第34話「大料理大会一回戦決着」

「お待たせいたしました。これが私たちの料理です」


そうして出来上がった料理を審査員のテーブルへと運ぶミナちゃん。

そこに並べられた奇妙な料理の数々に審査員一同が息を呑む。


「ふむ、これは一体……」


そこにあったのは一口サイズの米の上に数々の海鮮魔物の具が乗った料理。


「SUSIと呼ばれるオレの故郷に伝わる料理です。食べるときはそちらの醤油に一口つけて食べてください」


これがオレの用意した海鮮料理。海の幸を一口サイズの料理にすることで様々な味を楽しめる。

そしてなによりもこの握り寿司の強みは海鮮のみが主食ではない。

近年、肉や野菜など様々な具材の寿司が増えたことにより逆に海鮮寿司の味を際立たせている。

これならオレが栽培した新鮮な魔物を具材に使える。

まあ、異世界流の寿司なので、ここではあえてSUSIと言ってるが。


「ほお、これは面白い一口ごとにいろんな味を楽しめるな」


それを食べた審査員の声を皮切りに次々と様々な具材のSUSIを口に入れていく。

そして、オレはミナちゃんに合図を送りあらかじめ用意していたあるものを審査員のテーブルに置く。


「こちらをどうぞ。お茶と呼ばれる特殊な飲み物です。SUSIの合間にお飲みください」


「ふむ、飲み物も用意していたとはなかなかに気が利くな」


審査員の一人が置かれたそのお茶を口に運び。

その初めて味わう味のついたお湯に感嘆の息を漏らす。


現在、審査員達の評価は概ね好評だが、それでも賢人勇者のあのフルコースを前にすれば霞んでいることは間違いない。

問題はこちらが用意した仕掛けに審査員が気づくか。あるいはそこに評価を与えてくれるか。

オレ達が勝負に勝つにはそこしかない。


続いて今回のメインディッシュである最後の品を審査員達の前へと運ぶ。


「お待ちどうさま。これがオレたちのメインディッシュ、重箱と呼ばれる箱の中にリヴァイアサンの肉を串焼きにし特殊なタレで香ばしく焼き、それをご飯の上に乗せたもの。通称リヴァ重です」


そこにはリヴァイアサンの肉をオレが作った秘伝のタレによって蒲焼して炊きたてのご飯の上に乗せたものいわゆる、うな重があった。

もちろん重箱もこの時のために用意していた。やっぱうな重と言えばこれで食べないとね。


「ほお」


これがオレ達にできる精一杯。

あとは評価を待つだけ。

審査員が次々と目の前に置かれたリヴァ重を口へと運ぶ。

その濃厚な匂いが会場中に漂い、知らず先程までカサリナさん一色だった会場中の声が静まり返り、ヨダレを飲み込むような音が聞こえる。


やがて審査員達全員がリヴァ重を平らげ、用意したお茶をすすり終え、息を整えた。


「……実によい料理であった。では、これより評価へと移る」


会場中が静まり返る。

大料理大会では五人の審査員によってそれぞれどちらの料理が上であったかを決める多数決判定となっている。


まず一人目の審査員の判定は、賢人勇者。

くっ、やはりそう簡単にはいかないか。

と思ったが二人目の判定は、ミナ&キョウとこちらに票が入った。

だが続く三人目では賢人勇者。そして、四人目では再びこちらと、票は2対2となった。


「おおっとー! これは意外だー! なんと前年度の準優勝者カサリナ選手と五分の票を取ったー! 無名の新人でありながら、これは予想外の展開! 残る最後の判決はグルメマスターの手に委ねられたー!」


グルメマスター。

それは先程オレ達が用意したお茶を飲んだ際、何かに感心するように息を飲んだ老人だった。

しばし静かに両腕を組み、やがて決心したように片方の名を書き上げた紙を広げる。


そこに載っていた名は――


「なっ……」


隣りで賢人勇者が息を呑むのが分かる。

ああ、なぜならオレも同じ意見だ。オレ自身、自分でも正直驚いているんだから。


そこに書かれた名はミナ&キョウだった。


「な、なんとー! まさかの大逆転! 勝者は小さな食堂屋の代表ミナ&キョウ選手だー!!」


わああああああああああああああああああああ!!!


割れんばかりの歓声を背にミナちゃんがオレの体に飛びつき、それに弾かれるように待機していたフィティスやドラちゃん、ロックみんながオレに駆け寄ってくる。


正直、ここまでうまくいくとは思わなかっただけに予想以上の喜びでオレもさっきから舞い上がっている。


だが、そんなオレ達とは対照的に、衝撃を受けながらもそれでも平静を保ちつつ落ち着いた態度のままグルメマスターに声をかえる人物がいた。


「勝負の結果に不満を出すつもりはない。潔く負けを認めよう。だが、その前にひとつだけ教えて欲しい。なぜ彼らの料理が勝利したのか、その理由を」


そこには不平不満の感情はなく、ただ純粋に勝敗を決する要因を知りたいという料理人としてのプライドが見えた。

その賢人勇者の質問を受けてグルメマスターが語りだす。


「その質問に答えるには、私も先にそちらの料理人、いや、これを作った仕掛け人に聞きたい。これはなんというものだ?」


グルメマスターのその問い掛けに対して、オレは即座に答える。


「醤油というやつです」


そこにはグルメマスターが指したもの、寿司を食べる際につけた黒い水。醤油。

そして、リヴァ重につけたタレを指していた。


そう、日本料理における二大万能調味料の一つ。醤油。

これは数ある調味の中でも格別であるとオレは信じている。

日本人ならばあまりに当然すぎてその価値がわからないかもしれないが、海外に旅行に行ったとき、様々な料理を口にして醤油の味のなさに寂しさを覚え、海外旅行をする際、わざわざ醤油を持っていく者も多くいるとオレは聞いたことがあった。


この世界における食文化はたとえるなら海外のアメリカのそれと似た感じだ。

全てが大味で大胆。味の個性が強く、それは利点であり同時に欠点でもある。

繊細な気遣いが少ないがために調味料の数が圧倒的に少ないのだ。

つまりオレが仕掛けた小細工とはその調味料、醤油であった。


前にお茶を作った後、豆科の魔物であるジュエルビーンズの栽培に成功し、その後ちょくちょくこの醤油造りを片手間にやっており、先日こうして形となるものが完成した。

タレもその応用で今回の勝負に使えるように作り上げた。これにはミナちゃんの協力があり、そのおかげで出来上がった。

無論それだけで勝てるほどこの勝負は甘くなかった。


「最初に言っておこう、賢人勇者よ。料理単体としてならお主の料理の方が美味であった。だが、それでもあえてこの者達に票を入れたのは料理単体を上回る全体の“気配り”があったからじゃ」


「なに?」


そのグルメマスターの思わぬ発言に賢人勇者は眉をひそめる。

そんな彼女に対しグルメマスターは目の前に置かれた寿司とお茶を彼女の前に差し出す。

差し出されたそれを口に入れ、時折お茶を飲むんでいく際、カサリナさんはあることに気づいた。


「これは……」


「そう、自然な口運び。お主は海鮮料理を選択し、その料理を出した。確かにお主の海鮮料理は天下一品だが、海鮮料理にはあるひとつの欠点が存在する。それこそが海鮮類が持つ舌先に残る“味”じゃ」


海鮮料理。それは数ある料理の中でも最も素材の旨みをそのまま引き出す料理であり、その鮮度が高ければ高いほど、避けては通れないある弊害が存在する。

それが口の中に残る生臭さ。


無論、新鮮なものであればそれが残る割合は低いが、たとえどのように新鮮なものであろうと確かに口の中には海鮮独自の味が残る。


オレ自身、海鮮料理は好きだしたまに食べる。だが、食べ終わったあとにそれが生ものであった際はどうしても舌先に海鮮の味あとでも呼ぶべものが残る。

そういう時、その味を洗い流すためにオレがすることは濃いお茶を飲むこと。


「私はこの湯こそが彼らが提供した料理の中で最も隠れた役割を発揮していたと評価する」


そう、これこそがひと月前にオレが思いついた小細工。

海の幸の味を洗い流す山の幸で生まれた湯。お茶だ。


あれから雑草と呼ばれるウィードリーフを改良し、今では前以上に味のあるお茶としてそれを確立していた。

旨さは勿論、それまで食べていた味を洗い流すのに打って付けの飲料水に仕上げていた。


「どのような料理であれ、次の料理を口に運んだ際は前の料理の味が残るもの。だが、次のものを口に運ぶ前に、この湯の苦味が口の中に残った味を洗い流してくれる。それによって新しい舌先でより新鮮な料理を楽しめる。それだけでなく、この湯の苦味が出された海鮮料理のすべてと合い、ただの飲み物が料理を美味しくする相乗効果を秘めていた。私は長年審査員をしてきたが、料理ではなく飲み物に味を高める方法を持ってきたのは彼らが初めてだ」


そう、それこそが日本で生まれた口直しと呼ばれるもの。

その代表の一つがお茶によるもの。オレの仕掛けた小細工に、あのグルメマスターの老人はちゃんと気づき評価を与えてくれたのだ。


「彼らのメインはあくまでもこのSUSIとリヴァ重。だが、そのメインを支えているのはお茶と調味料と呼ばれる細かい引き立て役。彼らの料理には無駄がなく、気遣いがあった。だからこそ私は、その気遣いを評価し、彼らに票を入れた」


「つまり儂は気遣いに負けたと?」


「いいや、違う。カサリナよ。お主の料理の腕は確かに上がっておる。じゃが、お主が出した料理の中に一つでも意外性のある、もっと言えばこの『食の開拓』に相応しい“新しい料理”があったか?」


「!」


その指摘にカサリナさんは思わず顔色を変えた。


「お主の料理はどれも絶品、それは間違いない。しかし、それら全て“既存の料理”に過ぎない。ただ“美味しいだけの大会”ならば、お主の勝ちであったが、ここは『新たな料理を開拓』する『食の大会』。お主はこの大会の趣旨を見誤った。故に私は食べ物だけでなく、醤油やお茶という“新たな”ものを生み出した彼らを評価したのじゃ」


グルメマスターのその言葉を聞き、賢人勇者は己の敗因がなんであったか悟ったように頷く。

うん、というか『食の開拓』ってそういう意味だったのか。

無論、オレはそれに気づいていたわけではない。

単純に地球の知識と、物珍しさ、小細工で勝負しただけであったが、それが見事この大会の趣旨を掴んでいたようだ。

正直、運による要素も大きいが、しかしオレはその運に感謝をする。


「……なるほど。確かに旨さだけなら儂の勝ちであっただろう。しかし、この大会の趣旨を見失い“旨さだけ”に走った儂の負け……いや、食べる者への気遣い、新たな食を開発しようとしなかった儂の負けか」


そう言ってカサリナさんはうなだれる。

おそらくこれがただ単純に旨さを競うだけの大会ならオレ達は負けていただろう。

オレ達が勝てたのは調味料や、素材とした魔物、調理法だけでなくまぐれ、運による要素も大きい。

だが、これが大料理大会に秘められた評価の一つであるなら、オレはその結果をしっかりと受け止めないといけない。

そして、それはカサリナさんも同じであった。


「いかに高ランクの魔物を狩り、それを最高の料理で仕上げるか。儂はいつしかそのような効率性にのみ囚われ、食べる側への気遣いを忘れていたようじゃ」


そう言ってカサリンさんはこちらを振り向き、握手を求める。


「儂の負けじゃ、キョウ」


オレは彼女の差し出した手を握り、ここに大料理大会の一回戦は幕を閉じた。

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