第79話「帝王の世界」

「ここがアルブルス帝国の首都か」


 そこには帝王勇者が治める帝国の中心都市が広がっていた。

 これまで様々な国や都市を見てきたつもりだったが、ここまで軍勢都市とも呼べる強固な守りと建設、そして雰囲気に染まった街は見たことがなかった。

 行き交う人々のほとんどが兵達であり、本来街を活気づかせるべき人の声や無邪気な子供の声などまったくなかった。


「そうだ。ここは特に全ての国の中で階級差別の激しい国とも言える。称号を持たぬ者はただの街人であり、称号を持つ者こそがこの国において力と権力を握っている」


「称号? 貴族の称号かなにかか?」


 オレのその問いに対し先頭を歩くアマネスが振り返ることなく、どこか忌々しそうに答える。


「違う。“勇者”の称号だ」


 それを聞いてオレはどこか合点がいった。


「この国では勇者の称号こそが貴族階級のようなもの。その代わりと言ってはなんだが古くから国に存在した貴族階級は廃れ、今ではその勇者階級とも呼べる制度がこの国を中心に各地に広がっている」


「確かこの世界の勇者ってのは一定の活躍を得た奴なら誰でも得られる称号なんだよな?」


「そうだ。魔物を倒しポイントを稼ぐか、あるいは世界の発展となる技術の制作、それか研究などでもいい。もっと言えば新しい料理のジャンルなどを開発した者にもそれに相応しい勇者の称号は得られる」


「あ、料理でもなんだ?」


「当たり前だろう。この世界の食材となるものはなんだ? 魔物しかいない。ならばその魔物をいかに上手く調理するか、料理として世界中の人々へ新しい形として提供できれば、それは十分に世界への貢献に値する。なによりも食というものは人間が満たされる要素のひとつ。生きる上で最も必要な行為でもある」


 料理と聞いてちょっと意外であったが、その説明を聞きオレは素直に頷く。

 確かに考えてみればこの世界の食に対する関心は他よりも抜きん出て強かった。

 思えばそれは食材となるものが魔物しかいなかったのも理由のひとつだったのだろう。

 野菜と比べて魔物の調理というのはどれも難しく、発想の転換が必要なものが多い。

 それらを旨く調理し新たな料理法を確立できたのなら、確かにそれは世界の貢献にも繋がる。


「ってことはこの国にいる上流階級の連中ってみんな勇者なのか?」


「そうなる。それぞれ魔物を仕留めることに特化した狩人専門勇者。技術や研究面で新たな発見、貢献をなした技術系勇者。他にも料理、魔術、武器生産と優れた技術を見せた者達は生産系勇者として地位と名誉を受け貴族としての生活を保証されている」


「そして、この国にはそうした勇者達を幼い頃から育成するための勇者機関、育成学園もあるのです。キョウ様」


 アマネスとフィティスのその説明にオレは先程からの疑問が解決するようであった。

 街の中央通りを歩いているにも関わらず子供が少なかったのはそういうことだったのか。

 だが、その説明を聞いている内に胸の中になんとも言えない感情が溜まっていくようであった。


「説明を聞く限りは、その帝王勇者の方針は間違いとも言えないな……」


 勇者とは、世界の貢献を成す存在。

 それを育成し、人材を増やすことがアルブルス帝国の目的だとするなら、それはむしろ世界としては正しい行いのような気がしたのだ。

 だが、それでもこの管理社会を思わせる構図はどこか納得できない部分もあった。


「……そうですわね。ここでは文字通り実力が全て。勇者となり華々しい功績を得た者はそれに見合うだけの報酬と地位を得られます。逆に言えば、それができない者は、たとえかつては貴族階級であったとしても平民以下の存在として落とされるのみですが」


 そう言ってフィティスが不意に視線を裏路地の方へと向ける。

 彼女のその視線に導かれるようにして見た先にあった光景は、生きる気力もなくただ路地にうずくまっている男性であった。

 だが、オレが驚いたのはその男性の服装の方にあった。


 それはかつて、名だたる貴族階級の生まれであったのだろう。

 それが今では見る影もなく、当時の服装を着たまま、それまでの栄光を忘れられず薄汚れた姿となり、うずくまる男の姿だった。


「……私も貴族階級というものはあまり好きではなかった」


 先ほどのフィティスの言葉を継ぐようにアマネスが続ける。


「連中はただそこに生まれたというだけでなんの苦労もせず、努力も才能も磨かず貴族の地位を受け継ぎ、先祖の威光を借りては平民を見下し贅沢三昧のまま生涯を終える。一方でどんなに平民が努力しようとも貴族の仲間入りをすることはできない。そのような時代を改革したという点については私は帝王勇者を認めている」


 アマネスのその発言にはおそらく自身かあるいは周りのそうした環境を見てきたであろう説得力がある。

 確かに中世のヨーロッパなど貴族階級が存在した時代はまさにそうした理不尽がまかり通っていた。

 そして、それはこうしたファンタジー世界ならばなおのこと当然であろう。


 貴族階級。多くの作品でもそれをテーマとしてそこに潜んだ貧困の差、理不尽をオレもいくつも話として見てきた。

 だからこそ、ここで今それを語るつもりはない。


 そうした点で見るならば確かに帝王勇者が築いたこの国はまさに弱き者を救済する変革であったのだろう。

 だが、どうにもそれでめでたしという雰囲気には感じられなかった。


「ですが彼が欲したのは平等ではなく、力ある社会だったのですわ」


 そのフィティスに一言にオレはこの国に来て、この首都を見て最初に感じた違和感の正体に気がついた。


「勇者となった者にはそれに相応しい地位と栄養が与えられる。それはまさに努力すれば結果が実ると思われますが、そうではありません。世の中には大小、様々な才能があります。どんなに努力しようとも結果が実らない者も多くいます。そんな彼らに取ってこの国はどうあがいても手の届かない地獄の楽園。“勇者となれない弱者”は切り捨てられる。そういう世界なのです」


 そう。ここは平等のために築かれた世界ではない。

 貴族階級を廃止し、勇者制度を設け、努力したものが楽園を得られる世界ではない。

 ただ力ある者、才ある者、それらだけが選ばれる社会。

 オレが知る弱者にも手を伸ばそうという地球にある先進国の考え方とは異なる制度、社会。


「なるほど。力こそが正義か。帝王勇者とやらの考え方はある種、我ら魔物の側に近い思想なのかもしれぬな」


 隣を歩く妹もそれに気づいたのかオレの考えと同じようなことを口にした。

 そして、それを口にされたことでオレはこの国を築き上げた帝王勇者と呼ばれる人物の恐ろしさに改めて震えることとなる。

 彼が求めているものはより自分に取って有能な存在、世界に貢献できる人物勇者

 それ以外は不要と切り捨てる冷酷さ。その統治、まさに――帝王。


「だが、私が奴を気に入らないと思う理由はそうした徹底した帝王主義だけでなく、奴自身の能力にもある」


「能力?」


 そういえば、帝王勇者はアマネスと同じ七大勇者。

 ならば彼にもまたアマネス達と同じ創生系の能力があるということなるが……。

 それに気づいた時、アマネスがこちらを振り向き、その彼女の瞳を見てオレは思わず息を呑んだ。


「……栽培勇者。今から会うことになるだろうが、奴のその能力にだけは気をつけろ。あれは、あの能力だけは私にもどうしようもない。ある意味、奴こそが七大勇者の中で最も最悪な能力の持ち主なのだから」


「その、能力とは……?」


 そこにあったのは魔王の大軍に対しても怯まなかったアマネスが浮かべた――恐怖の感情であった。


「記憶と感情の作り替え――すなわち、洗脳と支配だ」

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