第48話「外伝:とある男の物語②」

あれからしばらくこの街に滞在し、この街に住むという栽培師と彼の周りの者達を見ていたが、そこには驚きの連続であった。


キョウと名乗った彼が庭先で栽培していたのは紛れもない魔物たち。

しかも、その種類も数もオレの知る限り規格外であり、中には自然発生すら難しい魔物まで栽培していた。


「キョウ、といったか。君は魔物が恐ろしくないのかね?」


「へ? いやー、特にそういう感情はないですねー」


「そう、なのか? 普通は魔物と言ったら多くの人々は恐れ、普通はそれを育てようとは思わないのだが」


「あー、まあ確かに最初はキウイみたいなやつに襲われて、そのあと育てたキラープラントにも襲われましたけど、それだけで魔物全部に恐怖感じるのもねー。それにオレが育ててる奴らは比較的大人しい奴らばっかりですから、あんまそういうの考えたことなかったですね」


そこにはまるでこの世界の魔物に対する認識そのものが薄い印象があった。

確かに低ランクの魔物には大人しい種族も多いが、ランクが上がるにつれその危険度は跳ね上がっていく。


この世界の人間は魔物を狩ることで主な生産を行っている。

食料はもちろん、服や日用品の元なども魔物から取れるものが多く、材木や鉱石なども魔物の住処が主な場所となっている。

そしてランクの高い魔物ほどその質も上がっていく。

このため、この世界の人間にとって魔物とは日常においての敵であり資源。

だがそれゆえにこの世界の人間の死亡率の多くは魔物によるものが大半である。


そうした中でこのキョウと呼ばれる彼が行っていることはそうしたこの世界の生産と狩猟スタイルを一変させる調和の光景であった。

資源となる魔物を栽培し、飼いならすことであらゆるリスクや労力を軽減している。

もし、これが世界的に広がればこの世界における生産が覆るだろう。


だがそれは不可能なことだということも分かっていた。

彼のようにこれほど多様な魔物を栽培する手段やスキルを有した人物などこの世界には存在しない。

いや、正確には歴史上にわずかに存在はしてはいるが、それでもこれを一般的に普及するなどは机上の空論であろう。

だが、もしもこれが世界全てに行き渡ることが出来たのなら。


「理想郷――なのだろうな」


もう自分が戦う必要のない、誰に憚ることなく休息を行える世界。

そんな夢想の世界を夢見て、男――フェリドは栽培している魔物達と戯れるキョウの姿を眺める。

だが、仮にそんな世界が生まれたとしても今のこの世界でそれを受け入れるものはそう多くないだろう。なぜならこの世界に存在するある社会的システムがそれを邪魔するのだから。


「あれ、アンタまだいたの」


背後から現れた人の気配とその声に振り返ることなくフェリドは答える。


「ああ、そういう君もあのキョウという少年に用なのかい?」


「まあ、直接の用ってわけじゃないんだけど、ちょっとしばらくここに来れないから挨拶にきたわけで……」


そうボヤくリリィの表情にはどこか鬱屈さが見て取れた。


「なにか面倒事の様子だね。オレでよければ協力してあげようか」


「え? いや、別にいいわよ。わざわざ行き倒れの手なんか借りなくても」


「そう言わないでくれ。これはいわば君に助けられた恩返しだと思ってくれ」


そう言って立ち上がり剣を腰に携えるオレを見てリリィは呆れたようにため息をつく。


「別にいいけど、どうなっても知らないわよ」


そう言いながらも、こちらの頼みをすんなりと受け入れところを見る限り、この少女が心根はとても優しいものだと気づき知らず微笑みを浮かべていた。







「ドラゴン、か。このあたりでは珍しいな」


「ええ、最近このあたりの山に飛来してきたとの情報が来て王国側から退治の要請がアタシに届いたの」


「君一人にかい?」


「相手はBランクのドラゴンで、しかも王国側の冒険者チームが討伐途中の際に逃がしてこっちに流れ着いてきたの。まだ傷も塞がってないでしょうから、アタシ一人でも十分だろうって判断よ。それになにより」


「勇者ポイントというやつかな?」


オレのその言葉にリリィはこちらをチラリと振り返る。


「ええ、そうよ。この世界の勇者を目指している人物はそのポイントがある程度まで貯まれば勇者として認められる。そして認められた勇者も国から指定されたポイントを稼がないとその勇者の称号を停止させられてしまう」


「全く面倒なシステムだよね」


それはこの世界における常識のひとつ。

人が生産以外で魔物を狩るもうひとつの理由。それがこの勇者ポイントと呼ばれるシステムと成績である。

先に述べた通り、ポイントを貯めることで勇者の称号を得て、称号を得たあともそれを維持するためにポイントが必要となる。

そして、ポイントを最も効率よく稼ぐ手段こそが魔物の討伐。

魔物を狩り、生産性を高めるために国や社会に組み込まれたシステムであり、結果としてこれが大きな役割を果たしていると言えるが、オレはこれがこの世界において不要な戦を招いている原因の一つとも捉えていた。

勇者となったものには国からの支援や各大陸や国への入国審査パスなど、様々な支援が約束される。

そのため、一度その地位における贅沢を味わえばそれを守ろうと、必要以上に魔物を狩る者も多くなる。

だが、それが結果として魔物側の王である“魔王”に対する宣戦布告となり、それまで無秩序だった魔物の一部が魔王軍の指揮のもと統一され、いつの間にか魔王軍との争いが各国で起こり始めていた。


「ドラゴンほどの獲物をひとりで倒しポイントを稼いでるということは、やはりリリィは勇者なのかい?」


「まあね」


オレの問いにあっさりと答えるリリィ。

やはり最初に感じたとおり、彼女は名のある勇者のようだ。

おそらくその称号も聞き覚えのあるものなのだろうが、彼女はYESと答えただけで、それ以上は言おうとしなかった。

おそらくは踏み込んで欲しくないことなのだろう。オレもそうした部分は分かるつもりだったので、この話はここで打ち切ることとした。


「……いたわ」


そこには山の麓で傷ついた翼を休めうずくまるドラゴンの姿があった。


「ワイバーンドラゴンか」


それはドラゴン種の中でも比較的メジャーな部類。飛龍と呼ばれる種族であり、彼らは食用としてはあまり価値がないが、その鱗は様々な武器や防具の素材として価値が高い。


「アンタ、少しは戦えるんでしょうね?」


「まあ、少しはね」


武器を構えるリリィに対して、同じく剣を構える。

その時、こちらに気づいたのか傷ついたドラゴンは翼を広げ咆哮を上げるものの、舞い上がる気配は全くない。

通常ワイバーンドラゴンは飛翔し上空から獲物を狙うのが主な戦闘手段であったのだが、それを行えないほど受けた傷が深いということだったのであろう。

動けない相手の状態を即座に看破したリリィは相手の急所めがけ剣を突き刺す。

だが、強靭な鱗の鎧がそれを阻み、一撃では倒れない。

自らに傷をつけたリリィに反撃するべく爪を振りかざすドラゴン。

その爪を切り落とすようにオレの一閃が走る。

オレの瞬時のそのサポートにわずかに驚いた表情を見せるリリィであったが、すぐさまドラゴンの痛みによる咆哮に耳を傾け、仰向けに倒れようとしていた無防備な腹めがけ再び剣を突き刺す。

龍の鱗が薄いその部分を今度こそリリィの剣が貫き、ドラゴンは咆哮と共に静かに倒れた。




「ワイバーンってさ、あんまり美味しくない奴が多いのよね。ああ、もちろん味の話ね」


戦闘が終わり遠くの書物に同じ文字を送れる通信日記に何かを書き込んでいるリリィが不意にそう口を開く。


「アタシだって一応この世界に生きてるわけだから必要な分の魔物は狩るわ。けど、こういうポイントのためだけに魔物を狩るってのはあんまり気が進まないのよ。まして、それがこうして傷つきながらも必死に逃げ延びようとしたやつならなおさら」


そう呟くリリィの表情をオレはまるで自分のように重ねていた。

魔物を殺すこと自体を悪とは言わない。だが、狩人というものは必要以上の殺しは行わないもの。

生きるために必要最低限な狩りで済むなら、それに越したことはない。

そうオレが彼女に対し何か声を掛ける前に彼女は持っていた日記を閉じる。


「よし、これで連絡終了。あとでこのドラゴンの回収に職人が来るらしいわ。とりあえず、アタシ達の出番はこれで終わり。それじゃあ、戻りましょうか」


そう言ってオレの肩に手を置いて歩き出す彼女だが、その帰り際、何かを思い出したようにこちらを振り向く。


「ああ、そうだ。アンタって意外と強いのね。助かったわ」


そう言って礼を言う彼女の笑顔は美しかったが、同時に寂しそうでもあった。






「おおー! リリィ! ちょうどいいところに来たー! 見ろよこれ、この間ジャックの大豆に感化されて大豆魔物育ててみたら、こいつ超増えまくりでどうしようー!!」


「アンタ馬鹿ねぇ。普通のジュエルビーンズは雑草並みに繁殖力旺盛なのよ。聞いた話によると栄養とかも自分で作って自分で育つらしいし」


「おう! そうなんだよ! なにもしてないのにこの育ち方! いやー、さすがは畑の肉! マジっぱねぇっす!」


「アンタはもうちょっと計画性をもって栽培したほうが……ってうわあ! なんかその花弾けて実が飛び出てるわよ!」


「うわああああああ!! 落花星が成熟して実を星のように散らせてるー! た、退避ー! 退避ー!!」


戻ってきたリリィはあのキョウという少年といつもしているのであろう他愛ないやり取りをしていた。

だが、その表情はとても生き生きとし楽しそうであり、その笑顔も先程オレに向けたどこか寂しさのあるものではなく、純粋な笑顔そのものであった。

そんな彼らの姿を見て、なぜこちらも自然と温かい笑みが頬に浮かんでいた。






「それじゃあ、本当にもう行っちゃうんですか? あ、よければ落花星の実とか、あとジュエルビーンズもどうですか?」


「いや、このキラープラントの実とほかにも色々もらっているから十分だよ」


「そうですか。ならお気をつけて」


あれからしばらくキョウという人物のところにお世話になり、オレは改めて旅立つ決意をする。

その理由については彼らと過ごすうちに明確な目的を持つようになった。


「オレもいつか君のように人と魔物が調和した真に生産性が取れる世界を目指してみるよ」


「? はあ? なんのことかよくわかりませんが、そっちもそっちで頑張ってください!」


ビシっと親指を突き立ててくる彼に思わず苦笑をする。

そして、その隣に控えた少女に対して改めて礼を言う。


「お世話になったリリィ。君のおかげでオレも色々と新しい道について考えることができたよ」


「別に、アタシは特になにもしてないわよー。アンタを助けた礼もこの間のあれでチャラでしょう」


そう言って貸し借りは無しということをアピールする少女に対して、やはり心根の優しい少女だと再認識する。


「今だから言うが君が戦場で舞う姿は美しかった。殺伐として戦場にあって初めて美しいと感じる花であったよ」


「なっ?!」


オレの心からのその賞賛に対して顔を真っ赤にして、なぜか黙り込み硬直するリリィ。

なにか彼女の気に触ることを言ってしまったのだろうか? やはり花ではなく蝶と例えるべきだったかと思ったが今更あとの祭りか。

オレは固まったままのリリィと、こちらに元気よく手を降るキョウとその魔物たちに手を振り返し改めて旅路へと出る。


今のところ行く宛てはない。

だが、それでもあのキョウという人物がやっていたことを少しでもこの世界に広げられるのなら、それはこの世界にとって大きな変化と進歩を与えてくれるはず。

そう思い街道を歩いている時だった。


「やあ、久しぶりだね。フェリド君」


そこにはオレの知るある人物の姿があった。


「あなたは……」


「君の力が必要だ。私の、いや私達の計画のために力を貸して欲しい」


その人物からの協力の要請にオレは戸惑い、あるはずのないその申し出になんと答えるべきかと逡巡するが、次にその人物から放たれた言葉を聞き、オレは再び衝撃を受ける。


「この世界の変革のために力を貸してくれ。七大勇者のひとり“英雄勇者”フェリドよ」

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