第66話「平凡な少女の平凡な日々」

私は昔からよく平凡な子だと言われていた。


小さい頃から大人しい性格のせいで、自分から周りに打ち解けることができず、それでも孤立するというわけでもなくその場の空気に従い、いわゆるその他一同のように溶け込んでいた。


運動が得意なわけでも勉強が得意なわけでもなかった。

成績もいつも大体真ん中かそれより少し上くらい。

これといった特徴もなく、容姿も普通だったため、私は目立たない地味な子とよく言われた。


大人になって親からの食堂屋を継いでからもそれはあまり変わりませんでした。

おしゃれをしたり、自分を磨いたりするよりも、料理の訓練や日々の定食作りに追われて地味で平凡な毎日を繰り返していました。


そんな時、食堂屋に訪れたリリィちゃんと仲良くなりました。

彼女は私とはまるで正反対の光り輝く勇者でした。


同性の私から見ても綺麗な髪と整った容姿。

華奢だけど大の大人にも負けない力を持っていて、自分の意思まっすぐ伝えるしっかりした性格。

それは私の憧れとも言える姿でした。


そんな彼女がある日、紹介してくれた男性。

彼はこの世界では珍しい魔物を栽培する栽培師でした。

それまで経営が苦しく、食材となる魔物の購入も難しかったうちの食堂屋を救ってくれた恩人。


彼がいたから両親から継いだ食堂屋を立て直すことができ、彼が育てた魔物を使うことで多くのお客さんに喜ばれるようになり、以前よりも遥かに人で賑わうようになりました。

その人は気づいていないかもしれませんが、私はその時の恩を今でも忘れていません。

だから、私はその時の恩をいつか返すためにその人のために全力で何かを報いたいと思っていました。


そして、そのチャンスがようやく訪れた。


私は地味で平凡で、リリィちゃんと違って戦うこともできず、その人の魔物栽培に対してなんの役にも立てないと思っていました。

けれど、私にしかできないことがある。なら、私はそれに対して全力を尽くすだけ。

それが私にできる唯一の長所なのだから。







「しかし、麺料理か」


あれから一度アマネスさんの城に戻り次の指定料理に関して話し合いをしようとした際、最初にそう漏らしたのはキョウさんの父親ケイジさんでした。


「どうしたんだ、親父。珍しく難しい顔してるな。麺料理ってそんなに難しかったっけ? ラーメンとかオレでも作れる気がするけど」


「いいえ、そうではありませんわ、キョウ様。むしろ逆ですわ。麺料理は簡単に作れるものが多く、そして種類が多いのですわ」


フィティスさんのその説明にキョウさんも気づいたような顔をしました。


「そう、麺料理は全ての料理の中で最も種類が豊富と言ってもいい。お前の言ったラーメンから始まり、うどん、そば、パスタ、ジャージャー麺。しかも、その一つ一つにさらに細かい種類が無限に存在する。幅が広すぎて、まずどれに絞るかが難しくなる」


「それに最初の段階でどれに絞るかも重要な選択肢となりますわ。その料理によってはどのような工夫やアレンジを行うか方向性も定まりますから」


「ううむ……」


フィティスさんとケイジさんの説明に唸るようなキョウさん。

私も同じく、彼らの言いたいことが分かるだけに、まずはなんの麺料理にするべきなのか、その時点でつまずいてしまっている。

期限は三日しかない以上、最初のこの段階でなんの麺料理にするか決めて、残りはそれのアレンジに当てるべきだというのに私は即座に決断できずにいた。


それは周りのみんなも同じであり「うどんはどうだろう?」「いやいや、それだと平凡すぎて」「なら、そばは?」「それはアレンジが難しく……」と案を出してはそれに対してのダメ出しなどがされていた。


「なら、一通り全部試してみます! その中で皆さんが一番美味しいと思ったものを選んでください!」


気づくと私は思わずそう言ってしまい、そんな普段の私とは異なる主張の高さにキョウさん含め周りのみんなもびっくりしたようにこちらを見て、私は思わず恥ずかしさで顔が赤くなりましたが、すぐさまキョウさんがそれに頷いてくれました。


「だな。悩んでもしょうがない。じゃあ、ミナちゃん、一通り全部頼むよ」


そんないつも私の食堂で何かを頼む時のような気軽な挨拶に私は反射的に答えました。


「はい!」







「どうでしょうか? 今回は細切りにした麺に魚介のスープを入れ、さらには山菜の魔物も混ぜてみました。海の幸と山の幸の混同。それからパスタの代わりにしらたきを使った和風パスタも作ってみました。通常のパスタよりもヘルシーで独創性を狙ってみました」


「そうですわね。この魚介のスープはかなり美味しいと思いますわ。ただこれでしたら以前作ったラーメンの麺の方が合うような気もしますし、山の幸を少し混ぜすぎてる気がしますわ。あえて二つを混ぜることに固執せずどちらかに絞った方がいい気もしますわ」


「このしらたきのパスタはかなり面白いと思うよ。おじさんもこれはちょっと思いつかなかった。斬新さで言えばかなり点数は高い。が、旨いかどうかと言われると微妙だな。これなら素直にお嬢ちゃんが作ったパスタの方が美味しいかもしれない。ヘルシーさという点を押すなら、ありかもしれないが」


あれから二日。結局、私は未だにどの麺料理で勝負するのか、それすら決められずに様々な麺料理を出しては無数の工夫やアレンジを加え作り続けていた。

すでにその数は百品を越え、これまでに考えたことのない斬新なアイデアなどを皆さんの意見から取り入れ、それらを料理に加えてみたりもしました。


ですが、どれも決め手となるようなものがなく「なにかが足りない」という印象しか残せませんでした。


「キョウさんはどうですか……?」


「うーん」


この二日、私が出す料理に対してキョウさん含ドラちゃん、ジャックさん三人はなにやら難しい顔をして唸っていました。

やがて、なにかを決意したのかこの二日で初めてキョウさんが意見を述べました。


「なんていうか、あんまりミナちゃんっぽくないよね」


「え?」


「このスープも、このパスタもなんていうか無理に斬新さを出そうとしていつものミナちゃんの味から遠のいてる気がするんだよ」


それは言うべきか否か迷ったようなセリフであり、しかし言わなければならないとばかりキョウさんが告げました。


「それって……じゃあ、私のいつもの味って、どんなのなんですか……?」


「なんていうか、こう気軽に食べられる味っていうか、いつもの普通の感じだよ」


「――普通じゃダメだから迷ってるんです!!」


私は思わず叫んでしまいました。

それは人生で初めて誰かに対して大きな声で叫び、叫ばれたキョウさんも驚いたように目を丸くしていました。

けれど、それでも私は止まりませんでした。


「いつもの私の平凡な味じゃ勝てないんです……! 次の勝負は絶対に負けるわけにはいきません! キョウさんのためにも皆さんのためにも! 今も戦ってるリリィちゃんのためにも! やっと私がお役に立てる時が来たんです。だから、その勝負で負けるわけにはいきません。そのためにも少しでも斬新な料理で相手の上をいかないとダメなんです……!」


気づくと私は自分の胸の内にしまっていた想いが堰を切ったように出ていました。

それはあの時、次の対戦相手にも言われた「平凡」という言葉。

そう言われ続け、それを気にせず受けれていた。ううん、受け入れたつもりでいた。

けれど、本心ではずっと気にしていた。

だってそれは何の取り合えもないことと同じだから。


だから次の料理勝負では、そんな自分と決別し、少しでも特別な料理を作って皆さんの隣に並べるよう、そう頑張っていました。

けれど、キョウさんにそう言われ、私は自分の才能のなさに思わず涙を流し拳を握り締めていました。


「違うよ、ミナちゃん。普通っていうのは悪い意味なんかじゃないよ」


気づくと、キョウさんが私の肩に手を置き、慰めるように優しく声をかけていました。


「ミナちゃんの料理は美味しい。斬新さとかそういうのとは違う、いつでも食べたい。そう思える味なんだ。これってすごいことなんだよ」


「……え?」


「だってさ、考えてもごらん。定食屋って毎日似たような料理ばっかり作って、それでも一定のお客さんが毎日来てくれるんだろう? 普通だったらすぐに飽きるような味も、ミナちゃんの料理はオレ毎日食べても全然飽きないし、次も食べたくなるもん」


そんなキョウさんの言葉に頷くようにドラちゃんやジャックさんも続きました。


「そうですよ! 私もいつものミナさんの料理の方が食べたいですよ!」


「だな、オレも兄ちゃん達に同意見だ。嬢ちゃん。無理して背伸びする必要なんかないんだぜ。いつか言っていただろう。道端に咲く平凡な花にこそ価値があるってよ」


「皆さん……」


そんな皆の言葉を聞きながら、私はいつも私の定食屋を訪れてくれるお客さんを思い出していました。

常連さんや、時折来るお客さん、初めて訪れるお客さん。

けれど、そんなみんなが決まって料理を食べたあとに言ってくれる言葉。


『美味しかったよ。また食べに来るよ』


その言葉が私をずっと支えてくれていたのを思い出しました。


「それにさ、グルメマスターのじいさんも言ってただろう。味以上にその者にしか出来ない料理、こだわりこそが重要だって」


そう言ってキョウさんは私の店にあるメニューを指さします。


「いつものミナちゃんの料理。オレはそれこそがグルメマスターの言ってた料理だと思うぜ」


そのキョウさんの言葉を聞き終えた時、気づくと瞳には涙はなく、私はある食材を握り締めていました。


「――ありがとうございます、キョウさん。ドラちゃん、ジャックさん。皆」


私はこれまで付き合ってくれた皆の顔をもう一度よく見て、お礼を言いました。


「どうやら、なにを作るか決めたようだね」


そして、そんな私の決意に満ちた顔を見てキョウさんが頷きました。


「はい」


私はこれまでずっと自分が地味で平凡なのをコンプレックスに思っていました。

けれど、今なら胸を張って言えます。


普通の私は普通のまま全力を尽くします。

そう決意し、私は二日後の料理対決に向け、いつもと変わらない平凡な努力を続けました。

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