●6. 最低
S.Oにおけるキャラ育成は、狩りやクエストで稼いだ経験値を各種技能に割り振っていくことで行う。経験値を稼げば自動でレベルアップしていく、というシステムではない。というか、そういう意味でのレベルという概念がない。しかしながら、キャラの総合的な強さを表すものとして、獲得経験値の量に応じた【ランク】が設定されている。
フライド豚まんとココロは現在、共にランク二である。現状のペースだと、今日か明日にもランク三に成れそうだ。
『決めた。わたし、ランク三になったら、皆元くんに話しかけるわ』
それは、いつもの日課クエスト往復マラソンをしながら狩りをしている途中、MP休憩していたとき、ココロが急に脈絡なく言ったことだった。
『そういうの、死亡フラグと言うんだが……』
そう言わずにいられなかった俺に、ココロは首を傾げるジェスチャーをする。
『何それ?』
予想していた質問だ。
『戦争映画で、この戦争が終わったら結婚するんだ、って言った兵士はまず間違いなく死ぬだろ。そういう発言のこと』
『ああ!』
右手のグーで左手のパーを叩きながら頷く仕草までつけたココロだったが、
『って、わたし死なないし!』
『ノリツッコミだと……!?』
堀川さんがそんなことをするなんて……!
『そういうつもりはまったくなかったんだけど、とにかく死なないわよ。ちゃんと話しかけるもん!』
『だったら、今夜の狩りでも、さっきみたいな立ち回りでよろしく』
『分かってるわ。敵に狙われたら、豚まんくんのほうに逃げればいいんでしょ』
『うん』
今し方までやっていた狩りは、前回の反省を活かして立ち回りの特訓をしよう、というコンセプトの下、いまさら楽勝な狩り場である【マリオム大森林・街道付近】で行った。
わざとココロのほうに敵を流して、その敵の攻撃目標を俺に変えさせるための動き方を練習したのだ。基本的な動き方については学校にいる間に携帯メッセで伝えていたけれど、オタク友達から隠れてメッセを送るのは思いの外難しくて、さらっとニュアンスを伝える文章しか送れなかった。
しかし、そこはさすがの堀川。俺の拙い解説だけで理解できたのか、はたまたウィキか何かで予習していたのか、蓋を開けてみれば、ココロの動きは前回と見違えるように的確だった。
敵からターゲットされたと同時に俺がいるほうへと動き始めて、俺――フライド豚まんと交差して駆け抜けていく。それを追いかけてきた敵は、自分から俺の攻撃範囲に飛び込んでくることになるから、俺はほとんど動くことなくそいつに攻撃を当てて、狙いを俺に向けさせることができた。
しかも、何度も練習を重ねていくうちに、ココロの動きはもっともっと洗練されていった。
敵にタゲられても敢えて俺のほうに走ってこないで、わざと俺から少し離れたところに駆けていくことで、そちらのほうにいた敵も引きつけておきっつ、カバーに駆けてきた俺と交差して、敵二匹を擦り付けていく――というように、ココロは俺が立っている場所にではなく、俺がこれから向かうと予想した場所に動くようになっていった。
……というか、俺が堀川に動かされるようになっていた。
酔っぱらいのようにふらふら歩くココロをカバーしようと動くと、結果として上手いこと周囲の敵が自分の攻撃範囲に集まってきているのだ。
途中からは、俺も積極的に敵を自分に集めるように動くようにした。そうすると、途中で何度か互いの動きを読み間違えてリズムが乱れることもあったけれど、堀川はその度にすぐ修正してきて、狩りのペースはどんどん速くなっていった。最終的には敵の沸きペースのほうが追いつかなくなって、敵が集まるまで二人別々にふらふらと動きまわって、処理できる限界まで集まったらココロの火魔術でドーン。そしてまた手分けして敵を集めて……と、ふらふらドーン、ふらふらドーンを延々繰り返したのだった。
終わってみれば、練習という名の必死狩りだった。下位狩り場とはいえ、想像以上の経験値を稼げていた。換金用の収集品もたっぷり拾えたし、装備をひとつくらい新調しても……いや、待て。装備品には、装備条件として一定以上のランクが要求されるものも多い。もう少しでランクが上がりそうなのだから、ランク三になってから新調したほうが良いものを選べるはずだ。
「――よし、そうしよう」
俺、ランク三になったら装備を新調するんだ!
誘惑に負けて不用意に死亡フラグを立てた罰があったのだろうか――この十五分後、俺たちはボス級の魔物に襲われた。
巨大なフンコロガシだった。
他の敵より明らかに巨大で、現れた瞬間に「あ、これはヤバいやつだ」と思ったけれど、逆立ちで大玉転がししながら迫ってくるような見た目のくせにやたら移動速度が速くて、逃げる余裕を与えてくれなかった。
覚悟を決めて盾を構えたフライド豚まんは、鎧袖一触で倒された。大玉に轢かれて、一瞬で耐久ゲージをゼロにされた。俺の背後で魔術の準備をしていたココロも、俺という盾がなくなったことで、数秒後には俺と同じ運命を辿った。
俺たち二人を倒れ伏す死体に変えた巨大フンコロガシは、次なる標的を求めて、画面外へとごろごろ去っていった。
『どうして、こんなところに、あんなのがいるのよ……』
『それな』
『この前はいなかったじゃない!』
『だよな』
適当に相槌チャットを返しつつ、俺は別窓で開いたブラウザで情報検索。すぐに分かった。
『いまのはキングスカラベだって。本当はもっと高レベルのマップに出てくる敵なんだけど、なぜかこのマップにも一体、数時間間隔で沸くんだってさ』
BOT対策なのかマンネリ防止のためなのか、多くのマップに沸くよう設定されている
『なぜかって、なぜよ……』
『運営に聞いてくれ』
『公式サイトの不都合報告からメールすればいい?』
『仕様です、だってさ』
『報告した人いたのね……』
二人して死亡状態で横たわったまま、こんなチャットを交す俺たち。
クリックひとつで街中に死に戻りできたけれど、まったく歯が立たないほど強力な魔物に瞬殺された余韻に、しばらく浸っていたかったのだ。少なくとも、俺はそんな感じの気分だった。
『で、感想は?』
ココロが唐突に聞いてきた。
『強すぎだね。あれは当分、会ったら死亡確定だな』
『そっちの感想じゃなくて!』
俺はそう答えたが、ココロは違うと言ってくる。
『じゃあ、なんの感想?』
聞き返した俺に、
『初めて死んだ感想よ』
ココロはにやりと笑って言った。死亡状態ではジェスチャーを取ることもできないけれど、ココロというか堀川が、画面の向こうでにやにや笑っていると容易に想像できた。
俺は少し考えて、
『初めては痛いっていうけど本当だったわ』
……エンターを押した瞬間、あー滑ったな、と思ったけれど、もう遅い。
『最低』
その一言を残して、ココロの姿がすぅっと消えた。死に戻りしたのだった。
俺もすぐに帰還アイコンをクリックして追いかけたけれど、ココロの姿は帰還ポイントの近くにもない。どうしたのかな、と思ったところで携帯のアラームが鳴って、メッセ着信を知らせてくる。
『落ちて寝ます。明日まで反省しておくように』
ものすごく怒っているんだからっ、というスタンプ付きのメッセージに、俺はもう本当、顔が熱くて、
「ううわあぁ! 馬鹿あぁ! 馬っ鹿ああぁ! 俺のばあっかああぁッ!!」
叫び出したくなるのを通り越して、リアルに叫んだのだった。
そして、「じゃかましい!」と母軍曹に雷を落とされたのだった。
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