あね☆とも
Hetero (へてろ)
前編:仲良くしましょ♪……の跡地?
姉ちゃんは校3で俺は校1だ。
この春俺は高校に上がったばかりだった。
姉ちゃんと俺は通ってる高校は違う。
俺の方が相当頭の良いガッコーに通ってるんだ。
青山翔太はガリ勉少年があだ名だった。なぜか運動はからきしダメで、近所の悪ガキに絡まれたときはいつも腕っ節の強い姉の後ろに隠れてここまで来た。友達も少ない。上背だけ伸びてて身長は高一なのに180近くある。
青山雪菜は弟とは逆になぜか運動だけ出来て陸上部のエース。インターハイでも好成績をたたき出すし、超社交的で友達も多かった。アスリート体型だがそれなりに胸はある。髪は最近伸ばし始めて肩くらいまである。
* * *
「翔太ぁー、これから友達来るかもー。あんた部屋で勉強してた~?」
ある午後の事。
「えーあー、うん、姉ちゃん、友達って何人来るの?」
リビングで携帯をいじりつつソファに転がっている姉ユキナは部屋着に着替えるのがだるいらしく家に帰ってきてから学校の制服のままだった。
弟のショウタはコーヒー牛乳をコップにつぎつつ食卓に座り姉の次の言葉を待った。
「んーと、二人?」
指を二本立ててなぜか疑問系で二人? と首をこちらに傾げ、柔らかい笑みを向けてくる姉は、そうだな、外見的には標準以上なんだろうか。いやいやでも凶暴だし、暴力的だし、そんなのの友達なんてまともな娘とは限らないんじゃないだろうか・・・ぐるぐる内側に考え出すのが翔太の得意技だった。昔っからだが。
根暗というわけではないはずだが。
「ふーん、じゃぁなんか用意しとくよ、今日母さん居ないしさ、せっかく遊びに来てくれるのに何もおもてなししないわけにもいかないしー」
おやつを出しておく、くらいの気遣いは造作も無い弟の役目だ。ろうか。
何時ものやりとりである。
「わーい、ありがとー、しめしめ、美味しいスイーツでもお願いしますよ!」
ふぅ、こう言われちゃうとな。と翔太はコップのコーヒー牛乳を飲み干してから近所のケーキ屋に向かうことにした。姉とその友達の分のおやつの準備。
「翔太、優しいんだけどなぁ・・・彼女いなそうなのよねぇ。ひょろひょろ背ばっか伸びてるくせして。私が過保護すぎるのかなぁ・・・あ、そろそろ着替えておこっと」
LINEでこれから来る二人に弟が美味しいもん用意してくれるって!期待してて!と送信しておいた。
――5分後
玄関のチャイムが鳴って、翔太が帰ってくるには未だ早すぎるからと、雪菜が玄関へぱたぱたとスリッパをならして出迎えに行く。
「いらっしゃーい」
二人の女生徒。二人ともいったん家に帰ってから来たらしく私服。
「えへへ、おじゃましまーす。あたしユキナん家来たの初めてだ! けっこう綺麗じゃん!」
脱色と染め直しを何度も経てるであろうやや茶がかったショートボブの女子は庭の装飾をみてそう感じたようだ。
「でしょ? りっちゃん。さ、さ、カナもあがってー。今日さ、親居ないから、のんびりしてってねー」
「はい、お邪魔します。弟さん居るんだよね? さっきのライン、なんか気を遣わせちゃったみたいで……」
ロングの髪をサイドで結ったもう一人の女子がそう言う。
「そんなことないよー。アイツ世話焼き好きだからさ。いま買い出し行ってるトコ」
「そう。あ、りっちゃん、人の家なんだから靴くらい揃えないとダメよ」
「あーそうだな、カナはそういうとこ気が利くよな」
二人は相崎律子と双葉香奈。雪菜と違い運動部ではないが高校の仲良し三人組ってところだった。
手際よく香奈が律子のスニーカーと自分のパンプスを揃えて玄関の上がりがまちの下に並べ、律子はそんな様子を見ながら既に上がり込んでスマンスマンと両手をあわせる。
「どうぞー、私の部屋二階の端っこなんだ」
雪菜が先導して二人を招き入れ自室に案内した。
「あら、意外。陸上部のエース様にしちゃ乙女な部屋なんだね~。あたしんちは兄貴二人居るしこうは行かないやなー」
珍しいものとばかりに律子は雪菜の部屋に眼を輝かせている。
「ユキナ、長女だもんねぇ、相変わらず素敵な部屋だなぁ」
律子に続けて香奈もそう言う。
「いやいやそんなたいしたことございませんよ? カナの部屋の方が乙女でしょ? 私なんか足下にも及びませんてー」
香奈はさる財閥の一人娘でお嬢なので学校でも姫扱いされているのだった。
「適当に座って。私飲み物持ってくるから」
うん、お構いなく~といいつつ二人は部屋の中央に置かれた小さい座卓を挟んで、グリーンとブラウンのクッションチェアに座った。
「なーんか、普段のユキナからはちょっと想像付かない部屋だな」
「そお? 私は前にもお邪魔したことあるんだけど、ユキナあれで綺麗好きだし、女の子は見かけによらないって事」
「それをおまえが言うと納得なんだがな~」
そんな感じでのほほんと、ユキナもお茶を用意して部屋に戻ってから談笑を初め、仲良し三人組だけあって話すネタは尽きないようだ。女三人集まれば姦しいである。
――それからさらに10分後
キーっと甲高い自転車のブレーキ音がしたので翔太が帰ってきたのだと解る。
「あ、翔太来たかも~ごめんねおやつ待たせちゃって」
「弟クン、ずいぶんかかってたの? どこまで行ってくれちゃったんだか」
「悪いことしましたねぇ」
「いやいやそんなんないって」
まぁ、ケーキが崩れないように真剣に運んできたから時間は掛かってしまったのだが。とりあえずあとで父と母にも食べてもらえるように、近所で有名なケーキ屋のデコレーションロールケーキを一本買ってきたのである。
「ただいまーっと」
玄関に見慣れない女もんの靴が二足あるので二人で人数は合ってたらしい。
姉はそそっかしいところもあるから人数が間違ってるなんて事もある。
間違った個数ケーキ買ってくる訳にもいかないから一本にしたのも翔太の気遣いのあらわれだった。
カチャリとドアの開く音がして階段の上から声がかかる
「翔太? おかえりー、ずいぶんかかってたけど大丈夫?」
言いながらたんたんたんと階段を降りてきて姉はこちらを見遣る。
「え、ああ、もうお客さん来てたんだね。プレザン行ったらさ、結構混んでて~姉ちゃんいいよ、部屋に居て。コーヒーとケーキ用意して持ってくからさ」
「え、プレザンまで行ってくれたの! もしかしてロールケーキ!? でかしたー!!」
オーバーリアクション過ぎるが、近所の洋菓子の銘店で一番人気の菓子を買ってきたのでこーだろーな。って感じだ。ご多分に漏れず、運動部であっても女子は甘いものに弱いのだろうさ。
「ちゃんと父さんと母さんの分もあるから、あんまり分厚く切れないけどな」
「でもでもいいよー。超ありがとー」
「じゃ、用意して持ってくから」
「うん。手洗って待ってよー」
うん、用意するの手伝うね! とかじゃないのが天晴れなところなんだけど、下の騒ぎは上にも筒抜けじゃないだろうか、高級ケーキ用意してくれたんだって! なんてなったら赤っ恥だからまったく大声で騒がないでほしいよなと思う。
ユキナの部屋で。
「ふむふむ、プレザンのロールケーキらしいですぞ、カナ先輩ご存知?」
スイーツ事情に疎い律子はどういうものか想像付かないらしい。
「りっちゃん、プレザンと言ったらこの辺じゃ一番の有名店だよー? しかもロールケーキが一番美味しいって。ママも今度食べてみようって言ってた」
「うへぇ。偉い気張ってくれちゃったのかな~ん? たいしたお客でもないのに……申し訳ないような」
「どうなんだろうね、弟君気が利く子っていつもユキナ言ってたから、わたしたちにもーって思ってくれたとか」
とかなんとかいいつつ正直嬉しい二人は、部屋に戻ったユキナの上気した顔を見てケーキにさらに期待するのだった。
「聴こえてた?」
うなずく二人
「あんま、その、気遣わせなくていいよー? たいしたお客じゃないんだからサ」
遠慮がちに言う律子、律子は割とこういうことにはちゃんとしてるお姉さんタイプなのでユキナは好きだった。
「弟さんにもお礼言わなきゃですね。ユキナもありがとう、私たちのために~」
はて私が何かしたかと雪菜は思ったが、そういう準備をしてくれたこと、に対しての香奈からの礼だったのだが、なかなか点と点でつながらないのが雪菜の脳であった。陸上部だから脳筋ってわけかもしれない。
「いいえいいえ、いい弟よ! おねえちゃん嬉しい!」
なぜかガッツポーズ。お手洗いこっちだから、と二階の洗面所に二人を案内し、万全の体制でケーキを迎えいれることにした。
コンコンとノックしてお邪魔しまーすと翔太が姉の部屋へ、
三人の女子は眼が輝いていた。
「お邪魔してます」
と意外にもしとやかな声で翔太に挨拶した方が律子だった。
「わざわざありがとうございます」
と続いて頭をぺこりと下げてお辞儀したのが香奈だ。
お?! お!? おー!!
と内心思ったのが翔太。姉の友達にしちゃできすぎだと思ったのと、二人ともそれぞれかなり可愛いっていうか美人タイプだったので破顔したわけだ。
「翔太! ありがとー! こっちりっちゃん、こっちカナちゃん!」
なぜこのタイミングでメンバー紹介なのかは謎な姉時間である。
「は、はぁ。いつも姉がお世話になっております。弟の翔太です。ゆっくりしてってくださいね~」
とテンプレ挨拶を済ませ、ニコ笑みは絶やさず二人と、おまけの姉にケーキを配膳し、それじゃ、と部屋を出る。
姉の部屋の扉がパタンと閉まるとお盆を片手に翔太は胸に手を当てた。
『っげー、緊張した!!!』
が本音だった。姉ちゃんの友達、まぁよく来るけどなかなか遭遇することない方が多いんだけど、今日の二人はそれでもかなりの、かなりの美女だったな!
りっちゃん、って方は姉ちゃんよりもちょっと背が高いだろうか、ショートカットだしボーイッシュっぽいけどああいうタイプの娘はカッコ可愛い。しかも綺麗な声してたし。
カナちゃん、って方は姉ちゃんよりもちっちゃかったけど、胸がデカイ! しかもレースのふわふわの服だったしどこかのお嬢様かも知れない!
姉貴の友達にしちゃ合格点じゃないかー。
ちなみに前回香奈が来たときは翔太は塾で居なかったわけで初遭遇である。
階段を降りる脚がもつれてドタタと変な音を立ててしまったが、
姉達はケーキに舌鼓を打ってて気づいてないようでセーフか。
隣室で聞き耳を立てるのはさすがに申し訳もないし、リビングで本でも読んでようと翔太は父の好きな推理ものの文庫を本棚から取り出し、ぼんやりさっきの二人の顔を思い出しながらニヤニヤしつつ本を読んでいた。
――2時間後
そろそろ19時手前ってところで女子会は解散になった。
部屋でごろごろしつつのガールズトークは絶えることがないし楽しい。やっぱり学校じゃなかなかこんな充実した時間はとれないもんね。と雪菜は思って二人を見送りに玄関に降りた。
「また遊びに来てね!」
「そうするよー」
「うん、あ、弟さんにもよろしくね」
「うん、伝えとく、じゃ、暗くなってきたから気をつけて~」
バイバーイと三人の朗らかな声が聞こえたので目が覚めた。
リビングのソファで翔太は居眠りしてしまって居たようだ。
「あら、居眠り? あんたにしちゃ珍しいわね」
「あれ、もう二人とも帰ったの? って7時か! 寝たなー」
「ふふ、ケーキすごい好評だったよ! それに翔太も結構好評だったよ!」
「なっ! からかうなよ」
「ううんホント。弟クン結構イケメンじゃーん、しかも気が利くんだからいいなぁーだって! いつもは奥手なカナだって褒めてたんだから! 姉としては鼻高しでしたよー! ありがとうね!」
はぁ、この笑顔にぽろっとだまされちゃうんだから俺って弱すぎだよなと思いつつもあの二人にそう思われてたなら悪い気はしないのでニヤニヤが出ないように顔の筋肉を引き締めつつ
「今度、姉ちゃんなんか奢ってくれよな。今日のは貸しってことで」
と一応言っておく
「はいはーい。なにがいいかな? ご希望があればおっしゃいなさい。今日は気分が良いのできいたげます~」
友達との話がだいぶ盛り上がって、弟を褒められたせいもあって、かなり雪菜は上機嫌のようだった。
「なんならー、おっぱい触らせてあげよっか?」
この姉にしちゃ割と踏み込んだ発言だったかも知れない。
「なっ!? いきなりなにいってんだよ!?」
自分でもびっくりする慌てっぷりの翔太。
「ぷぷぷ、冗談冗談よー。この乙女の膨らみはもっと大事な人のためにとっとくんだからー」
といって膨らみを両手でおさえる姉の仕草にさらに慌ててしまう。
「ば、ばかなこと言ってないで夕飯用意しよっ。母さんと父さんももうそろそろ帰ってくるだろ」
ぷうとほっぺを膨らませてもうちょっと食いついてくれてもいいじゃないと悪態をつきつつ姉も弟と夕飯の支度に取りかかった。
* * *
ある日の帰り道。
駅のコンコースにさしかかったところで、少女がぴょんぴょん跳んでいた。
少女って言うか女の子。小学生くらいだろうか。
はてな、と思って上を見上げると5メートルくらいの天井に、バルーンが引っかかっていた。デパートから流れてくる風に押されて駅の出口方面に流されて行ってる。周りの大人達はその様子をぼんやり捉えはしているようだが、女の子の親が来てなんとかするだろみたいに思っているだろう事がその視線から読み取れる。
おいおい、あの子泣きそうになってきてるのに誰も手を貸して上げないのかよ……
と内心思いつつ女の子の前に歩み出た。
躊躇はない。
「あの風船?」
女の子は泣きたいのを我慢してて、こくんと頷いた。
「俺、取ってみるね。お母さんか、お父さんは?」
「あ、ありがとう・・・おにいちゃん・・・お母さん今、買い物で、ここで待っててって」
「なるほど」
せいっ! と弾みを付けて思いっきり跳んでみるが、風船から伸びてる紐も高さ3メートルくらいのところにあるので届かない。
悔しい。やり出したのだから取らなきゃならないな。
周りの大人達の視線は冷ややかに俺に刺さっている。
ふと風に流され風船が少し下に動いたように見えた。
今度こそっ! っと思いっきり2メートルくらい助走して跳び上がって見た。
紐の端についていたリングに指が引っかかり、今度はキャッチできた。
おーという感嘆の声がちょっと周りからして、気恥ずかしくなる。
「はぁ、はぁ。――はい、取れた。よかったぁ」
風船を渡すと今度は絶対離さないようにと指にぐるぐる巻きに紐を絡めてから、少女がこちらを見上げて言う。
「お兄ちゃん! すごいジャンプ! ありがとう!!」
いやー、そんなたいしたもんじゃないですー
と頭を掻きつつも嬉しいんだけど
「そんなことないよー。あ、ママが来るまでいてあげよっか」
そう問うと女の子はニコニコ笑顔でうんと頷いた。
数分後に女の子のママが来て、女の子が事情を説明すると、ただ風船を取ってあげただけなんだけどめちゃくちゃ感謝されてしまった。
恥ずかしいけど嬉しかった。
――ふーん、翔太くんってあんなに優しいんだ。
たまたま、コンコースに向かい合ったスタバの窓側の席に居た香奈は女の子と翔太のやりとりを目撃した。
ちょっと素敵かも。そう思った。
――次の日の昼休み
「・・・という事があったのよー、わたし駅でたまたま見ちゃって、ユキナの弟さん、かなりかっこよかったよ!」
お弁当を食堂のいつもの席で三人で囲んで食べていて、香奈が目撃した一部始終を話してくれた。
「ふーん、あいつー。うちでは普通にしてたのにそんないいことしてたんだ」
雪菜はちょっと考え深げに、それでもどこか嬉しかった。
「へぇー、なかなかそんなこと出来ないよね。翔太クンってかなり良い線いってるなー、それでカノジョいないんだっけ? 良い物件じゃありませんかー!」
嬉々としている律子。
「確かに居ないみたいだけど。って、りっちゃん年下OKなの?」
律子はたこさんウィンナーをつまみまがら考える。
「えー私は付き合うとしたら年上かなぁー年下じゃ弟としか見えないカモ、それにあたしゃーやっぱサッカー部の村井君にぞっこんですからー」
「もう、一度振られたくせに。懲りないわね。カナちゃんはどう?」
「わ、わたしはあり……、だと思う」
バッと律子と雪菜の視線が香奈に注がれる。
「カナちゃん! ふつつかな弟ですがどうぞもらってやってください!!」
ちょっと周りにも聞こえる位の声を反射的に出してしまった雪菜。
「ちょ、ちょっとユキナ、周りに聞こえちゃうよー、はずかしいなぁもぅ」
両手を顔に当てて香奈は相当照れている。
「そういえばカナ、こないだユキナの家行ったときも翔太クンのことかなり推してましたね~。いっちゃう~? いっちゃうか~? お姉ちゃんの公認ももらえるわけだしなー」
オヤジのようないやらし~い目つきで香奈を腕でぐいぐいする律子は、それでも内心応援したい気持ちでいっぱいなのだった。
香奈は奥手で彼氏居ないし、好きな人の噂だって聞いたこともなかったから。
「私、もしカナちゃんが本気だったら、私も本気でお手伝いするよ!」
雪菜は深く首肯した。
「あたしも! 応援しちゃうよー」
雪菜の手を取ってオーと掲げて律子が賛同した。
「ちょ、ちょっと二人とも乗り気すぎ!! それに翔太くんだって二こも上の子なんて嫌かも知れないし、好きな人だって居るかも知れないじゃん!」
話の展開が早いが、香奈はそれでも翔太のことが気になってることは明らかなようだ。ふむと雪菜は考えた。
「ふんふん。そしたらこんどなにげなーく、歳上とか興味あるかきいてみちゃお。カナちゃん待っててね! あ、でも歳上オッケーなんて言い出したらあいつ、大人のお姉さんの色気とかに期待しちゃってエロエロな事考えちゃうかもね~」
どういう話のぶん投げ方なのか解らないが。
「確かに。校一の男の子と高三のカノジョだったらそりゃー男子は期待しちゃうかもね! エッチんときリードしてもらってとか。やだいやらしい! ユキナ自分の弟のことなのに何言ってんのよ」
ばしんと高笑いして雪菜の肩を律子がたたくが姉は悪びれる様子もない。
「えーだってー、あいつだってエッチな本とか隠し持ってんの知ってますしぃ~。ま、そりゃあ私だってそういうの興味あるけど、男の子と女じゃまた話がべつでしょうからねぇ~」
顔を赤くして香奈はどう突っ込んだらいいものかと考えてしまった。
「ねぇ、わたし、そんな知識とか、経験とか無いんだから、そんなこと言わないでよぅ」
香奈は処女丸出し。こういうところは純粋で可愛い。
「あはは、カナってば経験だなんて、そんなん気にしない気にしない。とかなんとか言ってるユキナだって処女なんだからサ。ただからかってみようっちゅうだけだよー。でもね、応援するのはホントだよ! 頑張れっ、カナ!」
「むっ、そりゃぁ中三で体験済みのりっちゃんとは違いますけどねぇ、私はただ大事にしてるだけであってぇー、いやいや話が脱線して申し訳ありませんが。私だってカナちゃんをちゃんと応援したいのでありますっ! うちのでよければ。ですが」
再び律子と雪菜の視線が香奈に注がれる。
「そ、そんなぁー。展開早すぎだよ。で、でも、でもわたしたちもこれから夏に入ったら受験とか大事な時期になるじゃない? わたしはそんな時にちょっと支えてくれる人が居たら嬉しいかなぁとは思うんだけど・・・。うーん長い目で見てっ、そんな慌てないで良いからっ」
二人は、はーいとおとなしく返事を返したが。
もし香奈に素敵なことがあるなら応援しようという気持ちでは一致してたので心に留めておいた。雪菜は弟にもし春が来るなら~と考えるとニヤニヤを抑えきれなかったが、自身のことも心配しろよってそのニヤニヤを律子に見つかって突っ込まれた。
――その数日後の夕方
「ねぇ、翔太。翔太ってさー、好きな子いるの?」
夕飯前にリビングで二人。まだお父さんもお母さんも帰ってきてない。
「なんだよいきなり。いねーよ。悪いかよ」
翔太君ちょっと不機嫌。いきなりこんな話振ったからか。
「じゃぁ翔太さぁ、歳上ってどう思う? 付き合うとしたら」
いきなりなんじゃい、と読んでた参考書をパタンと閉じて姉の方を見遣り。
「歳上? うーん、姉ちゃんより上でも良いと思うけど、母さんより下じゃないと難しいかなぁ」
っていうかそれって完全に歳上の熟女好みじゃん! あんたが隠してるエロ本がお姉さん系が多いのだって知ってるんだからね!
「そ、そっかー、じゃぁ年下は?」
頬を掻きつつ、念のために聴いておく。
「三つ下くらいまでなら~でも、あんまり下だと犯罪なんじゃないでしょうかね・・・・」
この子の守備範囲広っ!
「てかなんで、こんな話だよ。姉ちゃんはどうなんだよ、好きな人居ないわけ?」
おっとここは真剣に答えておかないと。
「今は居ないよー、私はどちらかっていうと歳上が良いな! 二つ以内っ!」
先回りして答えてみた。
「なんだそっかぁー、ふーん」
あれあれあれあれ?
まぁ、翔太がお姉ちゃんっ子なのは知っている。それに、私が翔太に溺愛なのも知っている、だから年下もOKって言って欲しかったってこと?
「え、年下も好きになったらオッケーかもなんて思ったりもするけど」
「今なんか、ねーちゃんちらーっと余計なこと考えたでしょ。別に俺は姉ちゃんが歳上好きなのは気にしねーよ。しかし気になんのはどうしてこんなこと急に聞いてきたかって事なワケです」
ドキッ! となってる雪菜。
「露骨に表情に出てます。さてはなんか企んでるなぁ~? まぁーたろくな事じゃないんだろうけど、姉ちゃん陸上の県大会近いんだからしっかりしろよー? 大学受験だってあるんだからさぁー」
「ななな、なによっ! 高三だってねぇ女の子にはいろいろあるんだから! それで参考までに伺ったんですー!」
「あっそ、あ、そろそろカレー温め直しておこうっと。そだ、姉ちゃん、人の恋愛事情探ったりする前に、夕飯の支度とかもうちょっと手伝って女磨くほうが大事なんじゃね? それこそ高三なんだし、いろいろ焦んなきゃならない時期なんじゃあーりませんかねー」
「むっ!!! なによまったく、人が心配して聞いてあげたのにその返しはっ。解ってるわよ私だって家事の一つや二つ出来るようになって良い彼氏つくって見返してやるんだからぁー」
翔太にはこの時点でカノジョが居ないのに、見返す。とは? とちらりと思ったがこの時点では深く掘り下げることもなくスルーした。
――それから数日後の昼休み
「リサーチ結果はこのようになりましたよっ!」
「はやっ! っていうかさすが姉!」
「そんな調べなくてもいいのにぃ」
わざわざ手書きのレジュメ付きで報告会チックになってる。
「ほーん、歳上二重丸とは。やったねカナ!」
香奈は少し安心した。
「なんかね、遠回しで聞くのもめんどくさかったから、ズババっといろいろ聞いちゃったんだけど、あいつ、歳とかあんまり気にしないタイプみたい」
「そ、そうなんだ」
「ははーん、巨乳二重丸か。やっぱおっとこの子だねぇー」
姉の癖して良くそんなことまで聞き出すと律子がにやり。
「私よりカナちゃんの方がおっきいんだから心配はないよね!」
香奈は慌てて手をぶんぶん振って真っ赤になった顔を隠す。
「ちょ、ちょっと何言い出すの」
「で、身長は小さめ二重丸~。の、髪の毛長め二重丸~。ってかこれ、誘導尋問?」
「ぬふふー、一度には聞いてないからバレて無いと思うよ?」
「でも翔太クンの好みがまんまカナとは・・・」
「ね、ねぇこれ本当なの?」
「うーん、恋愛に対して下手な嘘つけるような子じゃないと思うからまぁー遠からずなはずだと思うんよねぇ~」
下唇に指をあてて考えるポーズを取ってた律子は、
「ふむ、であればあとは二人にお任せすればいいということですかね?」
こくこくと頷く雪菜。
「うんうん、チャンスは作ったげるし協力はするけど、あいつだってにぶちんじゃないとおもうから、カナちゃんが頑張れば伝わると思うよ!」
香奈は真っ赤な顔ながら柔らかく頷いた。そして小さな声で呟く。
「お、応援、よろしくお願いしま~す」
二人はにこりと笑って快諾した。
「そうそう、そんくらいの控えめなのがカナはいいんだよねー」
「私、応援しちゃいます! さてあの愚弟がどうなるかなー」
――それからさらに数日後
雪菜はなるべく香奈を家に呼んであげることにした、律子はもちろんどうなるのかが楽しみで付いてくる。とは言ってもなかなか同じ家に居たところ恋愛イベントなんて発生はしないだろうし、頭を捻らせるところだが、普通に三人で会話してても楽しいし、香奈もそんなに急いでないし、翔太がどうするかも解らないし。まぁまったり進めば良いかー位の気持ちでは居た。
今日も二人は雪菜の家に遊びに来ていた。
今日は翔太も塾のない日で家にいる。
なにかあると良いけどなーと雪菜は内心思っていた。
「おっじゃましまーす」
「お邪魔します」
「ささ、入って入って~」
今日は学校の帰り道なので三人とも制服のままだった。
不意に廊下に出てた翔太が三人が入ってくるのに出くわした。
「あ、りっちゃんさんとカナさん、いらっしゃい」
先日遊びに来たときに本名を姉が教えなかったらしいのでこの名前で呼ばれてしまっているようだ。
香奈は内心ドキドキしながらぺこりと頭を下げて翔太を見つめないように意識しながら横を通り過ぎた。
翔太の方は、今日は髪を下ろしていた香奈が横を通り過ぎた時、姉の使ってるのとは違うシャンプーの香りがふわりと通り過ぎてドキリとした。
『あ、カナさんの髪……やべぇ』
三人がたんたんと階段を上っていくのを見て、見上げそうになって、スカートなので眼を伏せる。
『あっぶ……』
そりゃー駅の階段とかに比べたら家の階段は急なので、女子高生のスカート丈で登ってしかもノーガードだったら丸見えだろうから。
リビングに戻った翔太は、なに姉の友達にドキドキしてんだろと思ったし、カナさんにドキドキしたのは髪のせいだけじゃないだろ、とか自問しながら前に来てくれたときの反応を思い出していた。
『そうだ今日もお菓子用意しようかな。それくらいしか出来ないけどな』
玄関の自転車のキーが仕舞ってある箱から鍵を取り出し自分の靴を履く。
三足ならんだ姉達の靴をみて、これからもよく来るようになるのかなぁと思う。
「翔太リアクションうっす! カナちゃんどうよ?」
翔太が出て行く気配を感じた雪菜はいきなり愚痴を吐いた。
「まぁー、脈ありとかはともかく? 外堀を埋めなきゃーまだまだでしょうなー」
律子は感慨深げに両手を組んでクッションに座り込む。
「いえいえ、そんな急いでないってば。二人とも気が早すぎるよー」
ぶんぶんと大げさに手を振る香奈。
「まぁ、私もりっちゃんもそー急ごうとは思いませんがね。せっかくカナちゃんがちょっと気合い入れて髪下ろして、うすーくリップ引いてるのくらい気付いてあげて欲しいのよ! 私としては!」
「まぁ、そういうとこ気付いてくれるとポイント高いのは事実よね~」
二人に仕込まれてではなく自発的にだが、香奈は今日はちょっとだけ頑張ったのだった。
「で、でもちょっとこっち見ててくれたみたいだし。いいよー二人とも焦んないで」
香奈は階段を登る前、少し眼が合ったような感じがしたのでそれだけで満足だった。今日のところは大成功と思っていた。
「ぷぅ~。カナちゃん、前途が明るいといいわねぇ~」
「まぁ、カナがそういうんだからユキナもあんま慌ててなんかやろうとしないでもいいんじゃない? 暖かく見守ろうよ~」
「そだねぇ」
律子の冷静な指摘は雪菜には効くので助かる。香奈としてはそんなに、そこまで意識してもらっちゃ心臓が何個あっても足りないと思うくらい緊張してしまうからだ。
『でも翔太くんの眼は下ろした髪の方も追ってくれてたからな』
と香奈の気分はほころんでいた。
「ねぇ、ユキナ話変わるけどあんた受験どうすんのよ」
「えらい、方向転換早いわね。りっちゃん。私はスポーツ推薦? は無理そうだから一般で陸上強い大学狙うよ!」
「そっかぁー、あたしは教育学科狙ってるから結構自由度高いんだよねぇ-。カナは?」
「え、わたし? わたしは、先生には早慶狙えるぞ! なんて脅されたけど、あんまり大学では親のお財布に頼りたくないの。お金の掛からない私立か、それとも国公立のそれなりのところ狙うつもり」
「カナちゃん偉いね。親御さんお金持ちなのに頼っちゃおうってならないの~?」
「ううん、それもあるんだけど、高校ではバイトとかしなかったから、大学行ったらバイトとかもしてみたいし。自分で稼いだお金で学費って出せたら勉強頑張れるかなーって思ってたり」
「あー、たしかにそういうのあるわー、あたしの兄貴なんかバイトに嵌まって大学留年してるくらいだけどねぇー、そっちのほうが今は楽しいんだってさ。親はお金の心配ないから放っといてるみたいだし」
「カナちゃんすごいなー、大学のお金のことまで私全然考えてなかったわ。そうかーバイトかー、私たち三人行く大学は違うトコになりそうだけど、バイト先とかが合わせられたら面白いよねぇ~」
「そんなにうまくいくもんかねー、でもそれはそれでありかも知れないけど」
「ショップの店員さんとか? マックとかコンビニじゃ一緒になってもあんまり面白そうじゃないかもー」
「それは言えてる」
「そうだ、バイト先で良いっていうならパパに頼んでどこかの支店に入れてもらうって言う手もあるかも!」
「おーカナちゃんのパパアパレルの社長さんだもんね! それはありかも知れないけど、そんなこと頼んで怒られないの?」
「自分で学費ちょっと出したいっていうのはもう伝えてあるんだ。だからそういうのもありだと思うし、協力してくれると思う」
「おーそれは心強いね~あたしも参加ー!」
「三人で大学になっても一緒に居られたら良いなぁー」
「雪菜案外そういうとこ可愛いね。友達多いのにさ、親友思いとかカッコイイし可愛い」
「なっ、褒めても何も出ませんようりっちゃん」
「ふふふ、わたしもユキナとりっちゃんと一緒に居れると良いな~」
ぼんやりと高三の女子らしいことを考えつつも三人は三人でこれから仲良くやって行けそうな雰囲気に満足している。
「あ、何も出ませんって言ったけど~出るかもー」
外で自転車の止まる音がしたので翔太が帰ってきたようだ。
「翔太クンか、またどっかに買い出しに行ってくれたのかな」
「いつもすみません」
「いいのいいの。あいつの好きでやってることなんだからさー。ちょっと行ってるねー」
と言って雪菜は部屋を出ていった。
指を組んで机の上に置いている香奈を眺めていた律子は少し微笑んで。
「ふふ、カナ、こういうところがいいなーって思ってるんでしょ?」
香奈もそのまま微笑みながら、
「うん、私一人っ子だからかな、翔太くんお客さんにも丁寧だしね」
ふると首を振って律子が答える
「いや、うちの兄貴たちはあたしの友達が来たってああはしてくれないから-、そういう意味では翔太クンは特別出来る子っぽいね~。ユキナの指導がいいとは思えないから、ご両親がしっかりしてるんじゃないかなー」
「そっかー、ねね、りっちゃんはお兄ちゃんのこと好きになっちゃったりしたことないの?」
すっと目線を持ち上げてこんなことを訪ねてきた。
「えっ!? そ、そうだなぁ……それは、あれかい? カナが翔太クンが気になるのが、姉が弟を好きになるみたいな感じかなって思ったからかい?」
律子はそういうところに鋭くて、
「うん、そういうこと」
素直に答えてくれる香奈には弱い。
「うーん、恥ずかしいから秘密だけど。一番上の兄ちゃんにはちょっと、ちょっとだけだけど本気で、女として、気になった時期もありましたよっ」
滅多に見せない律子の女の子な顔に香奈はすこしびっくりした。
「それでそれでっ!?」
いやーこまったこまったと頬を掻きつつ律子は。
「まぁ香奈に嘘ついてもしゃーないからゲロっとくけど、あたし今でもその気持ちはちゃんととってあるって感じかな。でも一番上の誠にいもこないだ婚約したし、いまはもう応援したいって気持ちだけかな」
恥ずかしさが限界で雪菜の部屋で一番大きいクマのぬいぐるみを抱きしめて顔を埋めた。きゃー。と言っている。
「ふふふ、りっちゃんかわいい!! でも、そういうのってあるんだ! なんか素敵! あ、でもユキナが翔太くんのことそう思ってたらとっちゃうことになるかなぁ~」
赤い顔のままぬいぐるみから顔を上げ、
「やー、ユキナのあの感じからするとそういう気持ちは無いみたいだけどね。ま、兄弟持ちだとわかる雰囲気っていうかさ」
「そうか-、そうなんだー」
なにやら得心がいった顔でニコニコ頷く香奈。
コンコンと、ノックしてから雪菜が入ってきた。
「あら、居ないところで何か楽しそうなお話をしてたみたいな? りっちゃんかわいいの怪しい」
あわてて抱きしめてたぬいぐるみを横に手放して、でも倒れないように腰掛けてあげて、
「な、ななんな。なんでもないよー? (カナ! 秘密だかんな!)」
と目配せする
「ううん、私がちょっと面白いこと言ったら、りっちゃんが過剰反応しちゃってさー。そんなことよりまた翔太くん何か買ってきてくれたんでしょう? ありがとうね」
うーむ怪しいと思いつつも、お盆を机に置く。
「今日はお小遣いの都合でコンビニスィーツだそうでございますが……」
3個プリンパフェが並んでいた。
「あ、これこないだテレビでやってたやつじゃん! いま売り切れで手に入らないって言ってたのに! 3つとかスゴイ!」
赤ら顔から復活した律子は大いに喜んだ。
「わー、また貴重なものなんですね?」
確認するように香奈も続く。
「あー、そうなのかー、そうだったのかー」
「あれ、ユキナさんだいじぶ?」
「いや、コンビニかー、サンキュ、なんて程度しか言ってあげなかったから、あいつショック受けてたら可哀想かなと思って」
「あとでちゃんとお礼言ってあげれば大丈夫だよ、わたしたちもお礼言わなきゃね」
「うーむ、あいつめそういうのまでチェックしてるんかー、意外と乙女なんだから」
「出来る弟クンはちゃいまんなぁー」
「ま、あなたたちが来てくれたときだけだけどねぇー。とりあえずいただきますか。翔太に感謝っと」
「はい、いただきます」
階段の下からちょっとだけ様子を窺ってた翔太は、姉のそんなやりとりに、ま、あの姉ちゃんならそんなもんだろうなと思ってたので頭を掻いて踵を返した。
お客さん二人に喜んでもらえているようならそれで十分。
『そういえば今日の香奈さん髪下ろしてたし、可愛かったな~』
などとおもいつつ時計をみてから晩ご飯の仕込みでもしようと思ったのだった。
「翔太こっちおいでー」
二人が帰る頃に玄関に呼ばれたので行ってみる。
「なに姉ちゃん」
二人は靴を履いて居住まいを正してからこちらを見ている。
「翔太クン、スィーツありがと、お礼ちゃんと言わなきゃって思ってユキナに呼んでもらっちゃった」
「あれすごい美味しかったです。手に入りにくいのにわざわざ気を遣っていただいて、いつもありがとうございます」
二人とも丁寧に頭を下げて礼を述べた。
「い、いやーたいしたもん用意できないですけど、よかったらこれからも遊びに来て下さいね~」
「あたしは、なんも用意してくれなくてもこれからも来るからサ。ユキナよろしくー、翔太クンありがとう~」
「わたしも、あんまりお気遣いしていただかなくても大丈夫ですけど、ユキナちゃんのところには来ると思うので、翔太くん、よろしくね」
香奈の見上げた目線と翔太の目線が瞬間合ってしまって、おやまぁ良い雰囲気と思ったところで慌てて翔太の方から目線を外すのを雪菜は見てしまった。
「うんうん、まったねー」
「お邪魔しましたー」
と二人が帰っていき、翔太の方をちらっと見るとちょっと面白い顔になってたのですかさず突っ込みを入れとく。
「二人ともね、スィーツすごい美味しかったって、お礼言いたいから翔太呼んでって言ってくれて。あれっ? 翔太、もしかして照れてんの?」
「そりゃ、あんな美女二人にそういわれりゃ照れるさ!」
「あらあら素直ね。りっちゃんとかなちゃんはお姉ちゃんの友達の中でも、たしかに一番美人さんだしねぇー、そだっ、翔太! どっちが好み?」
「なななんな! なにいってんだよ!」
慌てて翔太はリビングの方に向かう
「ねーねー、どっちよー」
姉は追撃する。
まぁ、効かなくとも好みのタイプの話と、さっきのことから香奈ちゃんが推しであることは明らかなんだけどね。ねーねーと食い下がる姉に困り顔の翔太だった。
――その日の晩
「ねぇお母さん、それでね翔太ってば、ちゃんとお礼言ってくれた私の友達に照れちゃって。すごい可愛かったんだから~」
姉はわざわざぶりっこぶって母に説明する。
「翔太偉いじゃない、ちゃんとお姉ちゃんの友達にお菓子とか出すなんて、私もあなたもそんな気が利かないのに誰に似たのかしらねぇー」
初登場の青山家母、と隣に居るのは父。
母は真面目な正確で大学の客員教授をやっている、翔太の頭の良さは母譲りだ。
スーツを着たままの夕食というのも普通の光景だった、秀才にも関わらず二十歳で長女を産んだので未だに若い。
「そういや、俺のばあちゃんがすごい目端まで気が利く人だったなぁー、彼女に似たんだろうか、雪菜と翔太からすればひいばあちゃんだ。血筋ってすごいもんだなぁー」
父はおおらかな人格の小さい事務所の設計士で、現場にも出るタイプなのでどちらかと言えば土建屋さんといった感じ。身体も大きくアットホームなパパである。
「翔太、偉いぞ、女の子に優しく出来る男は将来有望だ。おまえは頭も良いし、文武両道だなー」
「えへへー、たまーにちょっと良いことしてみようって思っただけだって~」
「もう、おだてると天狗になるんだから。それにちょっと、お父さん、武じゃないわよ、運動は全然ダメなんだからー。あ。そうだ私、今度県大会あんの、日曜日だから良かったら見に来てね、えーっと父兄宛のチラシがどっかにー」
「姉ちゃん、そんななっても親に試合見に来て欲しいのかよー」
「ううん、これが最後の試合だからね~、全国行けなかったら三年生は終わりなの」
「あら、まだ5月じゃない。こんなに早くに終わっちゃうの?」
「かぁさん、最近は大学受験とかのスケジュールに影響が無いよう、三年生の最後の大会はどんどん早い時期になってるんだぞ?」
「うひゃーそうなんだ、頑張ってね雪菜。私もお父さんもスケジュールが合えば応援行くから!」
「うんありがとう~、あ、これこれプリント。試合はー5月の二週の日曜日だよー」
「はーい、頭に入れておかなきゃ」
「俺も雪菜の最後の試合とあっちゃ見たいなー行けると良いんだが、今の現場がどうなるかだな」
「ふーん、日曜か、中間も開けた頃だし、俺も行ってもいい?」
「え、翔太も来んの?」
「いちおう、応援したいじゃん」
「ぬ、うーん、ありがと。まぁ来てくれるならありがたいですけど」
「じゃあいこーっと」
翔太はまんざらでもなく姉を応援する気だった。
のだが。
――数週経って雪菜の高校陸上最後の県大会の日
かくかくしかじかの理由によって父と母はあいにく雪菜の応援にはこられ無くなってしまった。つまりは翔太だけである。母は気合いを入れてお弁と雪菜と翔太と父と母の分を大盤振る舞いで作ったのだが、持たせてくれたものの本人は来ずである。
「ったく、母さんは急に教授が休んで代理で、父さんは現場で事故とか……こんなに良い天気なのについてないんだから~」
と客もぼちぼち入り出した陸上競技場のベンチで翔太は一人呟いた。
まぁ、姉が頑張って三位入賞を果たして全国に行ければまだチャンスはある。
姉ちゃんなら行けるかも知れない。と思って居た。
グラウンドでは女子200メートル走が行われている。男子400、女子400と競技が続き雪菜は女子400に出場する予定になっていた。
『まだもう少し時間掛かりそうか-。それにしても五月の良い天気だし、まぁ日曜に家にこもって勉強してるより良かったかもなー』
とうーんとのびをする。
「あ、翔太クンじゃん、ヤッホー!」
「雪菜の応援、来てたんですね!」
お、姉の友達のりっちゃんさんこと律子さんとカナちゃんさんこと香奈さんだ。
あ、未だに名字聞いてねぇ!
「あ、こんにちは。いちお、姉の最後の試合になるかも知れないし、親にこんなにお弁当持たされちゃったんで、応援に来ました。ホントは両親も来る予定だったんですけど、急用が入っちゃって申し訳ないんですけど俺一人で」
律子は遠慮無く翔太の隣の席に座る。
律子が指示して香奈は翔太の向こう側の席に二人で挟むように座る形になる。
「えへへ、ここ開いてるんでしょ? いいよね」
「お隣、お邪魔します」
「ええ、いいですけど」
「照れない照れない、いやーしかし偉いわ、姉ちゃんの試合なんて応援に来るかね普通。あたしね、兄貴二人いるんだけど、兄貴の野球の試合なんか応援行ったことなかったなー」
「え、りっちゃん家族の応援って行ったこと無いの?」
「やー、こっぱずかしいじゃん。ね、翔太クン」
のぞき込まれて ね? と言われてドキリとしてしまうが、
「まぁそうですよねぇ……俺だって今日父と母が来るからってんで来るつもりでしたし」
「えー、そうなんだ、家族皆で応援してわー! って、箱根駅伝とかの応援はなってるじゃん~。わたしそういうものなのかと思ってた」
「そりゃーカナ、箱根駅伝とかになりゃーそうだよ。でも高校の部活じゃーそこまではいかんって」
「そうなんだー、あ、翔太君、そういえば、お姉さん伝手では何回かお会いしてるけど、わたし達ってちゃんと顔を合わせるのって初めてですよね。わたし、双葉香奈っていいます。いつもお姉さんにお世話になっております。高校でね、同じクラスなんだ」
ぺこり、と丁寧に頭を下げるこのお姉さんは、今日は制服では無い白のシャツとチェックのスカートで、綺麗な黒髪はこないだと同じくおろしてる。
ふんわりとした雰囲気だが大人の女性って感じがしてる。隣に座られちゃ今日も良い香りがしてきそうだ……。
「ああっ、そういえばうちも自己紹介とかしてないじゃーん、あたし、相崎律子、同じく雪菜と同じクラスだよん。改めてよろしくねっ」
ショートカットで元気に片手をピンとたてて挨拶してくれたこのお姉さんは、今日はキャミソールにホットパンツ。露出が多くていきなり隣の席に座ってきたので超びっくりだったわけだ。でも元気タイプなのかいやらしい感じはしない。姉より明るい人かもしれない。
「あ、青山翔太です。いつも姉がお世話に……っていうのは前も言ったかな。そういえば姉ちゃん、ちゃんとお二人の名前教えてくれなくて、今初めて知りました。なんかすいません」
「あはは、あの子そそっかしいからそうだろうなと思ったよ。あたし達ねまぁ、一年二年はまぁ顔見知り程度だったんだけど、三年でクラス替えあってからなんか気があってさ。いっつも一緒に居るんだ」
「今日もね、ユキナが最後の試合だから、わたしがりっちゃんに行こうっていって付いてきてもらったの!」
「ねー」
「ふたり、あ、姉ちゃんも入れて三人は仲良いんスね! いいなー姉ちゃん」
ぽろっと本音が。
「あら、どこらへんが良いと思うの~?」
しまった。
「え、あ、いやー良い友達が居てって事っス」
「翔太くんだって友達いっぱい良そうじゃない?」
うーん、とちょっと翔太は考えて、さほど暗くならないように注意して答えた。
「まぁ友達はいるけど、あんまり親友っていうのはいないんですよねー、二人、家に来て姉ちゃんと一緒に居るときもいい顔してたから、そういうのいいなーって」
ふぅん。と意外や意外と感じたのは律子も香奈も同じだった。
『意外、友達あんまり居ないのか、うちの兄貴より数段カッコイイのに勿体ないなー』
『出来る弟さんなのに、お友達は少ないのかしら。でも、こういうところ見てるとすごいしっかりしてそうだし。ユキナの弟くんにしちゃできすぎだなぁ』
「あいやいや、何言ってんだろ、あんま気にしないで下さいね。今日は姉ちゃんの応援だし、二人もそうなんスか? 他に同じクラスの陸上部の人とかは出てないんですか?」
空気も読めるしなかなかセンスあるのになーと律子はおもいつつ。
「うん、クラスの子も何人か居るけどね、女子のエースはやっぱユキナだし! 応援に気合いが入るわー」
「男子でも何人か選手はいるんですけどね、ユキナちゃんが一番有望株で、全国行けるんじゃ無いかって先生方も噂してるんですよ」
「うわ、そうなんですか?! 全然知らなかった、姉ちゃんほんとに陸上バカだなー、ほんきなんだなぁ……。まぁ高校最後かも知れないってなったらそれは本気になりますよねぇ」
「あの子意外と何かに打ち込む時の姿勢すごいからねー、今回は有終の美を飾ってくれるんじゃ無いかしら」
「気合い入れて応援しちゃいましょう! ね、翔太くんも!」
「は、恥ずかしいから声はあんまり出せないと思いますけど、ハイ」
少女二人に挟まれて、意外と気を回してるようにしてる翔太だったけれども、姉の応援という大目標があるから、二人に挟まれた間でも間が持ったのかも知れない。
そしてそろそろ姉の女子400メートル走の時間が近づいてきた……
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