中編:いっしょにいましょ♪……の跡地!
――女子400メートル走。
On your mark! Set!(位置について、よーい)
パンッ!
雪菜は4コースで出だしでは中盤につけた。
「姉ちゃん……」
翔太は手をぎゅっと握って祈るような気持ちだった。
「ユキナーがんばれー!」
「ユキナーファイトー!」
律子と香奈の二人は観客席の柵の上から身を乗り出して大声で声援を送っている。
『ううん、これが最後の試合だからね~、全国行けなかったら三年生は終わりなの』
そう両親に言ったときの姉はちょっとだけ寂しそうだったかも知れない。
父さんと母さんは急用とはいえ応援にすら来ることが出来なかった。
第一コーナーに選手全員が差し掛かり、雪菜を含め他の選手も未だ団子状態だった。
もしこれで最後になるなら。応援くらいしても良いか。
翔太は決めた。
「姉ちゃん――」
少し声が震えて大きな声が出ない。
息をすっと吸い込んで、
「頑張れー!!」
大きな声で声援を送った。
前の二人が振り返って微笑む。
トラックを走る雪菜にもその声援は届いただろうか――
と、後半、他の選手達が疲労からか失速していく中で、ぐんぐん雪菜だけがスピードを加速していき、他を圧倒してなんと県大会女子400メートル走で一位を獲得した。
他の部員と女子陸上部の先生と抱き合って喜んで居る様子がここから見える。
「あれ、なんだよ……余裕だったのかな」
大きな声を張り上げて声援を送ってしまった翔太は急に周りの視線と、主に目の前に居る二人の女子の視線が気になり恥ずかしくなってしまった。
「ヒュー! ユキナやるぅ~ 県で一番とかすごいじゃん! ね、翔太クンの応援あってこそだと思うよ、照れない照れない!」
気軽に言ってくれる律子さんのおかげで少しは間が持つが、他の応援席のお客さんからの視線が恥ずかしいです。はい。
「翔太くん、あんな大きい声出せるんだね! まぁ身体が大きいし、男の子だもんね。ちょっとわたしびっくりしちゃったけど、それでもユキナにも届いたんじゃないかなー、あー、応援に来た甲斐があったレースでしたっ」
香奈さんもフォローしてくれてるみたい。
ちょっと恥ずかしいことには変わりないですけど二人に言ってもらえるといくらか楽です。
「あの、ありがとうございます。勢いっていうか、なんていうか、姉ちゃん試合前にこれで最後になるかもーとか言ってたから、つい。でもこんな圧勝なんて。元からスポーツ馬鹿だし、応援無くても余裕だったのかも知れませんね」
「あはは、たしかにあの子はスポーツ馬鹿よねぇー、こんなに身内で応援してくれる人も居るってのに気遣いたらんし~」
「りっちゃん笑いすぎ。でも解るような気もしますけど。後で本人が来たらどれくらい余裕だったのか聞いてみちゃおう?」
うんうんと頷き後続の競技は未だ続いてるので、律子と香奈は元通り翔太を挟んで両隣に座る。
なんで片方に二人じゃないんだろうかと、今更になって気にしだしてドキドキしてきたが、ものの十数分で雪菜が現れたので夢の時間は終わってしまったかに思えた。
「おーっす、りっちゃん、カナちゃん! 応援ありがとねー! 来てくれてたんだー!」
「ユキナー! おめでとー! おかえりー!」
「ユキナちゃんおめでとう!!! 県大会一番! すごーい」
汗をタオルで拭きながら、短距離走のユニフォームのまま雪菜は応援席にやってきた。
「いえいえ、本気を出せばざっとあんなもんですよ! あ、翔太、いい席じゃーん? 翔太“も”応援ありがとね。ちゃんと“三人とも”応援聞こえてましたよ~」
「え、聞こえたのかよ、こんなに離れてるのに?! うわ、はっず……」
「でへへー今更遅いのであーる。翔太きゅんの声が一番大きかったのであーる。まぁ400なんてあんまり応援しに来る人居ないじゃん~、それに8人くらいしか一緒に走らないしさー、それに走るときすごく集中するから余計自分のこと応援してくれてるんだっ! っていうのは気付いちゃうのよねー」
ふぅ、と一つ前の段の席に腰掛け雪菜は後ろを振り返って続けた。
「あれ、お父さんとお母さんは?」
「ああ、二人とも急用で来られなくなっちゃってさ、これ、弁当だけ渡されたんだけど、俺しか来られなくて、ごめんな姉ちゃん」
と下に置いてあるお弁当の包みを指してそのまま目線を下げて翔太は謝った。
「そんな、いいよー、二人とも忙しい人だからさ、それよか翔太、よく来てくれたじゃーん。それだけで感謝感激! さらにりっちゃんとカナも、来てくれちゃって感謝感激雨あられ!」
両手を合わせて二人プラス翔太を拝む雪菜。
「なんじゃそりゃー、それにしても、見事なレース運びだったわね。ユキナさん余裕でした?」
律子が問う。
「いやー、三人の応援が耳に入ったから頑張ろうって思っただけでして……」
今度は雪菜が若干頬を赤らめて照れている。
「ユキナ応援聞いて頑張ってくれたんだ! よかった!」
にこにこと香奈が言うとちょっと頷いて二人して微笑み合っている。
「ねえちゃん、部活の方は? こんなとこ抜け出してきちゃって大丈夫なのかよ?」
「そういえば確かに。前園先生に怒られるんじゃ」
陸上部の顧問は鬼の前園と呼ばれ高校でも恐れられている先生だった。
「いやいや、表彰式は最後だから午後の試合が一通り終わるまでいったん解散になったのよ~、皆お弁とたべに言ったり休憩したり、ほら、あそこも家族が応援に来てるみたいだから家族のところ行ったりだよ」
あそこと雪菜が指さした先には男子生徒の選手とその家族らしき一段が応援に来ていた。お手製の旗まで持ってきている念の入れようだ。うちより上が居た。
「ありゃー、3組の正木くんちだね。大家族らしいからねぇ」
姉は独りごちている。
「応援も、大人数の方が盛り上がるもんね」
香奈は楽しそうに言う。
「ふふ、そんなことないよ、少数精鋭でもパワーは頂けますからー! それより翔太! おなかへったようー お弁当食べよう」
「あーまーそろそろ昼時か、てかまずコレ。なんか母さんが渡せっていってたスポーツドリンクだか青汁だか得体の知れない水筒」
とごそごそと取り出し水筒を姉に渡す。ぎょっとした顔で姉はおそるおそる受け取り飲んでみたようだが、意外にもイケるものだったらしく一安心。
翔太がお弁当の包みを膝に載せ、他の二人も目を輝かせているので、
「もともと、四人分だったから、あの、良かったら律子さんと香奈さんも食べて下さい、っていうかうちら二人じゃ食べきれる量じゃないし」
パッと二人が笑顔になる。
「え、いいの! お昼どこかに買いに行こうかと思ってたんだけど」
「いつもすみませんー。また翔太くんに甘えるようなことになってしまって」
「いいのいいの、二人とも応援してくれたお礼! 私からも食べてってって言わせてよー」
雪菜は二人の手を取りぶんぶん振る。
うんうんと頷き二人も一緒にランチを食べることにしてくれたようだ。
なぜか配膳係はいつものように翔太で、淡々と箱を開封して小皿やらを配り始める。母は今日はかなり手を掛けたようでお弁当にしちゃ少々豪華だった。いわゆる運動会弁当よりも豪華なくらいだった。
「あとこれー、母さんもう一本水筒わたしてくれたんだけどさー、野菜のスープ? ミネストローネって言う感じらしいんだけど、ちゃんとコップも4っつあるから、お二人も飲んで下さい」
「うわ、すごーい。お弁当なのにスープ付きなの!? ユキナのお母様ってもしかして料理得意?」
香奈は喜んでる。
「う、うん、そりゃぁ、私よりは。なんかスポーツって汗掻くじゃん、だから塩分補給にはスープがいいに決まってるじゃなーいとかいって、あ、大学の栄養学の先生だからサ、こういうのやたらこだわるんだよねー」
雪菜も翔太からコップを一つ受け取りつつ嬉し混じりに応じた。
「すげー母ちゃんだなぁー。しかしそれをせっせと配ってくれる翔太クンもすごいが」
へ? と言う顔をする翔太。本人当たり前の事だと思ってやっているようだ。
「ありがとう!」
律子にもコップを配る。
「ありがとー」
香奈にコップを渡したときちょっと指と指が触れてしまったが、香奈はふふふと笑顔で居てくれた。翔太は内心かなり焦ったが問題なかったらしい。
「それではいっただっきまーす!」
主役の雪菜が元気よく声を上げてランチタイムが始まった。
雪菜はよく食う。
お弁当が4人前でちょうど良かったと翔太は思った。
その身体のどこにそんなに入るのかと言うくらいの勢いでガツガツいっている。
「ユキナーよく食うねぇー、学校だとお昼控えめなのに~」
「ん? そうかなー、今日は運動したからね! 特別特別」
「いっぱい食べるユキナなんか可愛いな~。ね、翔太くんもそう思うでしょう?」
「え、まぁ。よくせっかくゲストも居る前でバクバクとできるなーとも思いますが」
「ん! 確かにそうよね、二人とも遠慮しないで食べてってね!」
「うん、いただいてますよー」
「このスープとっても美味しいね。ユキナー、はだめか、翔太くん、今度お母様からレシピ聞いて教えてもらえないかな。わたし家でも作ってみたくて」
「わ、だめかですって!? まぁ、翔太にゆずりますけどぉー。料理は範疇外~」
「ははは、おにぎり食べながら言っても説得力無いってユキナ」
「え、ええ、俺で良ければ、聞いておきますね」
どぎまぎとした返事しか出来ないのがもどかしい翔太だったが。
「ありがとうございます。よろしくね~」
と香奈に言われて照れ笑い。
へへへ。
「はい」
「あ、なに翔太鼻の下伸ばしてんのよ。まったく、カナが可愛いからってデレすぎ」
「な、姉ちゃんは二言三言多いんだよ」
仲良し姉弟めーと律子はニヤニヤしている。
「姉ちゃん、この後は? 一回選手達で集まるんだよね」
「うん、表彰式もあるしね、応援の人たちはお昼も済んだら帰っちゃうんじゃないかな」
「そっか、ユキナと一緒に帰るワケには行かないよねー。うし、私たちも、ご飯をいただいたら撤収するとしましょう」
「翔太くんもそのまま帰るの?」
「えっ、俺は、まぁお弁当の食器、来る途中競技場の横にバーベキュー広場あったし、洗えたら洗ってから帰ろうと思ってますが」
「偉いっ! わたしも手伝って良い? だってせっかくいただいちゃっただけじゃ申し訳なくて。それに翔太くんいつも私たちに気を配ってくれてるし」
「じゃ、あたしもてつだおーっと」
律子もぶっきらぼうながらやる気はあるようだ。
「はむはむ、翔太、二人に迷惑かけんじゃないわよ!」
「ねーちゃん食べながら喋んない。了解ですよー」
ごちそうさまでした
と四人が箸を置く。
翔太が食器を集め片付けていると、雪菜は席を立って部活のところへ戻るという。
「じゃぁね、翔太、お昼ありがとう。ほんとはお父さんとお母さんも来てくれると良かったんだけどね、まぁ全国でお会いしましょうって事で」
「俺に言ってどうするよ。表彰式は、見てかなくっていいのかよ?」
「いいよいいよ、まだ競技自体時間かかるし、遅くなっちゃうからさ、カナちゃんとりっちゃんがいるなら帰り早いほうがイイし。二人も気をつけて帰ってね」
「うん、ユキナおめでとうね!」
「いってらっしゃーい! 転んで怪我とかしないようにね~」
「じゃ、先帰ってるわ姉ちゃん」
「うん、ばいばーい」
雪菜はあれだけ食べたのにもう消化したのか足取りも軽く、自分の高校の生徒達が集まってるところに向かって歩き出した
「ふふ、ユキナ元気いっぱいだねー、一位取ったのにまだ有り余ってるような」
「なかなかすごいお姉さんね」
「ですよねー、よっと、こっちも帰りますか」
お弁当箱の包みを持ち上げて翔太も腰を上げつつ二人に問う。
「うん、ごちそうさまでした」
「ほんとに、ごちそうさま、ありがとうございました」
「いえいえお粗末様でした」
翔太達三人は競技場の応援席を後にしバーベキュー広場の方へ向かった。
「あ、翔太クン、あそこじゃない?」
律子が指摘する方に解放された炊事場があった。
「あ、自由に使えるみたいだ。ここで洗ってこう」
翔太が荷物を洗い場に置き二人とてきぱきと分担して洗い出す。
翔太はいつものことなので手際が良い。
律子も大家族で慣らされてるのか洗い物など何のその。
香奈はというと若干おぼつかないてつきだがなんとかといった感じ。
それでもたった4人分の食器なのであっという間に洗い終わってしまう。
水を切って、お弁当と一緒に持ってきていた布巾で軽く拭けばもうピカピカ。
ちょっとの差で翔太と律子の分が終わってしまうのが、香奈の分より早かった。
すると翔太が一応気を利かせて、
「カナさん、手伝いますよ」
とお椀を手に取りカナの横について洗い出す。
「あ、翔太くん、ありがとう、もうりっちゃんもおわっちゃったんだ。ごめんなさい、わたしとろくて……」
「いえいえ、綺麗に洗ってくれてるだけです。ありがとうございます、残り半分引き受けますよ」
「うん」
割とスムーズに半分を引き受けることを引き受けられて良かったと翔太は思ったが、ふと横に立つ香奈の顔が眼に留まり、一生懸命洗い物をする手を見てたら見惚れてしまっていたようで。
「ん? 翔太くん。どうかした?」
と香奈に問われて我に返る。
「あ、いえ、えっと、カナさんの洗ってるとこみてたらなんか綺麗だなって。あ、食器がとかじゃなくて、カナさんが」
テンパって答えてしまったので的を射たつもりは無かったが。
香奈も急に言われて恥ずかしくなってしまい手に持っていたスプーンをカチャリと音をたてて取り落としてしまった。
「翔太クン、意外と大胆ね~」
様子をそっと見守ってた律子がぽろりと漏らす。
「りりり、りっちゃん! 翔太くんも! もう、なに言い出すのよー」
「す、すいません変なこと言っちゃって!」
照れ隠しから黙々と洗ったので一瞬で洗い終わってしまう。
「あ、コレで全部ですね。ありがとうございました」
ぎくしゃくとした動きにならないよう心がけながら翔太は後片付けをし、食器を仕舞った。
「ふぅ……じゃあ、帰りますか。」
いっぱいいっぱいの気持ちからついたため息の部分は、香奈のため息と重なる。
二人して変に緊張してしまったようだ。
それからは無言のまま競技場を後にして帰りの電車に乗る。
三人は最寄り駅は同じなので競技場の近くの駅から降りる駅までは一緒だった。
妙に照れくさくなってしまって翔太が二人に話しかけるのを躊躇っていると。
先に空気を察したのか話しかけたのは律子だった。
「ねぇ、翔太クン、カナ、せっかくお昼いただいちゃったし、お礼ってことで、私に付き合ってくれないかな?」
「え、りっちゃん、私だってお礼したい方の側なのだけど……」
香奈は慌てた風で律子が何を考えているのかを考える。
「ああ、カナそんな構えるほどのことでもないヨ。ちょっと付き合ってくれれば解るって! 駅前の商店街で事足りるからさ~ ネ、お願い! 翔太クンも!」
大げさに笑って香奈の肩をぽんぽんたたきながら翔太にお願いのポーズをしてくる律子に翔太も頷くしかない。
「ええ、そんなお礼なんて良いんですけど、そこまで言って下さるなら」
三人の最寄り駅で降り律子に先導されて後をついて行くと、そこにあったのは古びた肉屋だった。律子は常連のようで、店員のおばちゃんに気さくに話しかけると。
「おばちゃん、コロッケ3つね! できたてのお願い!」
「あいよー! りっちゃん今日はお遣いじゃ無くてお友達とかい? 珍しいね~」
「ふふ、そうなの~」
「じゃぁ、べっこに包んであげようね、はい3つで180円ね~」
「はい」
律子は受け取ったコロッケを二人に差し出す。
翔太と香奈が受け取る。
「ここねー、あたしがよく来るお店で、揚げたてのコロッケが美味いんだー! 今日のお礼! ね、身構えるほどでもないでしょ」
にしし、と笑って微笑む律子も先ほどの香奈と同じくらい可愛いし、綺麗なお嬢さんでそんなのと一緒に居れる翔太は意識しないではいられなかったが。
「あ、ありがとうございますっ、あつっ」
受け取ったコロッケが意外と熱かった。
「あら、あつあつだから気をつけてねーお兄さん」
おばちゃんが心配して声を掛けてくれた。
「りっちゃん、ありがとう」
「いいえいいえ、カナ、あんまり帰りに買い食いとかしないタイプじゃん? お休みなんだしたまにはさ、コロッケくらいいいでしょう?」
「うん、りっちゃん家からだとこっち遠回りなのにわざわざありがとうね」
「いやいや~、あ、ほらほら、そんなこと言ってるうちに冷めちゃうよ! 食べて!」
律子に勧められて、商店街を抜けながらコロッケにぱくつく。
「ん! このコロッケうまいー! そういえば俺もあんまり帰りがけに買って食べたりはしないからかな…… すごいおいしいです」
翔太も口が綺麗な方なのでこうなった。
「でしょでしょー? はむ」
律子は満足げにコロッケにかぶり付きながらまだ神妙な面持ちでコロッケを見つめたままの香奈を見る。
「あ、歩きながら食べるなんて…… でも、おいしそうだし、えい」
香奈には食べ歩きするのにはかなりの勇気がいるようだったが、二人が食べる様を見て自分もとコロッケをかじってみた。
「あ、すごいおいしい」
「ふふーん。カナちゃんもこれで仲間だねー、あんまさ、カナってこういうことするイメージ無いから大丈夫かなって思っちゃったけど」
「ううん、まぁ、初めてだけど、美味しいですし。ありがと、りっちゃん」
少しづつだが香奈もコロッケを食べる。買い食いに慣れてないのか、外で歩きながら食べることに慣れてないのかおっかなびっくりな様子が翔太からはすごく可愛く見えた。姉の友達としては見てたが、律子と香奈の距離感は図りかねてたのでこのやりとりをみてなんとなく解った気がした。とりあえず二人はとっても仲が良いようだ。
美味しいコロッケを食べ終わり、
商店街を抜けたところでそれぞれ帰路につくことになり、
駅の向こう側の香奈と律子とはここで別れることになる。
「今日は姉の応援ありがとうございました」
商店街の終わりで歩みをとめて改めて翔太は礼を言った。
「ううん、こっちこそお昼ごちそうさまでした」
律子が丁寧に頭を下げる。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
香奈も頭を下げてから、
「あ、スープのレシピ、お願いしますね」
「ああ、はい。今度までに聞いておきます」
今度があるっていうのがちょっと嬉しい。
「じゃ、また!」
翔太が手をあげると
「またね」
と二人も手を振って返してくれた。
姉の友達なのだけど、これでは翔太の友達のような感じもする。
その感じが翔太にはとても嬉しかった。
――二人の帰り道。
律子と香奈は翔太の家からは駅の反対方向だが途中までは道が同じなので、もう少し一緒だった。
「カナ~、コロッケ美味しかったっしょー」
律子は食べ終えたコロッケの紙包みを覗きかけらをぽんぽんと口に入れながら香奈に話しかける。
「うん! わたしああいう、食べ歩き? 買い食いかな? あんまりしたことなかったから。それにできたてだったし! すごい美味しかったよーりっちゃんありがと」
香奈は食べ終えたコロッケの紙包みは綺麗にたたんでポケットにしまっていた。
「うへへー、あそこのはとっておきなんだよねー、あんま友達にも教えてないんだけど、まぁ、カナと翔太クンならいっかっておもいましてー」
にこにこ顔の律子はとても満足そう。
「ふふふ、ほんとにありがと! りっちゃんも翔太くんのことお気に入りなんだね!」
「! ややや、そういう意味ではなくてっ! カナ、心配しないでよっ?!」
「あらら? どういう意味よ、うん、大丈夫。心配してないから」
「ふぅ。にぶちんのユキナとは違ってそういうことに鋭いカナを敵に回すのは怖いんですよ……」
「あはは、りっちゃんてば、たぶん、りっちゃんの翔太くんのお気に入りはほんとーに弟君って感じなんでしょう?」
「うん、そう」
「だと思った」
「でも、カナの翔太クンのお気に入りは、『綺麗だな』って言われてビビビってきちゃうお気に入りなんでしょ~?」
語尾をつり上げて香奈の顔をのぞき込むようにして律子は訊いた。
「うう……、そう、だと、おもいます」
最後の方は消え入りそうになって顔を真っ赤にして白状する。
「うふふー、いいなぁ、カナ。うまくいくといいね! 私も応援しちゃうからね」
「ありがと。でもなんだか、ユキナにもりっちゃんにもバレバレでわたし恥ずかしい」
「そんなこと無いってー! それに照れてるカナもかわいい! かわいいは正義!」
「もーやめてよー」
「でもさ、ユキナは全国決勝だし、あたしたちこれから受験だなんだも控えてるじゃ無い? そういうことは早め早めに動かないとだめよね! あたしも気合い入れてサッカー部の村井君に告ってみようかな!」
「わ、りっちゃん爆弾発言」
「焦るなと言われるほど焦るもんですもの、いざっていうときは勢いも大事なのよね。そだなー、カナとあたしでどっちが早いか競争するとか~」
「え! え、え、そんなの急にこまる!」
「冗談よ! あはは、いまのカナの顔! 良い感じのリアクションだったわー。でも半分マジだかんね。あたしまけないもーん」
香奈は組んだ指先に目を落として一瞬考えてから、
「わ、わたしもまけないもん」
と控えめに対抗宣言をした。
「お、おー! こりゃー大きな魚を釣り上げちゃったかしら? どうなるかたのしみだね! おっとあたしも人のこと言ってられないんだけどね。きゃー村井君に告らなきゃー」
一人でうっとりまなこで腰をくねらせてる律子を横目に、組んでた指を拳に握り直して気合いをこっそりと入れる香奈だった。
頑張らなきゃ。
――その日の晩の青山家。
「でね、でね。私ぶっちぎりで一番だったの! これ金メダルよ! すごいでしょー お父さん!」
雪菜は晩も遅くなってから帰ってきた父と母に絡みついて今日の戦果を報告していた。
ホントは応援来て欲しかったから、アピールも派手なんだろうなと翔太は思いつつまぁ仕方ないかーと放置していた。
「あのね、翔太も頑張れって応援してくれたんだよ! すごいうれしかったの! お母さん!」
ぶっ! っと吹き出しそうになってしまった。
なに恥ずかしいことぶっちゃけてるんですかい。
「ね、姉ちゃん?! 恥ずかしいからそこんとこ詳しく話さなくていいからね!」
「あらあら、翔太は私たちの代わりに雪菜の応援に行ってくれたんでしょう。大きい声で応援してくれたんならそれはお姉ちゃんの力になったでしょうよ。照れること無いじゃないね?」
母の冷静な指摘。
「そうよ、わたしすごい嬉しかったんだから。それにりっちゃんとカナちゃんも応援に来てくれてね! 一人で走ってるんじゃないなーって思って」
「皆の力で走るかーいいじゃないか、雪菜。全国は父さんも有給とって応援行くからな! 7月だったよな! 楽しみだなー」
「ありがとーお父さん!」
ぴょこぴょこしながら父にくっついてる18の姉の姿は可愛らしい。まぁよその家庭じゃあんまりない光景なんだろうなーと思いつつもこっぱずかしい。
数時間経って、翔太はそろそろ寝ようかと部屋のベッドの上でごろごろしながら数学のテキストを開いていると、ドアをノックする音がする。
「翔太ー、起きてる? 入ってもいい?」
まぁ姉ちゃんしかいないでしょうね。と思い返事する。
「うんいいよー」
黄色のパジャマ姿の姉はちょっと気恥ずかしいらしく、こっちみんなみたいなオーラを発している。
「あ、あのー、座ってもいいかな」
偉いよそよそしい。
「どぞー」
翔太の部屋にも姉の部屋同様クッションのチェアがあり座卓がある。遠慮がちに女の子座りで座ってから姉が翔太を見つめる。
「翔太、今日、ホントありがとうね! お父さんと、お母さん、急に来られなくなっても、翔太は来てくれて、とっても嬉しかったんだ」
部屋に入ってきた姉の方からふわりと優しいシャンプーの香りがしている。それに姉の目は今まであんまり見たことないくらい柔らかい視線だし笑顔だった。ちょっと気を抜いたら姉といえどドキリとしてしまいそうな感じだったので翔太は居住まいを正して、ベッドの上にあぐらを掻いてから答えた。
「なるほど」
「え? なるほどって?」
「いやー、父さんと母さん来れなくなってさ、姉ちゃん結構へこんでるかとおもってたからさ、そうでもなかったんだなって」
うん、と大きく頷いてから姉が続ける
「翔太のおかげだよ。勝てたのも、あ、りっちゃんとカナちゃんのおかげでもあるけどね。それでも、家族が応援に来てくれた! って思ったから私頑張れたの! 翔太にちゃんとお礼したいなって思ってたから」
と、そこまで言ってなんかめちゃくちゃ照れて赤くなってる。
「ね、姉ちゃんらしくないような。なんだよこのシュチ? いわゆる純愛系だったら一線越えちゃいますよ的な流れじゃんか!」
と、冗談交じりで言ってみたのだが。
「な、なによぅ。こっちはホントに感謝したから言ってるの! 一線は越えませんわよ! 残念賞!」
なにが残念賞なのかは解らないが。
「う、ふーん。まぁ、気持ちはありがたくいただいておきます」
「そ、そうよ、それでいいのよ! あーもう、恥ずかしかったぁぁぁぁー」
姉としては精一杯の行動だったようで顔を両手で覆っている。
「ふふ、そういや、姉ちゃんにこんな感謝されたこともなかったかな。姉ちゃんお礼とかいうの、いや、対象が俺だからか? やけに照れたのは」
「そうに決まってるでしょう! 弟なんだから! こういうの言いにくいじゃんか!」
まだ顔を両手で覆ったまま応えてる。
ひょいとベッドから立ち上がって、ぽんぽんと姉の頭をなでてやる。
「ま、ありがとう、雪菜お姉ちゃん」
こっちも照れるがリアクションが思い浮かばなかったのでこうしてしまった。
「うー、弟に頭なでられて嬉しいなんて! もう!」
と言って勢いよく姉は立ち上がり、仕返しとばかりに一回翔太にぐいっと抱きついてから部屋を出ていった。
姉より20センチ近く身長が高いからだが、それでも胸の柔らかい感触がお腹のあたりにしたので翔太は気が気じゃ無かった。
「! 今のはヤバかったな……柔らかかったし……大きかったし」
しばらくオカズには困らなそう、というかそういうのをオカズにするもんじゃ無い! と頭の中で大声で叫んでいる翔太だった。
* * *
――忘れないうちに母にスープのレシピを訊く翔太。
「あ、母さん、こないだ姉ちゃんの競技会に行ったときにスープ持たせてくれたじゃん、何時も作ってくれるやつ。あれのレシピ教えてくれないかな?」
「あら、翔太が料理のこと聞くなんて珍しいわね~?」
「ああ、姉ちゃんの友達がね、聞いといてくれって、姉ちゃん料理ダメじゃん、不安だから俺にって」
「あらあら、あの子にはそろそろお料理くらい教えないとダメかも知れないわね~、女の子なんだから、お嫁にも行かなきゃ行けないし、よくよく考えたら料理も翔太の方が出来るからねぇー。うん、解った。レシピ教えるから、そうね、今晩作ってみましょ? 一緒に」
「姉ちゃんの言われようが気になりますけど、はい。よろしくお願いします」
その晩作った翔太作のスープは姉にも父にも非常に好評で、教えた母は鼻高々で喜んでいたのでした。
――数日経って姉が二人を家に招いた。
「おじゃましまーす!」
「お邪魔します!」
律子と香奈はその日も学校帰りに雪菜と一緒に帰ってきて家に来たのだった。
雪菜の部活は大会後なのでしばらくお休みというか自主トレ期間らしい。
この日はまだ翔太は家に帰ってきてない時間帯だった。
「いらっしゃーい。なんかまだ家の人誰も居ないみたい。まぁゆっくりしてってね、あ! カナに翔太がスープのレシピ教えるんだって張り切ってたんだけど、アイツも帰ってきてないみたいだし」
「そっかぁ、翔太くんって帰ってくるの遅いの? タイミング合ったらで良いんだけどな」
階段を登りながらそんな話をする。女子だけとあってはスカートの裾を特に気にする様子もない。
「うん~? 今日は水曜日だから塾は無いはずだし、6時くらいには帰ってくるんじゃないかなぁー、ま、大丈夫よ」
「ということは、今日は美味しいおやつもなしかー」
ちょっぴり残念そうに律子が言う。
「あ、そうだお客さん来た時用のクッキーならあったから、後で引っ張り出してくるよ!」
雪菜はにこにこ顔でそう言った。
雪菜の部屋に三人で入り、鞄を投げ出してごろごろしだす。
「あ、そうだ、大会のあった日ねー、翔太にお礼したの!」
ん? と二人は顔を合わせてから。
「ああ、応援の? ユキナにしては殊勝なことですね?」
「あの日、翔太くんが応援に来ててなんかすごい嬉しそうだったものね?」
思い出してちょっと気恥ずかしくなりつつ
「なんか、ホントありがとうね! っていったら、頭撫でられちゃって、こっちも嬉しくってさー」
「ありゃブラコン丸出し」
「熱々ですね!」
「あんまり嬉しかったから、翔太に抱きついちゃったの!」
「きゃー! ユキナやるうー」
「わっ! それで、それで」
「は、恥ずかしかったからその、すぐ部屋から飛び出しちゃって」
「っておい、なんだ美味しい話ないの~?」
「翔太くんのリアクションは?」
「え、翔太も真っ赤になってたけどまぁ優しく抱きつかせてくれたし……」
夢見る乙女の顔で真っ赤になってる雪菜は蒸気が顔から出そうなくらいになってる。
「優しく抱きつかせてくれるなんて、よく出てくるわね。うらやましいことを」
「ユキナ、翔太くんのこと大好きなんだね! なんかかわいい!」
「優しい弟についに手を出してしまう姉! その巨乳で迫って禁断の愛を~!」
「わ、わ、りっちゃんリアルすぎ! ユキナいい胸してるもんねぇ~運動部なのに」
のぼせ上がってた雪菜も慌てて胸を押さえて、二人を見据える。
「そ、そんな、襲ったりなんかしないわ! か、身体使ったりもしないし!」
こんどはやらしい想像をしてしまいそうになって赤くなってる。
「うふふふ、すごーく、すごーく。いい姉弟なんですよねー」
茶化すようではなく、優しい声音で香奈がそう言うと、
「そ、そう、いい姉弟なの! 私たちは! りっちゃん解った!?」
律子に若干必死になって同意を求める。
「へいへーい。HOTなのも良いと思うんだけどなー、いやーアタシも兄貴とそれっくらい仲良くなってたらって思うと恥ずかしくって生きてられないような気がするけどー、ははは」
自分の事として考えると身が持たなそうすぎて逆に笑えてくる。
「いいなー姉弟って! そういうの素敵!」
香奈は着地点を見いだしそう言う。
「カナちゃーん、翔太と仲良くなっていいから弟だと思ってそういうの、体験してみてねー」
気軽に雪菜は言うのだが、香奈は翔太に弟だと思って接するのは難しいと思っている。そんなの機微を律子は敏感に察してあごを指で撫でてから、
「まぁ、カナが翔太クンと仲良くなったところはあたしも見たいわけで、お姉さん共々応援したいなぁ~。いやー期待できる」
雪菜も香奈と翔太の仲が良くなるのを期待する。
雪菜は翔太が大好きだけど、男の子としての翔太と、女の子としての香奈についてはそう言う意味での応援も望むところだった。
「でも、翔太ってあの上背じゃん、抱きついてみたら意外と、その、なんちゅうか、男っぽくって? あら、格好いいかも? なーんて思っちゃったのは秘密よ」
思いだしにやにやをしながら雪菜は言うのだが香奈は赤くなってきてる。
「あらそいつあご馳走様」
律子はそういう話が聞きたかったようだ。
一つ話が区切れたところで、
「あ、そうだクッキー、取ってくるね! ちょっとまってて、ミルクティーでいいかな? 紅茶も淹れてくる~」
と雪菜が席を立つ。
「ユキナありがと!」
「あ、わたし甘めがいいからお砂糖持ってきてもらっていい?」
「ほいほい。カナちゃんはお砂糖ね」
受け答えつつぱたぱたと階段を降りてゆく。
「ね、ねぇ、りっちゃん、姉弟ってどこまでセーフなの?」
一人っ子な香奈はさっきの話で気になったようだ。
「えっ! カナさんいきなり大きく踏み込むわね! なんてね!」
律子は解ってますってっていう顔で応じる。
「だって、その、抱きついたりとか良いなーって思っちゃうじゃない、それに……」
そのあとは律子が引き継ぐ、
「それに抱きついちゃったら次はどうなっちゃうのか~って? いやまぁ、姉弟でもいろいろあるわよ、私も小さい頃兄貴にぶん殴られたこともあったし、思い返せば、キ、キスもされたことあるし」
「え! キスしたの! 兄妹で!」
や、え、ちょっとと顔の前で手を振って照れ隠ししつつ、
「う、うちは上と5つも離れてるからっ! 小さい頃はかわいいね、なんて言ってアニキが勢いでそういうのもしてきたのよー、まぁ子供の遊び? ね。でも、よく考えたらこんなのぜんぜんセーフだわ。うん、ユキナが翔太クンに抱きついちゃうのもセーフでしょうし。ところと事情が変われば尺度も変わるでしょうけど、兄妹でどこまでやっちゃってもセーフなおうちもあるんじゃないかなぁ」
「そういうものなのね」
眼をまん丸くして香奈は聞いている。
「まぁ、カナちゃんが何を言わんとしてるかはだいたい解るんだけど、兄妹って恋人とか好きな人とかってのとはまた違った意味での好きな人なのよ、極論エッチだってありだって兄妹もあるかもわからんしぃ」
もふもふのぬいぐるみをだっこしつつ柔らかい笑顔で律子は応えた。
「そ、そこまで?! ふーん。深いんですねぇ……一人っ子には生まれてこない方が良かったかも」
「いやいや、隣の芝が青いだけの話よー、昔は確かにキスもしてくれたアニキ達もいまでは荒くれ放題だからなぁ、ウチの場合は。あまり自慢できないしね。翔太クンはどこまで行ってもまっすぐそう、っていうか姉のユキナより曲がってなそうだから有望よねぇ~、うちからみても隣の芝だわ」
「りっちゃんって、こういう話聞けば聞くほど大人なんだよね~、私からしたらお姉さんな感じ」
「そっかなぁ、そんなこと無いと思うけど、でも、妹がカナだったら大歓迎ですわ!」
「ふふ、ありがとう。でも姉弟いいなぁ~、わたしパパとママに頼んでみようかなぁ」
「またまたぐーんとそっちの方がハードル上がってる話よ。そういやカナのパパとママってかなり若いんだっけ。まぁ無理じゃ無いんだろうけども」
「うん、うちはママが18の時だから今35だね~パパも同級生だからー36か」
「わかっ!! それなら無理なお願いでも無いわねー、だってあたし産まれたとき母ちゃん三十~半ば過ぎてたと思うし。今父ちゃんなんてもう50だもんね! 一人っ子なら親が若いのかー、それはそれでうらやましいわっと」
「かなぁ~」
「しかしさ、ユキナさ、あれでいてさらにカナと翔太くんのこと応援しちゃおうって腹なのよね」
キラーンと眼を輝かせて律子が言い放つ。
「そ、そうなのかなぁ」
「ブラコン姉ちゃんな癖してさ、強がってるってワケでも無くて、純粋に二人にも幸せになって欲しいっておもってるのよたぶん。あたしがカナが妹だったらかわいいなって思うのと同じで、ユキナはホントにカナに義妹になって欲しいのかもしんないわねー?」
「わ、それ話進みすぎ!」
「まぁ、あたしらにゃーちょっと結婚とかはまだ早い気もするけどね~、でも遠い話でもないんだから夏休みも近くなってくるしがんばらないとですよ」
「うん、それは前にも話しましたけど、がんばらないとですね!」
うんうんと二人で大仰に頷きあう。友情を確かめ合っているのも兼ねる。
てててと階段を登ってくる音がして、
「はいおまたー」
とお盆に紅茶とクッキーを載せて雪菜が戻る。
「ん? 何の話してたの~?」
「いやー、ユキナが暴走して翔太クンのこと食ったら困るねって話と、カナちゃんも姉弟欲しいんだって話と、なんだっけ」
「女の友情の話~」
「えー、いやいや暴走したって翔太食わないわよ! ご安心下さいっ! はいカナちゃんこれお砂糖、セルフサービスでねー」
配って雪菜も座る。
「ありがとー」
「サンキュー、ほんとに食わないのかなぁ~? 翔太クン、イケメンだからなぁーあたしゃー心配よー」
「もう、そこまで飢えてないって! そういえば二人には話してなかったけど私だって今年入るまでは付き合ってた人居たんですからねー」
ちっちっちーと指を振りながら律子が、
「二組、陸上部、和田君でしょー?」
「え、え、え!? 何で知ってるの!?」
「ユキナ、自分じゃ意外かも知れないけどユキナはかわいいから女子のなかでも結構有名な話だったんだよそれ」
と、香奈が付け足す。
オーノーという顔になって雪菜がコップを取り落とさないよう冷静を装って一口紅茶を飲む。
「しーかーも、和田君が他の子と付き合ってるのが発覚して別れたと」
「ユキナちゃんは悲劇のヒロインなわけです」
「なななな、なんでもバレバレなのね! やってられっかちくしょー!」
クッキーをバリバリむさぼり食う。
「飢えはせねども、別れ方が別れ方だから女子も心配する話だったのでした」
「翔太くんに行かないのは偉い? のかな。いや、ユキナも大変だね」
「まぁ、彼とはいろいろありましたから。しかしバレてたのは意外だった。あと女子のなかでも有名ってのの前! 私がかわいいから? って? 何をおっしゃいますやら香奈さん、貴女の方が数段上ですからね~」
ふるふると首を振って香奈は、
「えー、そんなこと無いよ、わたしは地味子だもん。ユキナは陸上部のヒロインだもんねー」
「まぁ、結構人気あって、女の子衆でもユキナはモテてんのは事実よ-、和田君だってそれだから、ユキナ振ってから干されちゃって、今はフリーらしいし」
「あ、ありゃそうなんだ。まぁアイツには良い薬だけどっ」
失恋は引きずるタイプでは無いが、ちょっと頭に怒りを思い出す位はする。
「ふむ、ユキナって家じゃ恋愛の話とかはしないんだ? 翔太クンにも」
「あったりまえでしょー?」
「なーんだ、ちょっぴり残念。翔太クンにばっちり恋愛相談して慰めてもらったりしてたのかと思ったから、自力で立ち直ったのね。そこは運動部ね。スポ根~」
「まだいうか、まぁ、翔太優しいから。相談には乗ってくれたりはしそうだし、慰めてもらっちゃったりしたらそりゃー雰囲気良くなっちゃったりするかも知れませんが、そういうのはないですね~」
おしとやかを装って紅茶を飲んでカップを置く。
「ほら、それにこうやってころころ表情が変わって、女の子っぽいところとか、男子にも人気あるんですよー?」
「ななな、カナちゃん恥ずかしいから冗談はやめてよー」
「冗談じゃ無いってばー、いいなーユキナかわいくて」
「いいよねー、ユキナちゃんはー」
にこにことそんなユキナを見つめる二人。
気恥ずかしくなるが雪菜もてへへと真に受けている。そういうところがまたかわいいのだ。
紅茶のカップを両手でつかみながら律子が、
「ねえ、ユキナ、話変わるけどさ、全国のあと、受験じゃん? 勉強どうする? あたしらはそれ待つこともなくもうそろそろ勉強しなきゃいけないんだけどね、親にもせっつかれるしさー」
と受験の話に切り替わった。
「そういえばー、わたしもママに進学塾行けって最近言われてて、予備校のフリーの時間の予習復習だけだとダメなのかなーって思い出したところなんだよね」
地味子と自称しているが首を傾げてそんなことをいう香奈のほうが絶対かわいいと確信する雪菜だった。
「カナかわいい~。え、あ、う、うーん、私勉強後回しにしちゃってるからなぁー、確かに次の模試で点数ヤバいとそろそろなんか先生にも言われそうなんだよね、塾は翔太が通ってるところに空きがあるらしいから押し込められることはありそうなんだけど、それだけで陸上強い大学にすんなり入れるかというと微妙なのよね」
「なんかいい手は無いかなー、三人で勉強会でもする? この中だとカナが一番だからカナ先生ですけどねー」
「え、わたし先生!? だめだめ、私もたいしたことないもん、期待しないでよぅ」
「そこをなんとか頼みますよー、カナちゃん先生がやだっていったら三人ばらばらで塾通うことになるじゃない、夏過ぎたらあんまり一緒に居られなくなっちゃうしぃ、私そんなのやだからねー」
雪菜はこの三人で受験も乗り切りたいと思っていた。
とその時、玄関の音がして、
「ただいまー」
と翔太が帰ってきた声がした。
「あ、翔太だー、おかえり~! いまりっちゃんとカナちゃん来てるから!」
部屋から首だけ出して言い、部屋に向き直って、
「そうだ、翔太よ!」
いきなりガッツポーズを決めるユキナ。
「ん?」
「どしたのユキナ」
「良いことひらめいたの! ね、聞いて、あの子に勉強教えてもらうってのはどうかな!?」
「え?」
「えー?」
「数学とかすごい得意だから、1Aと1B、復習も兼ねてさー、どっかのファミレスとか図書館で」
「ナイスアイデアではあるけど翔太クンに迷惑そうよね。それに見返りが無いわ」
「た、確かに教えてもらうなら第三者からの方がいいけど、でも翔太くん巻き込んじゃわるいよ~」
「見返りか~、むむむ、それは後々考えるとして、アイツがのりきそうなら頼んでみてもいいじゃない? ダメかな~、ホントはね、私のお母さんに頼むって言う手もあるかなって一瞬思ったの、大学の先生だから、でもさすがにお母さんに勉強会開いてもらうのはちょっとなーって思って、翔太の声がしたから~」
「うーん、ダメかと言われても~、そりゃ本人にも聞いてみないとね。アタシ達だけの問題でも無いんだし、そっかーユキナのお母さんに教わる手もあるのかー、いやいやそれなら翔太クンの方がわたしもいいようには思うけれどもー」
律子は悩みつつも乗り気でないようではない。
「わたしはー、反対かなぁー、翔太くんに頼っちゃよくないよう。それに、受験にもし落ちたときに翔太くんに悪いじゃない」
香奈は落ちた場合に翔太が責任感を感じてしまうと申し訳ないということを気にしている。確かにそれは指摘されれば二人とも解ることだった。
「確かに。そりゃーちょっと問題か~」
「落ちなきゃいいって言ったって解らないか」
「でしょう? でも、教えてもらうのはいいかなとも思っちゃうんだけどね、ちょっとだけ」
と香奈は付け加えて、うまくいくならばという打算的な考えもあるかなと思う。
「よし、一旦この話私に預からせて。翔太に聞いてみるね。まぁー本人のやる気にもよるしね! うまく回るなら~ってことで」
雪菜はうまくいく前提で考えているようだが、果たして大丈夫だろうか。
ちょっぴり心配ながらも翔太に教えてもらえるならばと律子も香奈もいいかな、とは考えている様子だった。
「あ、わたしお手洗いお借りします」
香奈が席を立つ。
「あ、トイレわかる? 階段と反対の方の突き当たりー」
「ありがと」
受験勉強の話は雪菜の預かりになったので、その後はだらだらと学校のことや男のことなんかを話していた。
香奈が用を済ませて、トイレから出ると、偶然部屋から出てきた翔太と出くわしてしまった。少し気まずい。
「あ、お邪魔してます」
香奈はちょっと緊張して声のトーン低めで一言発するのが精一杯。
「あ、ごめんなさい。俺、タイミング悪くて、あー、カナさん、後で良いんでこの前頼まれてたレシピ、渡しますね」
前半は早口になってしまっていたが、思い出したので付け足しておく。
「ああ、覚えててくれたんだ、ありがとう」
ちょっと恥ずかしい空気だけど感謝の意は示せた。
「ま、あとか、次来たときでもいいんで」
恥ずかしいのが伝染したのか翔太もちょっと照れてしまって階段を慌てて降りていってしまった。慌てっぷりに落ちないかと心配になって眼で追ってしまった香奈はちょっとした翔太の言葉のなかにも優しさがあって良いなと思った。
部屋に戻ると階段の音で解ったのか、
「あら、翔太、タイミング悪くてごめんね。カナ、大丈夫だった?」
「ううん、逆に謝られちゃった。そういえばこないだのスープのレシピも聞いておいてくれたんですって? ありがとうって言いたかったんだけど、わたしも慌てちゃって」
「あー、それね、お母さんから直伝されて翔太私たちに作ってくれたんだよアレ」
「ほー、翔太クン料理もできんの、すっごいねー、美味しかった?」
「うん、とおっても美味しかった」
「そうなんだー! レシピも期待できるかなー」
香奈は嬉しそうだ。
「アタシも、料理の心得があればねー、作ってみたいもんだわ。カナ~こんど教えて~」
「うん、りっちゃんにも教えるよー、帰りに忘れないで貰わないとね!」
それから数十分経ってそろそろおいとまにーとなり。
忘れずレシピを貰うため、香奈は翔太の部屋に寄る、雪菜と律子は先に下に降りてしまったようだ。
トントンとドアをノックしてから、
「翔太くん、います?」
部屋の中でスタンバイしてた様子の翔太はささっとノートを手に顔をだした。
「あ、カナさん、これです。レシピ。すみません俺が書いたんで汚いかも知れないですけど……」
と言われつつ、受け取ったノートは真新しい表紙のキャンパスノートだった。
香奈はなんとなく最初のページを開いて驚いた。
カラーのイラスト付きであのスープの作り方が書かれている。
「わっ、すごい、これ翔太くんが?!」
翔太は照れて頬を掻きながら応える
「なんか文章だけだと難しいんじゃ無いかなとか、母さんの教え方だけだと不安なところとかあったんでいろいろ付け足しちゃったんですけど」
イラストと一緒に書かれた料理の手順は一見しただけでもすごい丁寧と解るように書かれていた。
「ありがとう。こんなに手間かけてくれて」
ノートを大切に預かる。
「いやー俺こういうの好きなんで、やりだしたらこだわっちゃってすみません」
気軽に言う翔太だが、そうとう手間が掛かったものだと解るので香奈はとても嬉しくなってしまい翔太の眼を見つめてしまった。
「そうだ、わたしが作ったら、そのとき翔太くんにお味見して貰っても良いかな? お味見っていうかちゃんと食べて欲しいんですけど」
「え、良いんですか!? なら是非! ありがとうございます」
「うん、頑張って美味しく作るね!」
香奈が頭を下げると、さらりとロングヘアが揺れる。ほのかに髪の香りがして翔太は、綺麗な姉の友達が自分に感謝してくれているという状態にものすごく高ぶるものを感じるが。それは抑えて。
「じゃあ、また今度」
「はい、また、お邪魔しました」
香奈はゆっくりと階段を降りて帰って行った。
翔太はかなりドキドキしていたのだが、それが香奈に伝わっていたかと慌てて胸に手を当てて考え出した。
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