第36話「徹夜で勉強とかそっちのほうが能率悪いですって」
「わ~、さすがは中央大陸ですね。新鮮な魔物がたくさんです」
そこでは魔物市場と称され、収穫されたジャック・オー・ランタンやデビルキャロット、マッシュタケ、コカトリスにバジリスクと様々な魔物食材が加工され売られていた。
「随分とご機嫌だな、ミナお嬢ちゃん」
「当然ですよ。こんなにいろんな種類の魔物が売ってるのは私はじめて見ましたから! ……でも次の対戦がカレーとなるとただの魔物よりも香辛料と呼ばれるものを買ったほうがいいかもしれませんね」
ミナが食材購入のため街に降りた際、ジャックも一緒についてきたのである。
ひとりだともしもの場合、心配とのことでそこは彼らしい紳士的な考えであった。
「香辛料。確かカレーのスパイスだったか?」
「はい。キョウさんの発想は私や普通の料理人よりも、すごいところにあります。けれど、いつまでもキョウさんに甘えるのも申し訳ないですから。……私は、リリィちゃん達と違って戦ってお役に立てるわけじゃないですから、だからせめてお料理に関して少しでもお役に立てればと思うんですけど、キョウさんにはそんな必要ないかもしれませんね」
「そうでもないさ、ミナお嬢ちゃん。お嬢ちゃんが料理大会に誘ったからこそ兄ちゃんもこんな晴れ舞台で活躍することが出来たんだ。ここに来れたのもお嬢ちゃんの最初の行動があったからこそだ。それに役に立たない奴なんてのはいないぜ。お嬢ちゃんのエールがあったからこそ、兄ちゃんも必死になって結果を出せたんだ。必要以上に自分を卑下することはないぜ」
そんなジャックの慰めに、ミナは驚いたような表情を向けるがすぐにいつもの朗らかな笑みを浮かべ、その表情こそが隣に立つ者に元気を与えるのだとジャックは付け足した。
「なに、ライバルは多いが案外お嬢ちゃんのような日常の花にこそチャンスはあるかもしれないぜ」
「な、なに言ってるんですかジャックさん。私はそういうのじゃ……」
「やあ、そこにいるのは確か魔物栽培師さんの料理人さんじゃないですか」
慌てるミナの後ろから聞こえたのはそんな中性的な声。
振り向いたその先にいたのは次の対戦相手である天才勇者シン=ド=バードがいた。
「もしかして三日後の対戦に備えての食材探しですか?」
「あ、はい、そうです」
「やはりそうでしたか。でしたら」
言ってシンはミナの耳元に囁くように呟く。
「ここよりも、もっといい場所を紹介しますよ。中央大陸の中でも一部の食通しか知らない穴場市場を」
「そんなところが! ですが、いいのですか……?」
「もちろん構いませんよ。それに僕だけがその穴場を知っているのもフェアではないでしょう? お互いに万全の準備を整えて全力で料理を競い合いましょう」
そう言って微笑むシンの表情は年上の女性なら思わずコロリといきそうな魔性の笑みが込められていた。
「はい! お互いに正々堂々いい勝負をしましょう!」
それに気づかずミナとジャックはシンに渡された地図の通り、路地裏へと向かった。
すると、そこに待ち伏せしていた謎の男達に襲われ、ジャックはあえなくやられ、ミナはその正体不明の連中にさらわれてしまったのである。
「なにが役に立たない奴はいないよ。アンタこそ正真正銘の役立たずじゃない」
ジャックの話を聞き終え、最初に言ったリリィのセリフがそれである。
かなり辛辣だが、オレも内心頷く。
思えばこいつ出オチでやられてるパターン多すぎね?
「リリィの姉御。こう見えてオレのハートはかぼちゃ並みに柔らかいんだぜ。もっと言葉に気を遣って欲しいものだぜ。とりあえず、その男達からの手紙がこれだ」
『次の準決勝が終わるまでこのミナという少女は預かる。乱暴はしない。我々はただ彼女の作った料理を食べたいだけだ。準決勝が終わった後、解放する。重ねていうが我々は乱暴しない。ただ彼女の料理が食べたいだけだ。なお、我々とシン=ド=バード様とは一切の関係はない。一切だ。いいな』
……と、ご丁寧に明らかにシンが関わっているであろう文面であった。
なんちゅー奴だ、あいつ。
「どうするのキョウ? これ間違いなくあのシンってやつの策略に違いないわよ」
手紙を横から見ていたリリィがそうツッコム。
うむ。真っ黒通り越してドス黒だわ。
とりあえず、大会の運営に連絡でも……。
「それはやめておけ。その男達とシンとのつながりがない以上は向こうも本気で捜索はしないであろう。仮にもあちらは前大会の優勝者。ぽっと出のお主とは扱いが違うからのぉ」
とカサリナさんが確信をつく。
う、うむ。確かに。
それにこれだけ見ると「どうしてもミナさんの料理が食べたかったんです!」みたいなノリでこのさらった連中も済まされそう。
一応、ミナちゃんの身の安全をカサリナさんに確認するが「いくらシンでもそこまで非道なことはしない。奴もそこは最低限勇者じゃ」と答えてくれた。
うーん。まあ、ミナちゃんの身が安全だというなら、いいか。
しかし、問題はミナちゃん抜きで準決勝に挑むという現状だ。
これまではオレの料理案をミナちゃんが調理しオレが仕上げるという形があった。
料理の過程をすっとばしていたために気づかれていなかったが、実際ミナちゃんはオレにとっての縁の下の力持ち。彼女がいないとそもそもの料理自体が素人が作ったそれになってしまい、味付けどころの騒ぎじゃない。
「原則、大料理大会の料理は登録されたものでないと料理は行えませんわ。つまりここでいうとキョウ様とあのミナさんしか料理は行えません。仮に私が代行としてキョウ様の料理を手伝えばその時点で反則となってしまいます」
とそこでフィティスが大会のルールを説明してくれる。
そうなんだよ。つまり次の対戦、文字通りオレは孤立無援。
ひとりで料理を作り、あの天才勇者に勝たないといけない。
やばい。今回はマジで正真正銘詰んだかもしれん。
「……キョウ。アタシがミナを探してくる。残り三日、それまでなんとかあの子を探してアンタのところに連れてきてあげるから」
「リリィ……すまない」
「なに言ってんの。アンタが勝手にアタシのこと運命共同体って巻き込んだんでしょう。だからアンタも諦めず出来ることをしなさい」
「ならば、儂の出番だな」
と、そこまで話を聞いていたカサリナさんが胸を張って立ち上がる。
「残り三日、幸いにも種目は初心者でも簡単に作れるカレー。これをプロが作れるほどの料理に儂がお主を鍛えてやろう。なに任せておけ、こう見ても教えるのは得意じゃ」
えっと、あれ? なんか頼んでもいないのにすごいやる気なんですが。というかフィティスも一緒になって燃えてるし。
「任せてくださいキョウ様。私もキョウ様のためにお手伝いいたします。師匠と共にキョウ様を立派なカレー料理人に仕立ててみせます」
「そういうわけだ。リリィとやら、お主はミナとやらの捜索に向かえ。キョウのことは我々に任せておけ。一睡も取らせずしごいてみせよう」
おおーい! さらりと今恐ろしいこと言ったぞー!
一睡も取らせないとか拷問か?! むしろ睡眠取らず勉強とかそっちのほうが能率悪いんだぞ?!
「わかりました。そちらのほうはお任せします。キョウ、アンタも頑張りなさいよ」
まあ、こうなったらやるしかないよな。期限内になんとかカレーの腕を磨いてみるか。
あと天才勇者が出すカレーに負けない調理法も考えないとな。
あれ? やっぱこれ無理臭くね?
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