第46話「外伝:ジャックと不思議な豆の木②」
「魔物の栽培の仕方を教えろって、急にどうしたんだ? ジャック」
オレの唐突なその願いに当然のように疑問を投げ返すキョウの兄ちゃん。
「色々と疑問はあるだろうが、やり方だけでもいい。頼む兄ちゃん、教えてくれないか」
オレのその真摯な頼みに頭を掻きながらも仕方ないなーと言った感じで話し始める兄ちゃん。さすが、話がわかるぜ。
「つってもオレもどうやってるかなんて具体的にはよくわかってないぞ。地面を耕して種を植えてそこに肥料だとか堆肥だとか、あとは水とかそういうのをやってるだけだから」
「そうか、ということはまずは地面を耕していった方がいいのか?」
「まあ、最初はそうだろうな。土をほじって中に堆肥だとか混ぜた方がいいだろうし」
「その堆肥ってのはどこに行けばあるんだ?」
「いや、堆肥ってのはそんな珍しいものでもないしわざわざ買わなくても代用はいくらでもあるぜ。たとえば生ゴミだとか枯葉だとかそんなのだな。特に生ゴミはゴミとして捨てるよりも土に植えて栄養として分解させることで肥料としてもゴミの処理としても二重の意味でお得だからな」
「なるほど」
兄ちゃんのわかりやすい栽培講座のおかげでとりあえず基本は大体わかった。
オレは早速くわを口に掴んで必死に土を耕す。
む、これはなかなか難しい。力の加減がなかなか入らないし、油断すると口からすっぽ抜けそうだ。
そうして必死に土を耕してると、いつのまにかドラちゃんが地面に座ってこちらを見ていた。
「ジャックさん、なにしてるんですかー」
「見ての通りさ。土を耕してるのさ」
「ご主人様のお手伝いですか?」
「いや、あるお嬢ちゃんのために何かをしてやりたくなってな」
オレのそのニヒルな語りにドラちゃんは頭に疑問符を浮かべる。ちょっと子供にはわからない大人な世界だったか。
とにかくそんなこんなで土を耕し、家の裏に溜まっていたゴミを土に混ぜては自ら転がることで地面をならし、その後に口にバケツをくわえて水をかけたりなどもした。
うむ、初めてにしてはなかなかではないか。
いつのまにか背後に立っていた兄ちゃんも「おー」と感心している。
「やるじゃねぇか、ジャック。これひとりでやると一日係の仕事なんだが無事にやり遂げるとはな」
そう言って土の状態を確かめるように手に掴みサラサラと土を落としていく兄ちゃん。
「栽培作りにおいて一番重要なのは土作りだ。オレもここ最近いろんな魔物作っててわかったが、やっぱり地盤となる土が一番大事だ。これなら十分いいのが育つだろう。あと一週間くらい待って土がなじんだら植えるといいぜ」
兄ちゃんのそのアドバイスにオレは素直に礼を言う。
その後、土が馴染んだ後、エスト嬢からもらった種を植えこまめに水をやる日々。
しかし、やはりそう簡単には芽は出てこない。
毎日、土の前に座ってはじっと観察していたが、やはり成果はない。
そんなオレに対し「焦ることはないぜ」と兄ちゃんが優しく頭に手をおいてくれた。
そうして次の日、いつものようにオレが種を植えた一角に行くと、そこには見慣れない小さな芽が。
間違いない。オレが植えたあのエスト嬢の種が芽吹いていた。
あまりの嬉しさにその日は庭の周りをゴロゴロ周回してしまった。
その後、芽は順調に育っていき、気づくと2m近い背丈になりこれがなんの種であったのかようやく判明した。
それは大豆系と呼ばれる魔物の一種であり、枝の先端には枝豆と呼ばれる三つ繋がりの豆の入った皮袋のようなものが出来上がり、小さな手足が生えモゾモゾとしていた。
この魔物の特徴は枝豆部分が意思のある魔物として活動し、木から離れて行動する点にある。
要はオレ達ジャック・オー・ランタンと似たような種族だ。
しかも、こいつらの危険度はオレよりも遥かに低く収穫も楽。
これならエスト嬢の庭に移動させ、彼女の日々の糧にできるかもしれない。
そう思った矢先であった。
次の日、なぜかその魔物がしおれ始めた。
あまりの突然な変化にオレは思わず動揺して庭の周りをゴロゴロと周回してしまった。
見ると実りつつあった枝豆も疲れきったようにやつれ、ぐったりとしていた。
オレは必死に水や堆肥、肥料など考えられるあらゆることをしたが効果は見られなかった。
最終的には「オレ自身が肥料になってやるー!」と土の中に埋まろうとしたが兄ちゃんやドラちゃんに止められ、それは結局行われなかった。
そして、それからしばらくしてエスト嬢からもらった大豆は枯れ落ちてしまった。
「ご、ご主人様、ジャックさんが死んでいます、なんて声をかければいいのでしょうか……」
「さ、さあ、正直オレのほうが聞きたいくらいで……」
現在、オレはボロ屋の一角にて死んだように逆さまのまま倒れている。
いや、実際にオレなんか死んだほうがマシだ。
結局あれからエスト嬢にもらった種から大豆が芽吹くことはなく、あれが最初で最後であった。
一応、成るには成ったが、そこにあるのはあの時、実った枝豆が一つ。
しかも、その色も通常ならば健康的な緑の色のはずが、枯葉のような黄色。
中に三つほどの実が入っているのがわかるが、皮袋越しでもかなりの硬さであり、食べるのには向かないのが分かる。
彼女になんて謝ればいいのか。こうなったら、やはりオレ自身が彼女の食卓になり償うしか。
そう思いゴロンと体制をもとに戻し、生き残ってしまったこの命を彼女の食卓に捧げようとした瞬間、誰かがドアを開いて現れる。
「キョウー、ちょっと今いいかしらー、実はミナがアンタにお願いがあるらしく……ってこの暗い雰囲気、どうしたのよ?」
「おお、リリィ。いいところに来てくれた。ちょっとジャックを励ましてくれないか」
「は? 急に何言ってんのよ、なんでアタシがそんな……ってちょっと背中押さないでよ!」
嫌がるリリィ嬢の背中を押してこちらへ近づく二人。
兄ちゃんの気遣いは嬉しいが、オレの心はもうすでに決まっていた。
このままかぼちゃ鍋確定だ。
そう思い移動しようとした瞬間、オレが口にくわえていた枯れた枝豆を見たリリィ嬢が驚いたような声をあげる。
「ちょっ?! アンタそれ、どこで手に入れたのよ?!」
「ん、リリィ。あれがなにか知ってるのか?」
「知ってるもなにもそれゴールドビーンズじゃない?! 価値だけで言えばSランクにも匹敵する幻の黄金の大豆よ!!」
……黄金の大豆?
――コンコン。
「はい、どうぞ」
彼女の声を確認し、オレは静かに扉を開ける。
「よお、久しぶりだな。エスト嬢」
「その声は……ジャックさんですか! お久しぶりです。どうですか、あれから種は育ちましたか?」
恐る恐る尋ねる彼女にオレは机の上に三つの前を転がす。
それが彼女のくれた種からオレが収穫できたものの全て。
それを手に取り、エスト嬢はどこか吹っ切れたように笑った。
「そう、でしたか。いえ、三つだけでも収穫できただけでも十分です。もともと種だけでは何の価値もありませんでしたし、三つだけでも十分一食分にはなりますから」
「いや、そいつは食べるための豆じゃないんだ。エスト嬢」
オレのその発言に思わず小首をかしげるエスト嬢。
彼女はもう一度手に持った豆を触り、その感触を確かめる。
それは豆というにはあまりに冷たく固くまるで金属のようなもの。
そう、それは――
「まさか、これって……金?」
そう、彼女が持っていた種。それはゴールドビーンズと呼ばれる黄金を実らせる魔物。
だが彼らの栽培はマンドラゴラ以上に至難であり、どこに生息しているのかも全くの謎。
なによりも彼らが実らせるのは“たった一個の枝豆のみ”
それを実らせれば最後、木はすぐさま枯れ落ちてしまう。
そのわずかな間に実った枝豆も収穫しなければ、中の黄金も一緒に枯れてしまうというまさに収穫難易度Sクラスの貴重魔物。
彼女の両親が必死に最後の瞬間に手に入れたその種には、文字通り彼女の病を治すに十分な価値が眠っていたのだ。
「エスト嬢。そいつを売ってその金でアンタの目の治療を行いな。十分、お釣りが来るはずだぜ」
驚く彼女をよそにオレは背を向け、再びあの時と同じようにドアの外へと出る。
そんなオレの背に彼女が、興奮とも喜びとも感謝とも取れる様々な感情を入り乱れさせて声を張り上げる。
「あの! ありがとうございます! このご恩は決して……! もしも、私の目が治った暁には、あなたのお顔を真っ先に見せてください!!」
そう涙をこらえて叫ぶ彼女にオレはただ一言を返した。
「そいつはやめておいたほうがいい」
「え?」
呆気にとられる彼女を背に、オレは静かにドアを閉める。
結局最後まで彼女にオレの正体がバレることはなかった。
だが、それでいいとオレは思っていた。彼女の両親を奪ったのは魔物。
彼女の命の恩人がそれと同じ魔物だったなんて知る必要はない。
こいつはおせっかいなかぼちゃが見知らぬ女性に施しを与えた、そんなどこにでも溢れた物語さ。
ただそれでも去り際――
「いつか、私の目が治ったら必ず、お礼に参ります! ジャックさん!」
彼女のそんな声がオレのかぼちゃハートに温かさを残してくれた。
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