗ってきたり、犬のようにじゃれていた奴らだ。
それがいつの間にかこんなデカくなって、挙句オレのことを守ろうとここまで来てくれたのか。
そんな感動に身を包まれようとした時、それは更に起こった。
「隊長! 大変です! 魔物が! 側面だけじゃありません、後方からも魔物の軍勢が!」
慌てふためく兵士達をよそに彼らの後ろから様々な魔物達がこちらに向け進軍してくるのが見えた。
それはコカトリス。ジャック・オー・ランタン。デビルキャロット。マッシュタケ。キラープラント。ウィードリーフ。
オレがこれまで育てた魔物達であった。
「お前ら……」
彼らは皆、兵士たちを殴り倒し、時折蹴飛ばしながらもオレの方へ目掛け駆け寄り、ヒュドラ達と同様にオレ達を守るように周りを囲んでくれた。
「え、ええい! 魔物共が! 構わぬ! ヒュドラ以外は雑魚魔物ばかりだ! 全員で撃て!」
言って未だ倒れていない隊長格がバラバラとなった陣形を立て直そうと指示を出そうとするが、その将軍の体が何かの枝に掴まれ宙に舞う。
「へ? うわあああああああああああああ?!!」
「ほっほっほ、なにやら森がやかましいと思ったら……お主ら、わしの森でこのような暴挙を見逃すと思うてか?」
「エントの爺さん!」
それは以前オレがエントタケを開発するために協力してくれたこの森の番人にして主、エントであった。
「久しぶりじゃな、小僧。なにやら大変そうなことになっておるので思わず駆けつけてきたぞ。最もわしら以外にも色々とお主の知り合いが来ておるようじゃな」
「え?」
その声に反応するように兵士の集団を見ると、そこでは兵士達が巨大な鬼のような連中に体を掴まれ身動きを封じられていた。
「キョウ殿。お久しぶりですな。以前、我らの里のために尽力してくれた恩。返しに来ましたぞ」
「オーガ!」
あのバハネロを栽培するために訪れたオーガ達までもこの場に駆けつけ兵士たちを一掃してくれていた。
見るとバハネロも口から火を吐いて兵士たちのお尻を燃やしたりと活躍しているのが見えた。
そうだ。帝王勇者は確かにオレから街の人達の記憶や絆を奪ったかもしれない。
だが、オレが育ててきたものは人の絆だけじゃなかったんだ。
魔物達との絆。それがオレがこの異世界で育んできたものだったんだ。
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