第80話「帝王との会談」
「ようこそ、栽培勇者、戦勇者、それにグルメ勇者フィティス。歓迎するよ、オレの名はロスタム。“帝王勇者”の称号を持つこの国の王だ」
そこには王者の風格を備えた一人の男がいた。
褐色の肌に漆黒の髪、口元に浮かべた笑みは己という存在に対する絶対の自信。
オレ達が城へ到着すると同時に案内された会議の場。
魔王城にあった円卓とは似て異なるその席にすでに自分ように用意させた玉座に座っていた帝王勇者は、オレ達の訪問を見るや否やそう歓迎の挨拶をした。
「久しぶりだな、ロスタム。先日は我が国への侵攻よくもやってくれたと言っておこうか」
「あのような小競り合い、いつものことであろう。何よりそちらが魔王軍に取り込まれた恐れがあるとの情報が入ってな。戦勇者の国がそのまま魔王領に取り込まれる前にこちらで奪還しようとしたまでのこと」
「抜け抜けと、だがまあいい。今回はそれも含ませて貴様には色々と侘びを要求させなければならないからな」
そう言ってアマネスが臆することなく席に座り、彼女の目線に促されるようにオレやフィティス、ヘル達も続く。
「まず、そちらが捕らえている人質の件で話がある」
「人質?」
アマネスのその最初の話題に対し、なんのことかとトボける帝王勇者。
こいつ、いくら自分が帝王気取りだからってこの態度にはさすがにオレも少しカチンと来た。
「とぼけるな! そっちが捕らえているリリィのことだ!」
気づくとオレは思わず身を乗り出すように目の前の帝王に意見をぶつけていた。
そんなオレの怒号に対して、帝王はただ静かに一瞥をする。
そのあまりに冷たい瞳に魅入られた瞬間、直前までの怒りが瞬時に凍りつくような感覚を覚え、それを見透かされたのか帝王はわずかに失笑を漏らす。
「ああ、獣人勇者のことか。彼女を人質などとはとんだ勘違いを。彼女は我ら勇者の同胞。それを捕虜になどしているつもりはない。君たちが望むのならすぐにでも彼女に会わせよう」
その帝王勇者のあまりにあっさりとした解放宣言にオレは逆に肩透かしを食らった感じであった。
「条件はなんだ? よもやただで解放するつもりはないのだろう」
「これはまた随分と疑われたものだ。オレは別にそちらと取引をしたいわけではない。ただ対話をしたいと思っただけだ」
「対話?」
「単刀直入に言おう。お前達、オレの配下となれ」
「断る!」
「お断りいたします」
「だが断る」
間髪入れずオレ達全員、帝王勇者からのその提案を断る。
それに対し帝王勇者は、しかし特に気分を害した様子もなく、逆に愉快とばかりに笑っていた。
「そうかそうか。まあ、会っていきなり誰かの下に付けと言ってもそうなるな。では、いくつかの条件をつけるとしよう」
そう言って帝王勇者ロスタムは改めてオレの方を見る。そこにはどこか興味深そうな感情が込められていた。
「栽培勇者、君がオレの元につくというのなら、オレが有する三つの世界樹の種を全て差し上げよう」
それは文字通り、オレの目的達成を意味する破格の条件であった。
自らの手の内にある切り札をこうも大胆に切るとは、この男はどこまでも帝王気質なのだろう。
「それはありがたい条件だが、おいそれと誰かの下につくのもな……。大体アンタは世界樹の種が欲しくてオレを呼んだんじゃないのか?」
少なくともあの書状にはこちらが持つ三つの種に関して関心を持っていたような書き方であった。
だが、それに対してロスタムはどこか奇妙な笑みを浮かべる。
「まあ、確かに手元にあれば管理はしやすいが、あれに関してはどこにあろうと別にかまわんのだよ。なぜなら最後はオレの望む通りの形になるのだから」
? どういう意味だ?
「では君の返答に関しては保留として戦勇者に関しては我が軍門に下ることで我が国の庇護を与えよう。魔王軍との戦いに関しても我らの軍勢を遺憾なく使用して構わぬ。無論、領土もそのままで構わん。破格の条件だとは思わんか?」
「断る。誰かの下に付く気などさらさらない。たとえ我が領土がそのままだとしてもお前に支配されているというのは虫が好かん。それに魔王軍とはしばらくの停戦が締結された。今向こうとやり合うメリットもまるでないのでな」
「そうか。それは残念だ」
そう言ったロスタムの表情は自分の提案を蹴られたことに関してではなく、魔王軍との停戦が締結されたことに関して、顔を歪めていたようであった。
「では、フィティス。最後にお前に関しては言うまでもあるまい」
「…………」
そう帝王勇者がフィティスを声をかけた際、なにやら微妙な空気が流れる。
ひょっとしてこの二人、知り合いのなのか? とオレがそう思った瞬間、それは衝撃的言葉となり証明される。
「なにしろお前は我が婚約者なのだから」
はい?! 婚約者?!
婚約者っていうとあれですよね、あの婚約者ですよね?!
オレがひとりでそう混乱している内に当事者であるフィティスよりハッキリとした返答がくだされた。
「それに関しては以前にも言ったとおり私にはその気はないと言ったはずです。私は自分が認めた方のお側以外につくつもりはありません」
あからさまにその態度を見せるべくオレの腕へと絡めるフィティス。
それを見て帝王勇者の視線は再びフィティスからオレへと移る。
「そうか。あのプライドの高いお前が誰かに尽くすとはな。意外だがその者にはそれほどの価値、他者を惹きつける何かがあるということか」
そう言って帝王勇者はマジマジとオレを観察する。
そこにはオレを見下すような視線はなく、ただ単純にオレという存在に対しての興味と観察、そしてその奥にある何かを探ろうという視線であった。
「ふむ。だが確かに直に会ってみると興味深い。まだそのつもりはなかったのだが、お前のような者が絶望に立たされた時、そこからどのように立ち上がるのか興味が沸いてきたな」
なんだかよくわからないがこの人のお眼鏡にかなったようで、むしろ嬉しくない。
だってこいつ絶対「気に入ったぞ、お前は最後に殺してやる」とか言って嬉嬉として絶望という名の試練を与えてくるやつだ。
オレそういうのノーセンキューだから!
「それで交渉は決裂ということで次はどうする気だ?」
そう言ってオレ達に対する誘いを全て断られた帝王勇者に対してアマネスがそう問いかけるが、それに対しロスタムはどこか楽しそうに玉座に背中を預ける。
「そうだな。本来ならここで顔見せと宣戦布告を終えて、後日改めてそちらへの開戦の幕開けをするつもりであったのだが――気が変わった」
言って帝王勇者の雰囲気が変わる。
それまで玉座に有意義に座っていた王の雰囲気から、全てを飲み込む帝王のそれへと変化して。
「今、この瞬間より開戦としよう。オレはお前たちの全てを欲したい。故に力尽くで奪わせてもらう。なに単純な話だな」
それはあまり唐突な宣戦布告と同時に開戦の合図。
だがこの中で、その開戦の合図を唱えた帝王勇者より遥かに先に行動を起こした者がいた。
「ならば、今ここでお前を落とさせてもらおうか」
“戦勇者”アマネス。
まさに電光石火とも呼べる先制行動により、即座に床に触れたかと思った瞬間、彼女の周囲より無数の武器が創生される。
この場の大理石を材料とした高品質の武器の数々、それらが瞬時に息を呑む暇すら与えず帝王勇者へと向かっていく。
あまりに迅速な対応。それに対処させる暇さえ与えず、帝王勇者は自らの宣戦布告に飲まれる形となり、アマネスの放った武器の前に倒れる――はずだったが。
「そうそう」
瞬間、アマネスの電光石火と呼ぶべき武器の数々を疾風迅雷の如き風が全て撃ち落とした。
呆気にとられるオレやアマネスをよそに、それら全てを武器を叩き落とし、手に握った剣をまるでガラス細工にように砕いていく人物。
その“人物”を見た瞬間、オレは、いやオレ達の心臓は瞬時に凍りつくようであった。
「先程、君たちが言っていた捕虜とやらについてなのだが、言ったようにここには“捕虜などはいない”。君たちが望むのならすぐにこうして会わせよう。ただし――」
気づくべきであった。
いや、本当なら心のどこかで気づいていた。わかっていたはずだ。
この可能性があったことに。
「彼女が君たちの元に戻るかどうかは、また別の話だ」
そこに立っていたのは金色の獣を思わせる少女。
オレ達の仲間――“獣人勇者”リリィの姿であった。
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