第三部 ―七大勇者編―

第78話「魔女との友情」

「いーやーだー!」


 さて、現在オレは少々困ったことになっている。


「絶対にお兄ちゃんについて行くーのー!!」


 魔王四天王の一人にしてオレの妹でもあるヘルがあれから引っ付いて離れようとしないのだ。


「ですがヘル様。お母様に言われたとおり、誰かが魔王様の代わりにこの魔王領の統治をしなければなりません。そして、それが出来るのは魔王様の娘であるあなた様しか……」


「やーだー! 絶対お兄ちゃんと一緒に行くのー!」


 同じく魔王四天王の一人アルカードからそうやんわりと注意されるものの全く離れる気配なくオレの腕に自分の腕を絡めているヘル。


 話は少し遡る。

 あれからとりあえず、アルブルス帝国への使者にはオレとアマネス、フィティスとあとはドラちゃんと言ったいつものメンバーで行くことが決定した。

 母さんも一緒にと思ったのだが、まとまって行動するよりも別々に行動した方が情報収集を含めいざという時のかく乱ができるという話になり、まず先に母さんと親父が密かにアルブルス帝国に侵入することとなった。

 つまりオレ達が囮となり帝王勇者と正面から会談を行っている隙に、母さん達が帝国内部を裏から調べ、あわよくば捕らえられているリリィとベヒモスとやらも解放しようという算段になった。


 しかし、そうなると魔王領の守りがガラ空きになり、この隙にアルブルス帝国ないし別の勢力が魔王領に攻撃を仕掛ける可能性もあるために、誰かが代わりにこの魔王城に残ろうという話になったのだが。


「絶対に嫌ー!!」


 その第一候補でもあったヘルがこうして滅茶苦茶ゴネてる。

 というか口調も素に戻ってるし……。


「はぁ、困りましたね……キョウ様、いかがなさいましょうか?」


 そう言ってオレに意見を求めるアルカード。

 ちなみにあれからわかったことなんだがアルカードはどうもヘル専用の執事兼ボディガード兼家庭教師のような立ち位置らしい。

 ヘルの幼い頃から身の回りの世話やわがままにも対応してきたとか。

 しかし今回のように手に負えないことも多々あったとか。


「うーん、オレに言われてもどうしようもないんだが……」


 というかさっきから片方の腕にはヘルがしがみついてもう片方の腕にはなぜかフィティスとドラちゃんがしがみついて離さないんだが……こんなところで対抗心燃やさないでくれ話がややこしくなる……。

 とそんな風にオレが困っていると今度は背中から誰かが服をくいくいっと引っ張る感触を感じる。

 おいおい、今度はなんだよ。と振り向くとそこには真っ白いローブと魔女帽子に身を包んだ少女イースちゃんがいた。


「……私が、代わりに……残る……」


 精一杯、頑張って意思を伝えたのだろう。俯きながらも必死に伝えようとした彼女の意思が伝わった。


「いいのかい? イースちゃん」


 もともとイースちゃんが争いごとが苦手で魔王軍とも極力関わらないようにしていたと聞いている。

 そのイースちゃんが防衛戦とは言え、魔王領の守りを引き受けてくれるのは少し意外だったが、そのイースちゃんがなにやら固い決意を込めて答えてくれた。


「……私も、あなたの役に立ちたい……から。ドリちゃん……の、こともあるし……その、お、お友達……だから……っ」


 最後のお友達という言葉を口にした瞬間、恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めていた。

 だが、そんなイースちゃんの健気な姿と必死な想いに心を打たれ、彼女のその意気込みを買おうと決意した。


「わかった。じゃあ、ここはイースちゃんに任せるよ」


 オレのその言葉にこくこくと頷くイースちゃん。

 それと同時にオレの腕にしがみついていたフィティスがイースちゃんの方に近づく。


「……先日のデザート勝負、見事でしたわ」


 そういえばあの対決以降、この二人がちゃんと話す機会はこれまでなかったなと思いつつ、フィティスのそんな突然の言葉に一瞬驚くような顔をするイースちゃんだったが、すぐさまフィティスは続けてある宣言を行った。


「ですがこのままあなたに負けっぱなしというのは私のグルメ勇者としての称号が許せません。いつか必ずまた勝負をして欲しいのです。そのときは絶対に負けませんから」


 そこにはイースちゃんに対する敬意と、そして超えるべき目標としてのライバルへ向ける感情が込められていた。

 フィティスの中であの勝負以降、その感情がずっと引っかかっていたのだろう。自分を打ち負かした相手に対する賞賛とそして再び挑みたいという熱意を。

 それを口にしたことでスッキリしたようにフィティスが握手を求めてきた。

 それに一瞬戸惑うイースちゃんだったが、わずかに逡巡したあとイースちゃんも負けじと手を握り宣言をする。


「わ、私も……負けません……」


 そこにはこれまで誰かと競うという概念をしてこなかった内気な少女が、はじめて自分をライバルとして認めてくれた存在と出会い、そこに戸惑いと同時に嬉しさを感じたのだろう。

 イースちゃんは自分の中に眠っていた競争本能に驚くような顔をするが、それにフィティスは安心したように微笑み「こちらこそ」と返した。

 形は違えど、これもまたひとつの友情の形であり、新たなライバルという名の友を手にしたイースちゃんの笑顔は前より輝いて見えていた。


「それじゃあ、ここの守りは僕と雪の魔女様とでしっかり守っておくから君たちはヘル様と共に帝王勇者に会いにいくといいよ」


 そう言ってイースちゃんの隣に四天王のひとりスピンが立ち、オレ達にそう促す。

 というかこいつもいたんだったな。うん、すっかり忘れていたよ。

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