第67話「中堅戦・麺料理試合!」

「では食堂屋娘ミナ。吸血貴族アルカード。双方ともに料理は出来たと見える」


「はい、こちら料理完成しました」


「同じく。魔王側アルカードも料理完成致しました」


「うむ。では、これより双方の試食に移る」


あれから勝負の日を迎え、ミナちゃんは自分持てる全てをある料理に注ぎ、それが審査員含むオレ達のテーブルへと運ばれる。


「これは……」


それを見て軽く驚きの声をあげるグルメマスター。審査員の何人かにいたっては戸惑うような声すら上げている。

だが、それもそのはずであり、今オレ達の目の前に運ばれた料理、それは何の変哲もないただのうどんだったのだから。


「きつねうどんです。どうぞお召し上がりください」


それはネギにかまぼこ、狐の油揚げという実にシンプルな、ただそれだけの料理。

それを前に対戦相手のアルカードは失望にも似た失笑を漏らす。


「これはこれは……あれほどの啖呵を切っておきながらどのような料理が出てくるかと思えば、私を馬鹿にしているのですか?」


そこには自らの料理にこのような料理を並べ立てられることへの侮辱すら感じているようだった。


「言い訳はありません。仕掛けも同じくありません。私は自分が出せる麺料理の中で最も得意な料理を出しました。それだけです」


しかしアルカードの凄みのある目に睨まれてなお、それを真っ向から受け止めハッキリとそう返すミナちゃん。


「まあ、待ちたまえ。料理は料理。たとえどのような料理を出そうともそれは相手の自由だ。我々はそれを踏まえた上で審査を行うだけだ」


ミナちゃんのその意思の強さにグルメマスター含む審査員達も頷き、それぞれ箸を手に取り、目の前のうどんをすすり出す。


「ほお、これは……」


「ふむ、実に旨い。シンプルだがそれが逆にそれぞれの持ち味を活かしておる」


「このスープも優しい風味で実に香ばしい。これは昆布だしかね?」


「はい、スープもいつもうちで使っているものです。一番、うどんの麺と合うものを選びました」


その言葉にやはり失笑を浮かべるアルカード。

彼もまたミナちゃんのうどんを一口すするが問題にならないとばかりに笑う。


「確かにそれなりの旨さですが、所詮はその程度。素うどんと言ってもいい何の工夫も独創性もない料理。使っている食材も全て市販のもの。このようなどこの定食屋でも出るような料理で私の料理に対抗しようとは片腹痛いですね」


そう言ってアルカードは審査員達が一通りミナちゃんのうどんを試食し終えたのを確認すると用意させた自分の麺料理を運ばせる。


「ほお、これは」


「また随分と豪勢な見た目ですな」


そこにはトマトソースをふんだんに使った魚介類、唐辛子と様々なものが詰まった豪勢なパスタがあった。


「特製プッタネスカです。どうぞお召し上がりください」


プッタ……なに?


「魚介、オリーブ、唐辛子を使ったトマトソース風パスタ。別名娼婦風パスタだ」


と親父がオレに耳打ちしてくれる。

ああ、J○JOで出てきたあれか。

そういえば、第四部のアニメ見ないとな~とかアホなこと考えながら口に入れたが、これは旨い!


「うむ! これは実に刺激的な味だ!」


「これはおそらくバハネロか。だが、通常よりも風味がありただ辛いだけではなく上品な味わいがある」


「以前の麻婆豆腐の時もそうだが、魔王側の料理はただ辛いだけではなくその辛さが旨さに繋がり辛いものが苦手な者でも思わず箸が進むな」


「それはおしどりと呼ばれる非常に珍しいバハネロの種類です。必ず二つ対になって生まれることからそう呼ばれ、一部の地方でしか生息を確認できません。しかし、その貴重さゆえに双方ともに旨味と辛さが凝縮されて通常のバハネロよりも遥かに味は上です」


「なるほど。しかも甘さを持つ魚介類と混ぜることでその風味を一層際立たせておるな。この魚介の中にある隠し味これはおそらく……」


「はい、真珠牡蠣です」


グルメマスターの指摘にアルカードが答える。

確かにパスタに絡みつくようにまるで真珠のような牡蠣が赤いスパゲティの中に隠れていた。


「牡蠣は別名、海のミルクとも呼ばれその中でもこの真珠牡蠣はAランクの価値を有する食材。その鉄壁の守りから中に存在する真珠のような牡蠣を取り出すことは伝説級の武器でなければ不可能です。が、牡蠣と呼ばれるモンスターは無理に殻を砕いて中の物を取り出せば、途端に中の身は緊張で締まり本来の味が損なわれます。そこで私が行ったのは魔眼による暗示です」


そう言ってアルカードの目が妖しく光る。

あれ、なんだかあの目を見てると気持ちがフワフワ、眠たくなって……。


「おっと、失礼。今のでお分かりかもしれませんが、我ら吸血族には魔眼と呼ばれる相手の精神を支配する能力があります。私ほどの高位種にもなればそれは視覚を持たぬ存在にも作用し、これによって真珠牡蠣の精神をリラックスさせたまま、中の身を回収致しました」


「なるほど。真珠牡蠣におしどりのバハネロ。甘さと辛さを備えた海の幸と山の幸の調和。それを見事に体現したまさにあらゆる客を持て成す高級娼婦の味わい、実に素晴らしい。これほどのパスタは今まで食べたことがない」


グルメマスターの口よりまさに絶賛とも呼べる評価を受けるアルカードのプッタネスカ。

確かにそれにふさわしくアルカードの料理は今まで食べたパスタ料理の中で一番美味しかった。


「一流の料理人により一流の食材、そして一流の調理法による一流の料理。お分かりいただけましたか、そちらの少女よ。これが“本物の料理”というものです」


そう勝ち誇ったように宣言するアルカード。

しかし、その宣言に相応しくアルカードの料理は一片の隙もない完璧な料理であった。


「ではこれより審議に移る」


その後、グルメマスターを中心とした審査員達による料理の審議が行われた。

いつもなら、わずかな時間で勝敗が決するはずが今回は珍しくじっくりと時間をかけた話し合いが行われた。


だが、どれだけ時間をかけようとも結果は変わらない。

その自信がアルカード含む魔王側からは感じられた。


やがて審議が終わり、グルメマスターの口より勝者の名が告げられる。


「それではこれより第三回戦・中堅戦『麺料理』の勝者の名を告げる」


次にグルメマスターより告げられる名、それを確信したようにアルカードが微笑み静かに目を瞑る。


「勝者――ヴァルキュリア側“食堂屋娘”ミナ」


「ふっ、理解しましたか。所詮、あなたのような平凡な娘が出るような幕では……」


名を告げられると同時に用意していたであろうセリフを告げ、だがしかし、己の耳に聞こえてきた名にアルカードは一瞬硬直し、やがてすぐさま名を告げたグルメマスターの方を振り向く。


「馬鹿な?! なぜです、グルメマスター!!」


それは確かに信じがたい結果であった。

ふたつの料理に関して、間違いなく旨かったのはアルカードが出したプッタネスカの方。

百人中九十九人がそれに同意するだろうし、味に関してはオレも間違いなく向こうの勝利だと確信していた。


「このような何の変哲もない平凡で普通な料理になぜ私の料理が負けたのです! 納得のいく説明を願いたい!!」


「では、もう一度その少女の料理を食してみるがいい」


そう問われ、アルカードはもう一度ミナちゃんが作ったうどんを食べる。

何度も味わい。そこに隠し味があるのか。なにか仕掛けがあるのか。その全てを探りながら、やがてなにもないことを確信し呟く。


「やはり、なんてことのない普通の味ではないですか。これならば私の料理の方が確実に味は上のはずです!」


「そうだな。確かに味に関しては間違いなくお主の勝利じゃ」


グルメマスターはアルカードのその言葉に頷く。「ならば、なぜ」と続けて問うアルカードにグルメマスターは答える。


「ならば、こう言おうか。お主とそちらの少女の料理「どちらが毎日食しても飽きることがないか?」とな」


その言葉にアルカードは初めて戦慄したような表情を浮かべる。


「お主の料理は確かに逸品じゃ。その旨さも食材も全てが一級品。じゃがお主は言ったな、そちらの少女の味を『普通』だと。では、その『普通』とはなにを持って普通と言うのじゃ?」


それはある種、哲学にも似た質問であったが、グルメマスターが言わんとしていたことをオレはすでに理解していた。


「お主の料理は確かに旨い。だが、それは食材による装飾も大きい。最初は旨くとも食べ続ければいずれ飽きの来る味でもある。しかし、そちらの少女が作ったうどんは決して一朝一夜で出来るような味ではない。それは数年、いやあるいは生まれてからずっと見続けたことにより得た味。誰もが気兼ねなく食し、そして飽きることなく毎日でも食べられる味。その者にしか作れぬ味がその料理には込められていた」


そう、食堂屋を営むミナちゃんだからこその『普通』の味。

それは言い換えれば毎日でも食べたいと思える味。それはどんな高級料理でも簡単にはできない味であり、普通という基準こそがなによりも難しいことを意味していた。


「乱暴な言い方をすれば、お主の料理は食材と調理法さえ確立すればお主でなくとも一流の料理人ならば誰もが作れる味であろう。だが、そちらの少女の料理は違った。紛れもないその者にしか作れぬ味。最初の勝負の勝敗の時に言ったはずだ。“その者にしか作れぬ料理”、そして“こだわりを秘めた料理”こそを評価すると。お主の料理にもこだわりがあったのは見えた。だが、それ以上にそちらの少女が作った料理にはこれまでの十数年にもおよぶ料理の蓄積が篭っていた。だからこそ、その者の勝利とした」


それはまさに一回戦の時の勝敗の理由が逆転したように、アルカードは自分の料理に絶対の自信を持っていた。

だからこそ、旨さのみを追求した豪華絢爛な料理を作った。

しかし、どちらが自分が持つ料理を追求し、それを真っ向から出したかと言えば問うまでもない。


「料理バトルにおける基本は確かに旨さが第一。だが、真の勝敗はその過程。いかにその料理における本質を出せるか。あるいはその者にしか作れぬこだわりを料理に持ち込めるか、そこにこそあるのだから」


そのグルメマスターからの断言にアルカードは静かに己の敗北を噛み締め、納得する。


「……確かにおっしゃるとおりです。一流の食材、一流の調理法、一流の料理人。それならば私が作る必要性はなかった」


やがて、ミナちゃんの方を振り向き、自らその膝を折り、彼女に謝罪を求める。


「非礼をお詫びしたい。あなたのことを平凡な花と評し、あなたの料理すら嘲笑したことを。平凡な花、そういった花こそが自然の中で最も美しいことを私は忘れていた。温室で育ったバラが草原に咲くコスモスに劣るといった理屈などどこにもなかったというのに……どうかお許し願いたい」


そう言って素直に謝罪を口にするアルカードにミナちゃんは軽く慌てるものの、いつもの優しい笑みを浮かべ、その手を取る。


「いえ、謝らないでください。あなたの料理とっても美味しかったです。私なんかよりもずっと。けれど、私の食堂屋の料理も誰が食べても美味しいと言ってくる素朴な味に仕上がってます。よければ、今度食べにきてください。平凡な味もたまにはいいものですから」


そう微笑むミナちゃんにアルカードは今度こそ己の敗北を悟り、静かに微笑み「ぜひとも」と頷き、ここに運命の三勝戦――中堅戦はオレ達の勝利となった。

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