第28話「以前に張ったイベントの予定はちゃんと忘れていませんよ?」

かぽーん。


「いやー、いい湯だなー」


「ですねー、ご主人様」


「オレもいい感じに茹でかぼちゃになってきたぜ」


というわけで現在オレ達は温泉の有名なアーツミと呼ばれる国の小さな村に来ていた。

泥熱温泉と呼ばれる濁った温泉が旅の疲れを癒してくれて実に極楽極楽。


「しかし、兄ちゃん。大料理大会までいよいよひと月を切ってるぜ。ここまで新しい魔物や食材の発見はあったが勝算はあるのかい?」


「まあ、なるようになるって」


あの時、この世界の女神であるモーちゃんから世界樹の種を手に入れ、それを育てることをオレは了承した。


まあ、折角の女神様からの頼みだったので、断るのも忍びない。

それでモーちゃんいわく現在、六つの種の内、その場所が判明しているのは四つ。

一つ目はこの世界の魔王が所有している。

二つ目はヴァルキリア王国と呼ばれる国に存在する女帝が有している。

そして、三つ目がその王国の対面に存在するアルブルス帝国の帝王が持ってるとのこと。

そして四つ目の在りかが、なんとオレ達が出場する予定だった中央大陸で行われる大料理大会。その優勝者に与えられる至高の食材としてその世界樹の実が与えられるのだ。


「なんでも冒険者グループが遺跡の奥でその実を発見して、それを知らずに競売に賭けて、流れ着いた先が大料理大会の主催者の手元だったらしいからな。今回のこの優勝賞品として掲げられた世界樹の実を求めて世界各地から、名のある料理人が次々と出場を表明したほどだもんなー」


そう言ってオレはモーちゃんから聞いた情報を呟く。

結局、当初の目的通りミナちゃんを大料理大会で優勝させることがオレ達の目的にも繋がったというわけだ。


そんなわけで、オレ達は残りひと月に迫った大料理大会に向けて世界中の様々な魔物や食材を探し、それらの種を確保しては栽培をしていた。

ちなみに世界中を旅し、オレ達のいた街に戻る手段についてなんだが。


「ぱぱー!」


そういって温泉の中にざばーんと大きな波を立てて、抱き着いてくるのは銀髪の愛らしい幼女。


「わっぷ、こら、ロック。そんなに慌ててお湯に入ったらダメだって何回も言っただろう」


「えへへー、ごめんなさいー」


舌を出しながら謝るこの子。

そう、なにを隠そうオレが育てていたシームルグのロックだ。


あのあと、女神様にあってからロックの成長がひときわ激しくなっていった。

どれくらいかっていうとオレ達が住んでた小屋よりも大きくなった。

そのせいで、当初の問題でもあった巨大になりすぎると管理が難しくなるという問題に直面したんだが、その時、ロックの親であるセマルさんが訪れてロックに何か話をしてくれた。

その後、ロックもセマルさん同様に人間の姿に変化する能力を身に着けたみたいで今ではほとんどこの姿でいる。

移動の際には本来のシームルグの姿に戻ってもらって、その背中に乗せてもらっている。


ちなみにオレのことはやっぱり親だと思っているらしく、人の姿の時でも鳥の時と同じで、いやそれ以上にべたべたとひっついてくる。


「ぱぱー。この後はどこにいくのー?」


「うーん、そうだなー。オレとミナちゃんはそろそろ大料理大会に向けて準備を整えた方がいいかもしれないな」


「それがいいですわ、キョウ様。なんといっても次の大料理大会に出場するのは世界八か国から選ばれた食の勇者達が出場する大会。いくらキョウ様とはいえ準備は欠かせませんわ」


「おうおう、そうだよな。言ってしまえばフィティスクラスの猛者が七人も参加するみたいなもんだから、気を引き締めないと……」


ん?


「あら、いやですわ。キョウ様がそんなに私のことを高く評価してくださっていたなんて、このフィティス身に余る光栄です」


ぽっと頬を染めながら自らの胸をオレに当ててくるグルメ勇者。

っておおおおおいいいいい!!


「なんでお前がここにいるんだよ?! ここ男湯だろう!!」


「あら、そちらのロックちゃんやドラちゃんは一緒なのに私だけ仲間外れなのですか?」


「ロックはオレの娘みたいなものだからいいの! あとドラちゃんもマンドラゴラだから!」


慌てて飛びのいたオレにすかさずくっついてくるロックとドラちゃん。

気のせいか、二人ともすごい剣幕でフィティスを見てる。

まあ、この二人に関しては家族みたいなものだからいいんだが、だがフィティス。てめーはだめだ。


「ひどいですわ、キョウ様。一体私の何が不満なのですか……」


とそこで唐突に泣き崩れ始めるフィティス。


「いやいや! 別にお前に不満はないって! む、むしろお前の場合、家族というよりも女性として意識してしまうから問題なんだって……!」


「それはいったいどういう?」


「つまりだな、嬢ちゃん。家族と一緒にお風呂に入るのは気にならないが、アンタは女としての魅力に溢れてる。つまり異性として意識してしまうのよ。思春期真っ盛りの兄ちゃんにアンタの裸は刺激が強すぎる。そういうことさ」


おおむねその通りだがジャック。その言い方だとさらに変な誤解を与えるじゃないか。


「そういうことでしたら、ぜひキョウ様の思春期の欲望を存分に私の体にぶつけて――」


「だーっ! だから、それをやめいっちゅーに!」


こちらに近づくフィティスから逃げるようにお湯の中を泳ぐオレ。

そんなオレ達の耳に不意に誰かの笑い声が聞こえてきた。


「はっはっはっはっ。噂には聞いておったが、お主達、想像以上に面白いな」


見るとそこには温泉の湯気に隠れるように隅でお酒を嗜みながら湯につかっていた女性がいた。

艶のある黒い髪に、妖艶な笑みを浮かべた美女。


「フィティスよ。お主が見込んだ男がどれほどかと見物に来たが、いやなかなか痛快な男のようだ。確かにこれならばお主が惚れるのも納得よ」


ん? フィティスの知り合いか?

そう思ってフィティスの方を振り向くとそこには驚愕の表情が浮かんでいた。

フィティスが何かを言うより先にその人物が立ち上がり、先に名を告げた。


「おお、いかん。名乗りが遅れたな、少年よ。儂の名はカサリナ。そこのフィティスの師にして、お主と同じ大料理大会の出場者じゃ」

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