第14話「マッシュタケを育てよう」
リリィ視点
「はぁ、面倒くさいなぁ……」
ため息を上げながらトボトボと道を歩いているアタシ。
先日の会議の際にアタシの成績が下がっているとのことで兄を含め、領主様からもちょっと注意が来た。
そりゃ、わかってるけれど、本音を言えばアタシはどちらかというとスローライフな人生を送りたいのよ。
冒険とか必要な分だけ出て、それ以外は出ないのが安全じゃない。
そう考えるとキョウの生活がちょっと羨ましく思える。
自給自足が可能な魔物栽培生活。起きる時はその日の気分で、寝る時もその日の気分。
仕事と言えば畑仕事で、それも生きるためのものであり、自分が育てた魔物がいろんな糧になる。それはやりがいもあるわね。
アタシがあいつのところに必要以上に通ってダラダラしてたのも、あいつの生活に共感してたからかも。
とは言え、確かにここ最近はキョウに構っていたせいで成績が下がったのも事実、アタシだけならともかく他に迷惑がかかるのは嫌なのでここらへんで評価をあげる活動をしたいところ。
やっぱり魔物倒すのがいいのかな? あんまり不必要に魔物を殺すのも気が引けるけど。
そこで前を歩いていたアタシは、ふとジョンフレストランから出てくるある人物とすれ違う。
「今のって」
どうしてあの人がここに? そんな疑問を覚えつつアタシは来月に迫った食堂コンテストのことを思い出し、納得する。
「リリィ、この辺で一番古くて大きな樹がある場所を知らないか?」
そう言っていつになく熱い口調で問いかけてくるキョウ。
「古い樹? そうね、樹海の奥にエントの樹があるわね。多分それがこの地方で一番古くて大きな樹だと思うけど」
「エント! それは期待が持てるぞ! ちなみにエントの気性とかはどうなんだ?」
「穏やかよ。エントは魔物というよりも森の賢者ね。こちらが攻撃しない限り、反撃もしてこないし。森で迷った人間を助けたなんて話も多いわよ。冒険者の中でもよっぽどでない限りエントを攻撃しようなんてやつはいないわよ」
なにより食べられないし、と付け加える。
植物型魔物の中には根っこや、果実などが美味しく食べられる魔物も多くいる。
キラープラントが実らせる果実や、マンドラゴラなどがそうだ。
だがエントはそうではない。倒しても見返りと呼べるものがほとんどないのだ。だが。
「なるほど、危険はないどころか、むしろ好意的か。それはますます好都合。よし! リリィ、いますぐエントのいるところまで案内してくれ!」
「ええ?! 今から?」
それを聞いても、キョウはむしろやる気をみなぎらせてアタシを引っ張って、森の方へと行く。
話聞いてたのかな? エントは食べられないし、食べられるものも実らせないって言ったんだけど。
まあでも、こいつの発想はアタシ達とは違うから、なにかあるのかもしれないと、アタシはいつの間にかそれに対し期待と好奇心を浮かべ、気づくとキョウを率先してエントのいる場所まで向かっていた。
『ほっほっほ、なるほど。面白い頼みごとをしてくる人間じゃ。儂も千年生きてきたが、お主のような変わったお願いをする人物は初めてじゃ、よかろう。好きにするがよい』
「ありがとうございます! エント様!!」
目の前では巨大な生きた大樹であるエントが愉快とばかりに笑い、それに対して頭を下げてるキョウがいる。
キョウの頼みごとはアタシも一緒に聞いていたけれど、やっぱりよくわかんない頼みだった。
それで何かができるのかしら? けれど、アタシの疑問はよそにせっせと作業を行っているキョウ。
やがて、それが一通り済んだかと思うと、未だ疑問符が浮かべているアタシに対し、自信満々の笑みを浮かべる。
「まあ、見てろって、ギリギリ一ヶ月以内に成果を見せてやるよ」
それはマッシュタケが成熟するまでに必要な日数であった。
「すごい……なにこれ……? これが本当にマッシュタケ……?」
「すごい香ばしいです。まだなにも調理していないのに素材そのものから高級感溢れる匂いが漂っています!」
アタシとミナの感想を前にどうだと言わんばかりに胸を張るキョウ。
いや、けれどこれは本当に胸を張っていいレベルだわ。
「正直成功するかどうか確率は半々だったんだが、うまくいってよかった。恐らくこれがこの世界で唯一の高級マッシュタケ、松茸ならぬエントタケだ!」
エントタケ。そう、あの時、あいつはマッシュタケの菌をエントの樹ではなく、その根元近くの地面に植えていた。
マッシュタケはキノコ型の魔物であり、彼らは生物の死骸や樹木の死骸などから発生する。
いわゆる死骸の分解を早めるために自然が作り出した益魔物だ。
このため、彼ら自身も成長してから自律行動を行うが、基本的に無害。
人間が襲ってきた場合にのみ、あくまで自衛のために反撃する程度の本能しか持っていない。
だが、言ったように彼らの役割は動植物の死骸促進のために、そこから発生する魔物だ。
よく地面の中からマッシュタケが現れると勘違いされているが、それはありえない。
だから、最初はあいつが地面に埋めていた理由がよくわからなかったけれど。
しばらくしてから、あのエントに会いにいくとなんと根元付近からこのマッシュタケが生えていた。
「昔、キノコの特番見てて、その時にキノコには腐性菌と菌根菌の二つがあるって知ってな。恐らくこの世界のマッシュタケは全部、腐性菌だと思う。けれど、マッシュタケは環境によっていろんな種類のキノコに育つ。なら、もしかしたら菌根菌もいけるかと思ったが、見事にビンゴだったぜ!」
腐性菌と菌根菌とよくわからない単語を使っていたけれど、多分腐性菌が動植物の死骸から生まれるマッシュタケってことかな?
ということは菌根菌というのが。
「松茸は菌根菌ってのをその番組を見てて覚えててよ。なにしろ味覚の王者って呼ばれてる松茸だぜ? そん時は素直にへえーって思って印象に残ったんだよ。ま、いずれにしてもミナちゃん。こいつを使って料理してくれ!」
言ってキョウはエントタケをはじめとして、キラープラントの果実、ジャック・オー・ランタン、デビルキャロット、コカトリスの卵と肉とふんだんな食材をテーブルに広げた。
「うん! うまい! このコカトリスの肉のキラープラント果実のソース漬け、相変わらず絶品! なによりもやっぱり想像以上にこのエントタケがいい味出してる!」
あのあと、ミナがエントタケを調理し、その独特の香ばしさを損なわないよういろいろ試行錯誤した後、吸い物や、焼きタケとして出してくれた。
味は普通のマッシュタケとは比べ物にならないほど濃厚だが、なによりの違いはこの風味。
あまりの香ばしさにそれほど空いていなかったお腹が鳴り出し、匂いを嗅いだ瞬間、思わず出された料理を全部食べたくなった。
いままで料理に関しては味が第一だと思っていたけれど、これほど嗅覚を刺激されることで味覚まで変化するとは思っていなかった。
前に食べたコカトリスの肉や卵が数倍の美味しさに感じる。
「ありがとうございます! でも、これも全部キョウさんのおかげです! これはもうそこらの高級素材に全く引けを取ってません!」
「ああ、だな! これでミナちゃんのところの勝利も確定だ!」
「いいえ」
そう言って喜ぶふたりだったが、アタシはあえて口を挟んだ。
なぜなら、知っているから。これではあいつには絶対に勝てないことを。
「このままでは負けるわ。次の食堂大会。あいつに――グルメ勇者には勝てないわ」
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