外伝
第45話「外伝:ジャックと不思議な豆の木①」
よお、皆。調子はどうだい。
オレの名前はジャック。ジャック・オー・ランタンって種族の魔物だ。
キョウっていう兄ちゃんに栽培されて、こうして人格を持って生まれた初の魔物第一号だ。
キョウの兄ちゃんは本当にすごい奴でな。オレのほかにも様々な魔物を栽培しては多くの人に認められ世界最大の料理大会に出ては活躍して、最終的には女神様にまで認められ勇者になっちまった。
と言っても今回はそれとは少し関係のないオレ個人の話になっちまう。
時系列も兄ちゃんが女神様に会う前、大料理大会に出場する前の話だ。
まあ、言っちまえば今回は脇役の外伝話ってやつだ。
けどな、物語を彩るためには時として主役を固める脇役の話ってのは重要だろう?
今回白羽の矢が当たったオレの話もいつかどこかで繋がるかも知れないし、忘れ去られるかもしれない。
そんな期待と不安を込めたある話をするぜ。
あれはそう、数ヶ月前の話だ。
その日、オレはいつものように散歩がてら、ふわふわと森の奥を移動していた。
彼女を見つけたのはその時だった。
樹の根に足を取られたのかその場に倒れこみ、手には小型のマッシュタケが入ったバスケットを持っていた。
だが、なにより目を引いたのは彼女を取り囲んでいる狼、キラーウルフの群れ。
これはどう見ても襲われている様子だ。
まあ、ここで会ったのも何かの縁。普段から兄ちゃんが言っている「助けないよりは助けたほうがいい」の精神を実行させてもらうとしよう。
オレは即座に周囲に魔力を蓄積させ、そこから幽鬼のような炎が生まれ、それを女性を取り囲んでいた狼に向けて次々と撃ち放つ。
さしずめゴーストフレア、幽鬼の炎とでも呼ぼうか。
とにかくそれら無数のゴーストフレアは狼たちに命中。こちらに気づいて即座に反撃しようとした狼に対しても続けて炎を喰らわせてやり、突撃してくるやつにはこちらも自慢のかぼちゃ頭をぶつけて撃退してやった。
やがて、こちらの強さに気づいたのか狼たちは次々と森の奥へと逃げていく。
ふっ、所詮は危険度Fランクの魔物。Eランクのこのオレの敵ではない。
狼たちがいなくなったのを確認し、改めてオレは倒れた女性に声をかける。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございます……どこのどなたか存じませんが助かりました」
そう言ってまるでに人にお礼を言うように立ち上がる女性に奇妙な違和感を感じたが、彼女が立ち上がりこちらの方を向き、その理由に気づいた。
女性は目を瞑っていた。
なにも恐ろしさのあまりに目を瞑っているわけではない。
おそらく彼女は目が見えないのだろう。それを確信させるセリフが次の瞬間、女性から零れる。
「申し訳ありません、このような姿で。助けていただいた恩人のお顔も見ることができず、すみません」
「いやなに、気にするな。オレの方も見られるような顔でもない。むしろ見れば幻滅するだろうよ」
「いえ、そんなことはありません。私、見た目で人は判断しませんから」
そう言って微笑む女性だが、その人という基準からこちらはすでに外れているからなぁ。
「とにかくそれだとこのあたりは色々と物騒だろう。よければ嬢ちゃんの家まで送っていくよ」
「えっ、ですがそんなご迷惑を……」
「気にしなさんな。どうせほかにすることもないんだ。これもなにかの縁ってやつよ」
最初はこちらに申し訳ないと断っていた女性も、こちらのお節介に根負けしたのか最終的には微笑み「わかりました」と頷いてくれた。
女性――途中でお互いに名前を名乗りエストと判明した。そのエストが住んでいる家に来たがそこは街から少し離れた森の入口近く。
家もキョウの兄ちゃんが住んでいるボロ屋ほどとは言わないが、なかなかに年季の入った木作りの小さな家だった。
「どうぞ中へ。あまり歓迎できないかもしれませんが、少しでもお礼をさせてください」
「いやなに、あまり気を遣ってくれる必要はないよ」
こちらとしては本当になにかのお礼を期待しているわけではないので、早いうちに戻ろうかと思っていたが、中に入ってみると一つの疑問が浮かんでしまう。
それは外からの大きさでわかっていたが、家の中はひと部屋分のスペースしか存在せず、そこには机もベッドも一人分だけであり、女性以外に誰かが暮らしている様子はなかった。
「エスト嬢。つかぬ事を聞くが、ここには嬢ちゃん以外に家族はいないのか?」
「……はい」
オレの問いにしばしの沈黙をたずさえて答えるエストお嬢。
やがて、どこか悲しみと憎しみを込めるように続けた。
「両親は魔物に殺されたんです」
その淡々とした呟きをオレは黙って聞いていた。
「私、ご覧の通り目が見えないでしょう? けれどうちは昔から貧乏で治療薬なんかを買うお金はなくって。それで父も母も冒険者登録をして私のために治療薬を手に入れるためのお金を稼ごうと魔物狩りに出たんです。ですが何度目かの冒険で父も母も魔物に殺されてしまいました。その時、父が最後の力を振り絞ってこの家に戻ってきた時、握っていたものがこれでした」
と、そこで机の中から取り出したのは数個の小さな種。
おそらくは豆の種と思われるものだった。
「そいつはそのままなのかい?」
「はい。売ろうにもこんなただの種じゃ買取価格なんてつかなくって。庭に埋めようにも魔物を育てるには特殊な環境や能力がないといけませんし、私の目では育てるのは無理ですから。もしこれが実ってくれれば森の奥まで食材を取りにいく必要もなくなるかもしれませんが」
そう言って彼女は種を握り締める。
なるほど。確かに庭先で食用の魔物が自生すれば先ほどのように危険な目にあることもないだろう。
しばし一考した後、オレはある提案をする。
「なあ。ものは相談なんだがその種、オレに預ける気はないかい?」
「え?」
その言葉に驚いたようにこちらを振り向くエスト嬢。
「オレの知り合いの兄ちゃんに魔物の栽培ができる人物がいてな。彼に頼んでその種からなにが育つのか試してみたいんだ。もちろん、うまく育った暁にはその種から出来た食材はアンタに届けよう、エスト嬢」
オレのその言葉になにか考え込むように手に持った種を握り締めるエスト嬢。
それもそうだろう。今日会ったばかりの人物にそんなことを言われてホイホイと渡せるはずもないか。
そうオレが余計なことを言ったかと反省をしていたら。
「わかりました。この種、ジャックさんにお渡しします」
彼女はこともなげに手に持っていた種をこちらに差し出した。
「いいのかい? 素性も知らないオレをそんな簡単に信用して。こいつを持ったたまオレが逃げるかもしれないんだぜ」
「その時はその時で構いません。どのみち私では持て余していたのは事実ですし、命の恩人であるあなたへのお礼になるのでしたら、それで十分です」
そう言って微笑むエスト嬢の手から種を受け取り、目が見えない状態でも微笑む彼女の姿を見て、オレはひとつの約束をする。
「安心しな、エスト嬢。オレが必ずこいつを実らせてみせるよ」
そう断言し、彼女から預かった種を口にくわえ、オレはそのまま扉を出て行った。
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