第82話「いつからスローライフだと錯覚していた?」
「ご主人様。大丈夫、ですか?」
「お兄ちゃ……こほん。兄上、アルブルス帝国領からは無事に離脱出来たようだが、これからどう行動する?」
「……そうだな」
シームルグとなったロックの背に乗り、オレへと声をかけるヘルとドラちゃんに対し気のない返事をする。
オレは未だ帝国の城で起きた出来事に対して気持ちの整理がつかずにいた。
人質となっているリリィを救出ための会談の場で、逆にフィティスとアマネスを奪われるという始末。
今更ながらオレは自分の爪の甘さを恨む。
これまではカサリナやアマネス、父さんや母さんと言ったオレの身近な人物が相手であった。
だからこそある程度の話し合いや信頼を置いた勝負の場を設けることが出来たのだろう。
だが、あいつは帝王勇者はそれまでの相手とは全く異なる。
目的のためなら手段すらいとわず自らの我を通す強さ。帝王と呼ばれる男への警戒をオレは最初から誤っていた。
これまでのオレの異世界暮らしがスローライフであったことも原因のひとつなのだろう。
今度の出来事も何かのイベント程度になんとなるだろうと甘く見ていた。
ここは異世界。オレの知らない世界であり、法則や社会、そして秩序や支配がある。
そのことをもっと自覚するべきだったと。
「いずれにしても一旦どこかで休息を取って今後の作戦を練るべきだろう、兄ちゃん」
「確かに、そうだな……」
「それならご主人様、一度家に戻りませんか?」
「家……?」
ドラちゃんのその言葉にオレは思わず聞き返し、そして思い出す。
そうだ、この異世界に来てからオレが初めて訪れたあの街とボロ小屋。
思えばそこがオレに取ってのこの世界での始まりであり、そこでオレはリリィと出会い、魔物を育てることを決意したんだ。
それがなんだか遠い昔のように懐かしく感じ、それまで沈んでいた心にどこか懐かしい風が吹いてくる。
「……そうだな。久しぶりに帰るな。あそこに行けばなにか思いつくかもしれないしな」
「はい! そうですよ! これまでもいろんなアイディアをご主人様をいっぱい生み出してその度に切り抜けてきました今度も大丈夫です!」
「お、お兄ちゃんの家か……。う、うん、我もちょっと興味あるぞ」
「なら、決まりだな。兄ちゃん、久しぶりに里帰りと行こうぜ」
皆のその声に頷くようにオレはロックにこのままリリィ達といたあの街へ戻るように指示する。
そこで待ち受けているものを知る由もせずに。
「ご主人様! 街が見えてきましたよ!」
ドラちゃんのその声に引かれ、前方を見た瞬間そこにはオレが知るあの街が広がっていた。
「ここに戻るのも久しぶりだな」
ミナちゃんは元気だろうか。あの魔王城での料理対決が終わってから彼女にはこの街に戻ってもらったが、挨拶の寄るのもいいかもしれない。
それから領主様にも久しぶりに顔を見せようかなどと考え、久しぶりの我が家へと近づいた瞬間、それは見えた。
「? なんだ、あれ?」
それは空へと立ち上る煙の姿。
目の前を覆うそれはまるで霧のように立ち込め、空へ暗雲を作りまるで不吉の象徴であった
そして、その煙を作っている元凶。赤い何かがオレ達の目指す場所から上がっているのが見えた。
「……嘘、だろ……?」
炎。
そこにあったのは全てが赤く燃える景色。
遥か上空より、眼下にてオレ達が暮らしていた家が炎に包まれる姿が見えた。
かつては住むには不向きなボロ屋のような家。だが、オレはそこが気に入っていた。
風が吹けば板が軋み、雨が降れば水漏れもするけれど、そんなボロ屋での暮らしは子供の頃、誰もが一度はやってみたいと思う場所。
だからこそ、オレはあのボロ屋をなるべくそのままの形で新しい木造の家へと建て替えてくれるよう街の人達にお願いした。
木作りの温かみのある家、街の人達が手伝ってくれたから出来たオレだけの家。
それが燃えていた。
「……なんだよ、これ……」
眼下にて炎上する家の前に降り立ったオレはその光景を呆然と眺めていたが、同じくこの場所に降り立ったジャック達から更なる衝撃的事実を知らされる。
「兄ちゃん、どうやら家だけじゃないぜ……あれ、見ろよ」
ジャックが指し示す方を見るとそこにあったのはすでに炎により焼き尽くされた焼け野原。
焼け焦げた炭と灰だけが埋め尽くし地面。
そして、そこはオレが魔物を育てていた畑の場所でもあった。
「……冗談、だろう……」
オレは恐る恐る焼け落ちたその畑へと近づく。
そこではオレが育てたであろう魔物達が灰になっている姿があった。
どれほどの魔物が犠牲になったのかはわからないが少なくとも逃げ遅れた何匹かが灰となっているのが確認出来る。
オレはその灰を知らず手に取り、力なく握りこんでいた。
「……誰が、こんなことを……」
あまりの現状にオレの思考は停止しかかるも背後より聞こえたある男の声がオレを現実に引き戻す。
「どうやら貴様がここで魔物を生み出していた元凶か」
その聞き覚えのある声にオレは思わず反応するように振り向く。
「……領主、さん?」
そう、そこにいたのはオレの知り合いでもあるこの街の領主さん。
その彼がこちらを見下すように背後に複数の兵士を従えてオレ達の前に立っていた。
「……これ領主さんがやったんですか? なんでこんなことを?!」
「なぜ? 決まっています。魔物は人に害を成す存在。それを討伐するのは当然でしょう」
それはさも当然なように当たり前のように領主さんはそう言った。
その彼のこちらを見る目はあまりに冷たく、そして敵意に満ち溢れていた。
「なんで……ここで育てた魔物はあれだけ街の皆にも受け入れられていたじゃないですか! 領主さんだってオレにコカトリスの卵を産むよう頼んだじゃないですか! なのになんで?!」
言ってオレは思わず足元で炭となり固まったままの卵を掴み領主さんへ突き出す。
だが、それを見た領主さんの返答は信じられないものであった。
「なにを言っているんです。私はそんなものを頼んだ覚えはない。そもそも君とは初対面のはずです」
「……そん、な……」
そう言った領主さんの目は決して嘘を言っているものではなく、オレのことも初対面の『敵』としてしか認識していなかった。
それを見てオレはある最悪の可能性を感じた。
「魔物を引き連れている以上、あなたがここで魔物を生み出していた元凶なのは明白。ここを拠点として街へ侵攻を行おうとしていたのでしょうが、そのような真似させるわけにはいきません。魔物を生み出していたであろうあなた達はここで捕らえさせていただきます」
言って領主さんは背後に控えていた兵士達に指示を出すが、それより早くオレの隣にいたヘルがオレの手を取り走り出す。
「お兄ちゃん! ここは一旦逃げよう!」
そのままヘルに引かれるようにオレ達は街の方へと逃げ出す。
正面の兵士たちに向け一気に強行突破を行い、そのまま陣形を崩すようにオレ達はこの場からの離脱を果たす。
途中、追ってきた兵士たちが何度かオレ達に襲いかかるがジャックやヘル、あるいはロックがそれらを蹴散らしオレ達は街の路地へと逃げることに成功した。
なにが起こってる。これからどうすればいい。
そんなぐちゃぐちゃとした考えが頭を駆け巡り、混乱しかけたところへドラちゃんの何かを思いついたような声が響く。
「そうだ! ご主人様! 一度ミナさんのところに行きましょう! ミナさんならきっとご主人様のことを匿ってくれますよ!」
「ミナちゃん……?」
そうだ、この街には彼女がいたんだ。
オレはドラちゃんのその言葉に頷き、ひとまずミナちゃんの食堂屋へ向け移動を開始する。
路地裏を目立たないように移動し、なんとかミナちゃんの店の前まで来る。
幸いなことに食堂付近には兵士はいないようで、オレ達はそのまますんなりとミナちゃんの食堂屋へと駆け込んだ。
「すまない、ミナちゃん! 助けてくれ! よくわからないがこの街でなにか起こってるようなんだ!」
扉を開け、慌てた様子で入るオレ達を見るとミナちゃんは驚いたように体をビクつかせ、次の瞬間、恐怖に怯えるような表情で後ろに下がった。
「ミナちゃん? ああ、そうか、急にごめん。けど実は丘の方の家が焼かれて、それから魔物を育ててた畑も燃やされて他に行くところがなかったんだ。領主さんもなんだか様子がおかしいみたいで、それで……」
そう言って謝罪と説明をするオレに対してミナちゃんは信じられない言葉を投げかけた。
「あ、あなた……誰、ですか?」
「……え?」
なにを言ってるんだ、ミナちゃん。
そう口にしようとした瞬間、続けてミナちゃんからありえない台詞が飛び出す。
「ま、魔物を引き連れて私の食堂屋をどうするつもりですか?! で、出て行って! 出て行ってください!!」
叫ぶミナちゃんの表情は明らかに怯えた様子であった。
それを見た瞬間、オレはどこか胸が締め付けられるようであった。
「……そうか、ミナちゃんまで」
やってくれたぜ。という感情が胸に広がるものの、それをミナちゃんにぶつける気にはなれなかった。
むしろ彼女は巻き込まれた側。いわば被害者だ。
これ以上、彼女に問い詰めたところで彼女を困らせるだけだろうとオレは判断し彼女に対し謝罪を述べる。
「すまなかったな……けど、すぐになんとかするから」
「え?」
そのオレの言葉に一瞬、ミナちゃんは何かを思い出すようにこちらを呆然と見ていた。
「おーい、ミナちゃん。今日の晩御飯いいかなー?」
言って店の中に誰かが入ってくるのが見えた。
オレ達は瞬時に移動を開始し、その人物と入れ違いに店を出て行く。
店を出る瞬間、その人物と肩がぶつかり何かを言われたような気がするが、今は一刻も早くミナちゃんを巻き込まないためにもオレ達は食堂屋から離れていく、同時にオレはこうなった元凶について考えを巡らせていた。
帝王勇者ロスタム。
これは間違いなくあいつの仕業。
あの会議の前からオレのことを調べ、最初からここまで用意して、会議の場への要請をしていたのだろう。
つまり、向こうは最初からこちらへ仕掛ける気は満々だったというわけだ。
やってくれたぜ。だがな、これはいくらなんでもやりすぎだ。
オレだけならまだしもミナちゃんまで巻き込むのは許せなかった。
オレは仲間達と共に森の奥へと逃げるが、その胸中にあったのは絶望以上にオレの仲間に手を出したことへの怒りであった。
「今のってもしかして……キョウか? あいつ慌てた様子でどうしたんだ?」
「……知り合い、なんですか? トムさん」
「は? なに言ってんだよ、ミナちゃん。あいつはキョウでミナちゃんあいつに色々お世話になってたじゃないか。事あるごとにあいつの話題を繰り返してさ。なんだ、今日はケンカでもしたのか?」
「……キョウ、さん……」
そう呟いたミナの心中はどこかぽっかりと穴が空いたようであった。
大事なものを忘れているような、そんな感覚。
だが、先ほどの少年の顔を浮かべミナはもう一度その名を呟いた。キョウ、と。
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