第29話「対戦前からこれ詰んでね?」
「し、師匠、なぜ師匠がこんなところに?」
「んー? 儂の可愛い弟子がどこかの男のもとに厄介になってると聞いてな。それがどのような男か見ておこうと思ってな」
そう言いながらほんのり赤みを帯びた表情でこちらを吟味するように見るフィティスの師ことカサリナさん。
というかあの、ここ男湯なんですが、なんで普通に入ってるんですかねぇ……?
「まあ、どちらにせよ。来月の大料理大会では嫌でも顔を見せる相手じゃ今のうちに挨拶をしておいてもよかろう」
あ、そういえばそんなこと言ってましたね。
なるほど、フィティスの師匠も大料理大会の参加者のひとりか。
「そうそう、挨拶ついでに先に教えておこう。儂は前回の大料理大会では二位を受賞した者じゃ。で、今回の大料理大会では前回の一位と二位受賞者には一度だけ自分の対戦の際に料理のジャンルを指名することができるのじゃ」
んん? なんですか、そのものすごくお得な特典。
ということは前回の上位受賞者めっちゃ有利じゃねーかよ。
「で、先程運営員会からのお達しで儂の第一回戦の相手はお主に決まったそうじゃ」
「へ?」
「そこで儂は先に宣言しておく。お主との料理対決では儂は――海鮮料理を指定する」
なんだと――?!!
こ、この人、よりにもよってなんちゅージャンルを?!!
あ、よく見ると、してやったりみたいな笑みを浮かべてやがる!
間違いないこの人、わかっててそのジャンルを選択しやがったな?!
「ふふっ、なかなかにそそる表情じゃ。では残り一ヶ月の間にお主がどれほどの成果を得られるか楽しみにしておこう」
そう言って湯から上がり入口に向かうカサリナさん。
その途中何かを思い出したようにふと足を止めてこちらを振り返る。
「そうそう、最後にもう一つ忠告をしておこう。儂が海鮮料理で出す食材の目玉はS級ランク魔物のリヴァイアサンの肉じゃ」
「リヴァイアサン?! 師匠、いつのまにあれを仕留めたのですか?!」
そのリヴァイアサンという単語に隣にいたフィティスが反応するが、それには答えず飄々とした態度のままカサリナさんは入口へと消えていった。
「それはまずいわね」
先程オレ達にあった出来事を同じ宿に泊まっているリリィにも話し相談をしている。
「リヴァイアサンといえばロック鳥と同じSランクの魔物食材にして世界七大美食の一つよ。あれひとつだけで大会での優勝もありえるほどの食材と聞くわ」
「ええ、ですがリヴァイアサンの危険度も私たち冒険者の中では超高難易度のSランク。ですが、それを仕留めるなんてどうやら今回の師匠は本気で優勝を目指しているようです」
「まあ、聞く限りかなりまずい相手だってのはわかるが問題はそこじゃない」
二人が言うように確かに相手が持つ食材も問題だが、それよりも大きな問題があった。
「海鮮料理というジャンル。それ自体がオレにとっては鬼門なんだ」
そう。海鮮ということは海の幸。
そして、それはオレが唯一栽培できていないジャンルの魔物でもある。
そもそも土で育てるのが主なんだから、海の幸とか育てようがない。
一応これまで海の食材や魔物もいくらか捉えはしたが、栽培や養成なんて全然できていない状態だ。
「くっそー、あの師匠の人。絶対にオレのこと調べあげてるよー。その上でこっちが苦手なジャンルに持ち込むなんてー」
「致し方ありませんわ。師匠の別名は賢人勇者。ああ見えてかなり頭の切れる人で、相手の土俵を崩すのを得意としていますわ。さらに海鮮料理は師匠の十八番。あの方の作る海鮮料理よりも美味しいものを私は未だ食べたことがありませんわ」
マジかよ、参ったな。これは久々に詰んだんじゃね?
「どうするのキョウ? なにか算段はあるの?」
うーん、としばし悩む。
確かに相手の土俵に持って行かれたのは参った。
しかし、こうなった以上は相手の土俵で戦うしかないわけであり、そうなるとオレが育ててきた魔物が使えないしなー。うーん。
「ぱぱー」
とそこで悩んでるオレを気遣ってかロックが裾をくいくい引っ張ってキラープラントの果実を差し出す。
「ぱぱもかいせん料理に混ぜてぱぱの魔物使っちゃえばいいんだよー」
「え、いやいや、あのね、ロックちゃん。海鮮料理っていうのは海に住んでる魔物とか食材のことなの、キョウが作ってるのは山の幸だから、混ぜるってのはさすがに無理があってね……」
「ええー? でも、お肉とカボチャや人参一緒に食べると美味しいよー?」
「いや、まて。それだ!」
ロックのなにげなその一言にオレは閃き、思わず声をあげる。
そうだ。相手が自分の得意な土俵で戦うというのなら、オレも相手の土俵で自分の得意な料理を混ぜるしかない。
幸いオレが育ててきた魔物の中で一つ、海鮮料理と相性のいい魔物がいた。
そしてオレが想像する料理が作れるなら、オレが持つ食材を活かせるかもしれない。
けど、そのためにはやはり相手と同じ食材を確保する必要がある
「リリィ、フィティス。大会の開催までもう時間はない。それを踏まえて頼みがある」
オレは二人の方を向き、静かに頭を下げる。
「残りひと月でリヴァイアサンを仕留めてもらえないか」
S級ランクの魔物。事実上この世界の最高難易度の魔物食材をオレは二人に頼んだ。
「それはまあ、アンタが言うならなんとかするけれど……同じ食材だけで勝てるものなの?」
「いいや、無理だろうな。だから、オレは小細工で勝負する」
「小細工、ですか?」
オレの宣言に小首をかしげるフィティス。
彼女に対し、オレは持ってきた荷物の中からある瓶を取り出す。
「こいつは先日、オレが密かに作っていたある調味料だ。お茶を作った際、これも作れないかと色々と試行錯誤して作ってみた。とりあえず舐めてみてくれ」
オレにそう言われ、瓶の中身を舐める二人。
その瞬間、彼女たちの顔色が変わる。
「ちょ、なによこれ?!」
「こんなの……初めてですわ!」
その顔は驚きと興味。そして、明らかな衝撃の感情が見えていた。
「これをある料理に使うつもりだが、多分それだけじゃ足りない。そのリヴァイアサンにもこの調味料を使いたいが今の状態じゃまだ足りないだろう。だからオレは試合が始まるまでミナちゃんとこいつの改良に入る。もしそいつがうまくいけばリヴァイアサンを最高の食材として活かせると思うから」
「これはさらに改良……」
「リヴァイアサンを最高の食材に……」
オレの宣言に明らかに顔色が変わる二人。
そして、そんなオレの自信に二人も納得したのか大きく頷く。
「わかったわ。リヴァイアサンはアタシ達が必ず仕留める」
「ええ、ですのでキョウ様も大料理大会が始まるまで、その改良を行ってください」
「ああ、頼んだぜ。二人共」
二人が頷くのを見て、オレも決意を新たにする。
勝負は大料理大会。それまでに必ず成果を上げてみせる。
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