第70話「副将戦・デザートバトル!」

「こちら、フィティス。デザート完成致しました」


「……雪の魔女イース、同じく」


ほぼ同時に二人のデザートが完成する。それを見てグルメマスターが双方の料理を見比べ試食の開始を宣言する。


「ではまずグルメ勇者の側から試食に移らせてもらおう」


先ほどと同様に審査員席含むオレ達のテーブルにフィティスが作ったデザートが運ばれる。


「ほお、これは」


「実に美しい」


そこにあったのはまさに美麗という文字をテーブルに並べた洋菓子の姿。

チョコレートムースにその隣に並んでいたのはオレンジの輝きの眩しいムースがガラス瓶に入った姿。

それぞれのデザートにはアクセントとしてミントやクリームソースなどの装飾も施されており、まさに見てよし、味わってよしの体現であった。


「デザートと言えばその見た目に関しても繊細さが要求される食べ物。いかに華々しく美しく見せるか。近年デザートの外見に関しても細かな技巧を要求されているが、これはまさにその妥協を許さなかった好例。では味の方も確認させてもらおう」


そう言ってグルメマスターがオレンジのムースと思わしきデザートを口に運び、それに一歩遅れてオレ達もまたそれを口に運ぶ。

次の瞬間、オレ達の舌先に走ったのは甘さと同時にわずかに口先に広がる刺激であった。


「こ、これはまさか……!」


その舌先にわずかに広がった刺激に対し、驚愕を顕にするグルメマスターであったが、それにはオレも覚えがある味わいであった。

だがしかしまさか?! デザートでこの調味料を使うなどありえるのかという衝撃であった。


「そのまさかです。察しのいい方なら一口食べただけで理解していただけたかもしれませんが、私がデザートに使った隠し調味料、それはブラックペッパーです」


それはまさに水と油。本来、そこにそれを使用するという発想すら浮かばないはずのあまりにイレギュラーな組み合わせであった。

確かにスイカに塩を振り掛けるという技術は昔から存在したが、これはチョコケーキに味塩コショウを振り掛けるような愚行。誰もがそう思うはずであったが、しかし。


「驚いた。まさかブラックペッパーのこの刺激が逆にムースの味わいをより深めるとは」


そう、ブラックペッパーが持つ舌先を刺激する辛さ。それが逆にデザート本来の甘さを何倍にも引き立てていたのだ。


「通常、ケーキやムースなどにはカラメルソースやラズベリーなどを使用したフランボワーズソースをかけるのが王道とされていますが、甘さに甘さを絡めたところで、本来それが持つケーキ特有の甘さは逆にソースの甘さにぼかされることがあります。ですが、ペッパーという辛さという刺激を持つ香辛料をわずかに甘いケーキやムースに振り掛けることで、それが持つ本来の甘さを十二分に引き立ててくれるのです」


フィティスの言うとおり、この香辛料はまさにありえない組み合わせでありながら、デザート本来が持つ甘さをこれ以上ないほど引き立てていた。


「そちらのチョコレートムースに関しましても同様です。今回、こちらのペッパーと最も合うデザートとしてムースを、それも甘さの王様とも言えるチョコレートとオレンジの香ばしさが凝縮されたオレンジコンフィチュールの二つを選びました。ペッパーと共にどうぞご賞味ください」


そのフィティスの説明を聞くまでもなく、チョコレートムースに関してもペッパーの刺激がチョコレートが持つ本来の甘さを引き立て、どちらかというとムースが苦手だったオレがあまりの旨さに口に運ぶスプーンが止まらないほどであった。

これはまさにムースにおける革命。ペッパー調理法だ!


「素晴らしい。これほどの斬新な調理法。今まで味わったことのないものであった。グルメ勇者見事だ」


グルメマスターからの最大の賛辞を受け取り、フィティスは静かにお辞儀をして一歩下がる。

これはかなりの好印象であり、これ以上のデザートを用意するのはオレでも至難だと確信できる。

果たしてこの中でイースちゃんはどんなデザートを用意するというのか。


「では、続いて雪の魔女イース。デザートを用意したまえ」


グルメマスターのその宣告により、静かに全てのテーブルにデザートを運ぶイースちゃん。

そこには並べられたのはまさに幻想という文字を長方形の形に閉じ込めた、あまりに美しい光り輝く結晶のような和菓子であった。


「これは……羊羹ようかん、いや琥珀羹こはくかんか」


それは和菓子の代表の一つ、寒天を使いしっかりとした形で固める菓子。

この世界では寒天の代わりにスライムのゼリーを使うのだが、イースちゃんの作った琥珀羹は中身がまるで透明のように透けており、その中には色とりどりのフルーツが凝縮され、別のものには美しい黄色のゼリーの中にはレモンがレースのように浮かんでいた。

ひとつは和菓子の定番「みつ豆」をまるでその中に閉じ込めたかのようなみつ豆風羊羹。

ひとつには薄いレモン色の中にレモンをはじめとする柑橘系を閉じ込めた見目麗しいオレンジの琥珀羹。

フィティス同様に見てよし、味わって良しの芸術的な和菓子であった。


「実に美しい。これほどまでに美しい食べ物があったとは、これはもはや一つの芸術ではないか」


グルメマスターの絶賛に思わずオレも頷く。

地球にいた頃、京都のお土産などで、こうした星空を閉じ込めた羊羹などをネットの画像で目にしていたが、これはそれに勝るとも劣らないまさに芸術和菓子。

さきほど、フィティスのデザートの色形、配置なども見事だったが、これはそのさらに上をいく美しさと幻想を携えていた。


「しかし、いくら見た目が良いとは言え味はまた別。では、これほどの美しい外見からどのような味か試させてもらおうか」


そう言ってグルメマスターが羊羹を一口切り、それを口に運びオレ達もそれにならう。

瞬間、オレ達の口の中に広がった衝撃は甘さの奔流――だがしかし、それはただの甘さではなかった。


「これは……なんと濃厚な、フルーツの味か!」


「りんご、さくらんぼ、キウイ、様々なフルーツの味が甘さを引き立てているが中でもレモンの味が酸っぱさによる甘さをより引き立てている!」


それはまさに先ほどのフィティスのペッパーの手法と同様、こちらはレモンという果実のすっぱさが逆に甘さへの味覚を敏感に広げていた。

これはまさに甲乙つけがたい洋菓子と和菓子の極地。オレはそう評価したが、しかしイースちゃんの琥珀羹を一口食べたグルメマスターは静かに目を瞑り、宣告する。


「これは……どうやら勝負ついたな」


言って周りの審査員達もそれに同意するように頷き、そして――


「この勝負、琥珀羹という和菓子を用いたイースの勝利とする」


あまりにあっけなく、副将戦・デザート対決の勝敗が決した。


「なぜです、グルメマスター」


グルメマスターのその宣告に当然のように疑問の声を投げかけるフィティス。

それに対し、グルメマスターは静かに目の前の羊琥珀羹を指しながら、その理由を説明する。


「まずはこれを一口よく味わうが良い。それでお主ならば理由がわかるはず」


そのグルメマスターの進言に従うようフィティスは目の間の羊羹を口に入れる。

よく咀嚼しながら、その味を確かめるように。やがてフィティスはその羊羹に仕掛けられていたある秘密に気づき、驚きに目を開ける。


「これは……まさか」


「そう、この羊羹にはデザートに必要不可欠と言われる砂糖が一切使用されていない」


それはまさにデザートという料理において避けては通れない調味料であり、絶対の法則。

それがこの琥珀羹には存在しないとグルメマスターは言う。

それにはさすがのオレも信じられないと言った感情でもう一度よく羊羹を味わうが、これほどの甘さが広がっていながら、そんなことがあり得るのかと思い、瞬間まさかという発想が頭をよぎる。


「この甘さ……全て果実による甘さだけで補ったのですか」


フィティスのその問いかけにイースちゃんは静かに頷く。

そう、この羊羹、中に潜んでいるフルーツはもちろん、羊羹を包む寒天にわずかについている鮮やかな色。これら全て果実を搾った際の汁によって作られていたのだ。

砂糖を使用せず、果実の純粋な甘さにより構成され、さらにはレモン、あずきと言ったアクセントでフルーツの甘さを引き立てる手法。

見た目の芸術性のみならず、そこにはあらゆる計算が施された装飾がなされていた。


そこには自然界のデザート、フルーツに対する思いやりが含まれており、砂糖により作られた甘さではなく本来自然が持つ甘さこそが人にとっても最も美味となる甘さであるとイースちゃんのデザートは主張していた。


「……完敗ですわ」


かつて、地球でも菓子と呼ばれるものが調理される以前、デザートして人々が口にしていたものが果物だったという。

日本でも最初期に菓子として生まれたものが干し柿と呼ばれる果実を加工したものと聞く。

おそらくこの世界でもそうした歴史があり果実こそがデザートと呼ばれた時代があったのだろう、イースちゃんがこの琥珀羹にそうしたメッセージこそ、「自然のフルーツ」と呼ばれるデザートを体現していたんだ。

そこには今回の主題である「デザート料理」を誰よりも深く体現していたと言える。

ただの旨さではない、デザートに関する想いがその差が勝敗を分けた。


「だが、双方ともに素晴らしいデザートであった。次なる料理を期待するものとする。この勝負、魔王側“雪の魔女”イースの勝利とする!」


グルメマスターのその宣告により、ここにオレ達の料理バトルは2勝2敗という最後の局面を迎えていた。

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