第68話「英雄達の戦場」
「やったな、ミナちゃん」
「上出来だぜ、嬢ちゃん」
「おめでとうございます。ミナさん」
「ふふ、さすがは我が愛しのリリィの親友。それすなわち私の親友でもある」
料理バトルが終わり、キョウさん含むみなさんがそれぞれ私にそう声をかけてくれました。
「はい、ありがとうございます。みなさんの助けがあったからです」
それは私の本心であり、あの時キョウさんの助言がなければ私の自分の料理の本質を見失っていた。
これで少しは皆さんの役に立てて、今もなお皆のために戦場で戦っているリリィちゃんに対しても顔向けできるだろうか。
「では、次なる対戦相手の組み合わせと指定料理の開示を行う」
そう思っているうちに、グルメマスターの手より次なる対戦と指定料理が開示が行われ、そこには意外な組み合わせの名が記されていました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――戦場。
そこでは無数の軍勢が侵略するべき領土を目指し進攻を行っていた。
敵軍は“帝王勇者”ロスタムが誇るアルブルス帝国の軍勢。
一糸乱れぬほど洗練された軍の動きはまさに世界有数の帝国兵に相応しいものであった。
だが、それも戦場を駆け回る規格外の獣、暴風の塊を前にすれば鉄壁と呼べる陣形にも崩壊が生じる。
「くっ、退けー! 一度態勢を立て直せー!」
そう言って軍勢を指揮する将軍格が馬上より戦場の兵士たちへと叫び、一旦軍勢の後退が行われる。
しかし、その出鼻を挫くように軍勢を指揮する将軍の馬を地上を疾走する獣の一撃が吹き飛ばし、馬上の将軍も思わず空中で体勢を整え地面へと降りる。
「悪いけど逃がすわけにはいかないわよ。ここでアンタを潰しておけば、しばらく軍勢の指揮は滞るでしょうから」
将軍の前に立ちはだかったのは現在、アルブルス帝国が侵攻を行っている国ヴァルキリアより一時軍勢の指揮と迎撃の任を与えられた七大勇者の一人“獣人勇者”リリィであった。
「噂には聞いていたが、それが魔物の力を有する異端の勇者の力か」
リリィをにらみつける将軍の目には明らかな侮蔑の感情が込められており、リリィからすればそうした恐怖と侮辱の織り交ざった視線は幾度となく見てきたものである。
「……心配しなくても殺しはしないわよ。ただしばらく気を失ってもらって、そのあとはこちら側の捕虜になってもらうけれどね」
そう言って手を振り上げた瞬間、リリィの文字通り野生の勘が危険は察知する。
瞬時に後方へと跳躍すると同時に、寸前まで自分のいた場所に閃光にも似た軌跡が走る。
そこには一人の英雄が佇んでおり、鞘のまま打ち放ったであろうその斬撃は直撃すれば、それだけで自身を戦闘不能にしていた威力を感じ取っていた。
だがそれよりなによりもリリィが驚いたのはその斬撃を放った主の顔に見覚えがあったからだ。
「アンタは……フェリド」
それは以前、彼女が森の中で行き倒れていたのを救った人物であり、その後、彼女達と多少のかかわりを持った人物であった。
「久しぶりだね、“獣人勇者”リリィ。こんな形での再会はできることならしたくなかったが」
そうリリィの勇者としての称号を口にするフェリド。
そこには先ほどの将軍のように自分に対する畏れはなく、むしろどこか尊敬する相手に対する礼を感じるが、しかし敵対するならば倒すのもやむなしという決意もまた感じられた。
「そりゃアタシもね。一応聞いておくけれど、アンタがそっちにいるってことはアンタ、アルブルス帝国側の人間ってことでいいのかしら?」
「そう思ってもらって構わない。ゆえあって今は彼らと協力関係にある」
「あっそ」
それだけ確認できれば十分とばかりにリリィはすぐさま臨戦態勢へと入る。
以前、わずかな時間だが共に戦った際、フェリドの実力は多少なりとも把握しているつもりであった。
だが、先ほどの一撃を含め相手はかなりの実力を隠していることもわかっている。
それを踏まえた上でも現状の戦闘能力でなら自分の方がはるかに上であるともリリィは確信している。
七大勇者の中で特に個人としての戦闘能力がずば抜けているのが己自身であることをリリィは自覚し、そして現在自分は魔物の力を解放した創生スキルを使用している。
いかにフェリドの実力が高かろうと、個人対個人の戦いにおいて自分が敗北したことはこれまで一度としてない。
その確信にも似た自信を背にリリィは地を疾走し、その拳をフェリドの肉体へと届かせる。
間一髪、ほぼ反射といっていいレベルでフェリドはそれを自らが手に持つ剣によりガードを行うが、それを通したダメージは確実に彼の肉体へと入っていた。
やはり、いかに相手が手練れであろうとも、真っ向からの勝負でなら自分の方が有利。
その自信を再び確信へと高め、リリィは疾走する速度をそのままに天へ向け跳躍し、太陽を背にした攻撃を行う。
先ほどと同等以上の速度、さらには頭上という人間における死角からの攻撃、加えて太陽を背にした目くらまし。
様々な戦術がなされた必勝の一撃を前に、しかし今度はその拳はフェリドの肉体に届くことなく、構えた剣により受け止められ、難なくはじかれてしまう。
タイミングは完璧だったはずにもかかわらず自分の攻撃がまるで予測されたかのようなその防御にリリィは一瞬違和感と共に得も言えぬ不安を感じ取る。
だが、このままここで撤退するのは己の自信を否定するものであり、なによりも敵軍の侵攻を食い止め迎撃の波へと乗れるチャンスを逃すことになる。
リリィは己の中に走ったわずかな警告音を振り払い、今度は再び地を蹴り、全力の疾走による一撃を放つ。
音すら置いていき、何も知らぬものが見れば戦場に無数の獣がまるで分身でもしたかのような錯覚すら見る残像の動きをもって、フェリドの背後を取り今度こそ、その体に渾身の一撃を与えるはずが、その拳が直撃する寸前、まるでフェリドの周りの時間感覚だけがゆっくりと進むかのようにリリィの拳がわずかに減速し、それを受け流すかのようにフェリドの体が身をよじり、渾身の拳を放った直後のリリィの背中を今度は逆にフェリドが捉えた。
瞬間、己の獣としての本能を振り絞りなんとか身をよじり、攻撃を回避しようとするが、その回避した先へとフェリドの剣が走り、獣と化したリリィの体を打ち払った。
「――なっ」
脳へと走る暗転という名の衝撃。
リリィにとって、それはあり得ない事態であり、事実対峙した瞬間までは紛れもなく自身の戦闘能力がすべてにおいてフェリドを上回っていたはず。
にも関わらず、最初に攻撃を食らい、次に攻撃を受け止め、次に攻撃を回避し、さらには己を捉える攻撃すら放った手腕。
それはまるでわずかな数撃で相手の動きや攻撃すべてを把握したかのような、あり得ない戦闘進化であった。
「アンタ……一体……?」
倒れながらもリリィは自らの敗北の要因が分からずにいた。
これはもはや単純な実力などでは覆せない何か。
もしも、この世で戦闘に特化した己を上回る存在がいるとするなら、それはある称号を持つ勇者のみ。
「そう言えば君にはまだオレの称号を名乗っていなかったね」
それはこの世で唯一己に匹敵する……いや“上回る可能性”を持つ勇者の称号。
「オレの名は“英雄勇者”フェリド。七大勇者の一人にして今は“帝王勇者”ロスタムと肩を並べる同盟者だ」
リリィはすべての勇者の中で最も“
「……ミナ、フィティス……ドラちゃん、ロック……キョウ……」
彼ら仲間達の名を呟き、リリィの意識は闇へと飲まれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
中堅戦を勝利し、次なる副将にて記された対戦表とその指定料理。
だがしかし、まさかここで彼女を投入してくるとは予想外であった。
『第四回戦 “グルメ勇者”フィティス 対 “雪の魔女”イース』
『指定料理:デザート料理』
雪の魔女イース。
オレ達に取って仲間とも呼べる存在であり、その彼女とオレ達の仲間フィティスとのデザート対決であった。
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