第47話「外伝:とある男の物語①」
男は英雄だった。
数多の戦に勝ち残り
数多の敵を葬り去り
数多の勝利を貢献し
数多の伝説を刻んだ
男は英雄だった。
味方からは賞賛と畏敬を、敵からは恐怖と畏怖を送られた。
だが、男は知っていた。
その賞賛は恐怖と同義であり、畏敬は畏怖と同義であった。
戦がある限り、男は求め、応じるままに武勇を誇る。
それこそが彼の役割であり、それ以外の役割を持ち得なかったから。
だがそれでも役割が終われば、男に残されるの空虚のみ。
男は疲れきっていた。
誰のために戦おうと自分は兵器としてしか見られない。
安息はない。平穏はない。利用されるだけの役割。
自ら望んでその役割を受け入れた。そこに不満はない。
男はただ平穏な世界を願っただけ。
誰もが平和で笑い合える日々。
それはなにも味方に限った話ではなく、彼は敵にとってもそうした世界が訪れて欲しいといつしか願うようになった。
男が持つ肩書きを考えれば、それはあってはならない考えであろう。
だが、それでもいつかそうした理想郷があるならば、それを実現したい。
男は疲れきり、いつしかそうした夢想の場所を求めるようになっていた。
これはそんなとある男の話。
やがてこの世界の命運に関わる者達との邂逅の話であった。
「……腹が減ったな」
男は森の中を大の字で寝転がり呟いた。
思えばここ最近はなにも食べていない。
何かを食べるためにはそれを狩り取らなければならない。
だが、出来ることなら命は奪いたくない。
そんな今更なことを思いながら自嘲している男に複数の獣の息遣いが聞こえる。
首を動かすと、そこには唸り声をあげる狼型の魔物の姿があった。
「よせ、オレを食っても腹を壊すだけだぞ」
そう言ってこちらへの敵意を解いてくれないかと思ったが、やはりそううまく行くはずもなく目の前の肉を食らうべく飛びかかる狼たちの姿が見える。
やれやれ、多少痛いがしばらく我慢すれば立ち去るだろうと、完全に諦観の感情のまま目をつぶろうとした男であったが――
「この馬鹿! なにしてんのよアンタ!」
凛とした声が響いた。
次の瞬間、目の入ったのは自分を襲い掛かった狼たちが瞬時に切り裂かれる光景。
男もこれまでこうした光景を何度か見たことがあったが、それでもここまで見事に魔物を切り伏せた光景は少女が初めてであった。
それはさながら剣による舞踏、その流麗さに男は目を奪われた。
思わず上半身を起こし目の前に現れた少女の姿を見る。
金の髪。小柄だが引き締まった体は無駄がなく、むしろ余計な脂肪がない分、彼女の華奢な美しさを際立たせているようであった。
可憐。一言で言えばそう言っていい美しい少女だった。
「アンタね、こんな森の中で大の字で寝てるなんてアホなの! 一体どういうつもりよ!」
狼を追い払うと同時に自分に近づきそのまま、説教を行う。
確かに少女の言うことは最もだと思い迷惑をかけたことを踏まえて素直に謝罪を行う。
「すまなかった。確かにこのようなところで行き倒れていては魔物たちの邪魔になるな」
オレの謝罪に対しポカーンとしている少女。なにかおかしなことを言っただろうか?
「いや、そこじゃなくって……ああ、もういいわ。アンタ行き倒れってことは行く宛とかないの?」
となにやら呆れられてしまい話題を変えられてしまう。
「そうだな、今のところ特には」
「行きたい場所とかもないの?」
「そうだな、強いて言えば」
その瞬間、オレが先を答えるよりも腹の虫が鳴り答えを返す。
それに呆れながらも少女は苦笑気味に問いかける。
「おすすめの食堂屋ならあるけど、どうする?」
「これは……うまいな。うん、本当に旨い。こんな旨い料理があったなんて」
「あ、ありがとうざいます。これも全部食材がいいからですので」
そう言って答えるこの店の料理人兼看板少女と紹介されたミナ嬢は嬉しそうに微笑む。
自分の作った料理が褒められ、それを味わってもらえるのは確かに料理人冥利なのだろう。
だが、それにしてもこの料理はお世辞抜きに美味しかった。
材料自体はありふれた魔物のはずなのに、そのどれもが鮮度があり、なにより味の良さが染みている。
「ここの料理の食材はある魔物栽培師が作った特製なのよ。そのおかげで野生のやつよりも新鮮で味もいいのよ」
そう言って先ほどの少女、リリィと名乗った子が自慢げに答える。
「なんと……これは全て栽培して作られたものなのか?」
「そう、だからわざわざ危険を冒して魔物退治しなくても最近じゃ、楽に食材が手に入ってアタシも助かってるのよ」
「もう~、ミナちゃんったらそんなに怠けてるとお兄さんに怒られるよ」
「いいのよ、アタシは出来ることならスローライフに生きていきたいし、なによりも無駄に争うのって嫌じゃない。魔物だって必要以上に殺すのは気が引けるのよ」
そう言ったリリィの言葉にオレは思わず食べていた手を止める。
それはオレがずっと考えていた「できることならば無駄な争いはしたくはない」という考えと同じものであった。
自分以外にもそのようなことを考える人物がいたとは。それもおそらくこの少女は――
「いやー、今日もいい汗かいたー! ミナちゃんー! いつもの昼食セットひとーつ!」
「あ、キョウさん、いらっしゃいませ! はい、ちょっと待っていてくださいね」
「あれー、そこにいるのってリリィじゃん。お前も昼食だったの?」
「まあ、そんなところね。森で倒れていた行き倒れを拾ってここまで案内してきたところだけど」
「へえ、そいつはまた無用心な人もいたもんだねー」
「考えなしに魔物育ててた無用心な奴もいたけどねー」
「誰だろうな、そんな奴」
食堂屋に現れたその少年と親しげに話をしているリリィ。
少年の方は見ると至って普通の人物のようだが、服のあちらこちらが土や泥で汚れている。
だが、なによりも驚いたのは彼が頭と肩に乗せている魔物であった。
それはジャック・オー・ランタンとマンドラゴラ。
野生のジャック・オー・ランタンはこちらが敵対行動をしない限りは襲いかかっては来ないが、それでも人間に対してあそこまで友好的なものはそう多くないはず、マンドラゴラに至ってはその貴重さと人間への警戒心であんなに心を開くことはないはず。
目の前に現れたそのありえないはずの人と魔物との調和に思わず呆気に取られていた。
「ところでそちらのお客様はどちら様でしょうか?」
「アンタねぇ……この人がその森で倒れていた無用心なやつよ」
「おお、なるほどー! ではここは無用心な者同士、自己紹介しましょう。オレの名前はキョウ。いまは魔物育てて生計立ててるものですー。よければうちの魔物買っていってください。生活の足しになるので!」
そう言って自己紹介と挨拶をする少年にオレは「なるほど」と頷く。
この人物が先程言っていた魔物栽培師とやらか。ならば彼の状況にも色々と納得であり、同時に羨望のまなざしを送らずにはいられなかった。
そして未だ自分の方が名を名乗っていなかったのに気づき、彼の紹介に返す形で改めて名を名乗る。
「オレの名前はフェリドだ。どうかよろしく頼む」
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