第9話「マンドラゴラを育てよう①」

「というわけで今度はマンドラゴラを育ててみようと思う」


「マンドラゴラ?なんでまた?」


とオレの目の前で疑問の顔をあらわにするリリィ。

あれから気づくとリリィはよくここに顔を見せるようになり、今では真昼間っからオレの住んでるボロ小屋の木作りの机の向こう側に座って頬杖をついてる。

そういえばこいつ冒険者だよな?詳しい職業聞いてないけど、こんな昼間っからこんなところで暇してていいのか?


「実はついさっき街の露店でこいつを買った」


そう言って机の上にばら撒くのは数個の種。それを怪訝そうな顔で見るリリィ。


「露店のおっさんが言うには世にも珍しいマンドラゴラの種だそうだ。売れ残っていたらしく、なかなかいい値段で買った」


「アンタ、そんなの買う暇あったらまずこのボロ屋の修復からすれば?」


そうツッコミを入れるリリィをオレは華麗にスルーする。

そう、あれからジャック・オー・ランタンの栽培がうまくいき、今ではミナちゃんのところでいい値の取引が出来ている。

と言っても向こうの経済もまだ厳しいらしく、そこまでのお金をオレももらってるわけじゃないが、少なくともこれでこの世界で暮らすには十分なお金は手に入ってると思う。

そこでオレが手にした金の新たな投資口は、そう!あらたな野菜あらため魔物の購入!

このままオレは自分の畑で様々な魔物を栽培して、この世界における開拓者の一人となろう!


「どうでもいいけど、マンドラゴラはあんまりおすすめしないわよ」


しかし、そんなオレのやる気に水を差すようにいつもの乗り気がないリリィ。


「なんでだ?もしかしてマンドラゴラはまずいのか?」


「そんなことないわよ。むしろ美味しい、どころか、冒険者でも滅多に見つけられない貴重品よ。実際、ジャック・オー・ランタンの百倍以上の価値があるわよ」


マジかよ。とんでもない値段じゃねぇかよ。これは育てない選択肢なんてないだろう。


「でも、あんまりおすすめしないわよ……特にアンタには」


「なぜだ?もしかしてあれか?抜いたら叫んで死ぬからか?」


と、オレはここで地球に伝わっているマンドラゴラの言い伝えを思い出す。

マンドラゴラ。それを人型の根をし、それを地面から引き抜くとその際に叫び声をあげ、それを聞いた人物は死に至るというものだ。

ファンタジー世界の定番でもあり、やはりこの世界でもマンドラゴラはそれほど危険ということなのだろうか?

と思っていたが、リリィは首を横に振る。


「いや、別に叫び声を聞いても死にはしないけど……」


「じゃあ、問題ないだろう。オレはやるぞ。ちょうどこの間、一部収穫の終わったジャック・オー・ランタンゾーンに空きが出来たからな。そこにまずは試しに一個育てる。その後にちゃんと収穫できるのを確認したら、そのままマンドラゴラを栽培する」


オレのやる気にとうとうリリィの方が根負けしたのか「じゃあ、お好きにどうぞ」と譲る。

一体リリィはなにをそんなに気にしてるんだ?






なるほど。わかった。そういうことだったのか。

今、俺の目の前には無事栽培に成功し、成熟したマンドラゴラがある。

ああ、もちろんすでに地面から抜き済みだ。

その際、叫び声もあげた。が、オレの想像とは異なる叫び声のリアクションだった。というのも。


「ひ、ひっく……や、やめてください……ご、ごめんなひゃい……ごめんなひゃい……あ、謝りますから、ゆるひてくだひゃい……お、お願いします。な、なんでも、なんでもしますから、命だけは……こ、殺さないでくだひゃい……」


今オレの目の前では頭に立派な草の生えた手のひらサイズの全裸の幼女がマジ泣きしながら懇願している。

おい、こんなの聞いてないぞ。予想よりもがっちり人型じゃないか。しかも可愛らしい。

マンドラゴラって言ったらもっとこうかろうじて人の顔してるかどうかの不気味な感じで、明らかに魔物魔物してるやつだろう。

誰だこんな妖精チックなデザインにしたやつは!


「お、お願いします……もう叫んだりしませんから……殺さないで……殺さないでください……」


しかもこの子、オレに抜かれるや否や、オレを見ると絶叫してその後はこうして必死に懇願してくる。

いやまあ、オレも首落とす気満々で片手に鎌持ってたけど、これはちょっと予想外すぎる。


「だから言ったでしょう。その子達って基本は無害でむしろその子達を見つけるたびに引っこ抜いては殺す冒険者が多すぎて、逆にその子達は人間に怯えてそうやって懇願するのよ」


「……な、なあ、素朴な疑問なんだけど、これ殺さないとやっぱ食料には出来ないよな?」


「当たり前でしょう。マンドラゴラは体の部分はとても美味しいけれど頭はそうでもないからね。普通は切り落としてから調理するわ。それでなくても生きたまま調理とかそっちのほうがえげつないわよ」


おっしゃる通りで。

あかん、そんな会話してたら目の前のマンドラゴラがマジで怯え切った目で泣いてる。

うーん、さすがにこれは無理だわ。

相手が自我もない叫ぶだけの魔物のほうがまだマシだったわ。こんな必死に殺さないでと懇願する見た目ただの少女を殺すなんて出来ねぇよ。

リリィが言っていた意味はこういうことか。


「あー、安心してくれ、アンタを殺す気はない。というかさすがに殺せないっしょ」


そんなオレの言葉にわずかに安心したのか、しかし困惑の色が大きいマンドラゴラ。


「え?でも、私を食べるために……育てたんじゃなかったんですか?」


「最初はそのつもりだったけどさ、さすがに君の姿を見たら殺す気にはなれないよ」


オレだってできることなら殺生はしたくない。生きるか死ぬかの瀬戸際ならともかく、今はそれなりにちゃんと生活できてるんだし、それでこんな懇願してくるような生き物は殺せないよ。


「相変わらず兄ちゃんは優しいな。オレならいつでも兄ちゃんの料理になってもいいんだぜ」


うん、そう。言い忘れていたけど、あれから自我持って成熟したジャック・オー・ランタンはオレにとり憑いたかのように隣をふよふよ浮いてる。

枝から切ればなんとかなるかなと思ったら、そのまま浮遊して自律行動してきたので、もう無視することにした。

必要ごとに「オレを食べてくれ」とうるさいが、誰がこんな人格しっかり持ったかぼちゃ食べるか。


「あ、あの、じゃあ、私は……?」


未だに困惑しながらもすがるような瞳のマンドラゴラにオレはため息と共に宣言する。


「好きにしていいよ。オレは君を殺す気はないし、ここにいたいならそのまま庭に住んでていいよ」


オレのそんな答えにマンドラゴラは今度は嬉しさの涙をこぼしながら必死に何度もありがとうと言ってくる。

別に感謝されるようなことはしていないんだが、どこかこそばゆい感じがして照れる。

そんなオレを後ろからリリィはこうなることが分かっていたのか苦笑しているのが雰囲気で伝わった。

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