2月20日 宮本和成「後輩の成長」

 昨日は随分楽だったらしい――ああ、残業の話だ。

 日中は今週末までビラ配りで、来週頭から四日間の停水期間ってことで普通なら忙しいはずなんだが。

 今日はオレが残業に入っている。相方はボーヤ。

 へなちょこだが、オレはさほどコイツが嫌いじゃあない。ぼんやりしてるように見えるわりに意外と気が利くし、生真面目だが少年みたいに変なことを言い出したりもしない。

 だがな、コイツ、よくも悪くも普通なんだよな……。

「おい、ボーヤ、何ださっきの電話は」

 今し方、溜息ついて受話器を置いたボーヤにあえてドスを利かせて問う。

 ビクッと肩を震わせてこっちに向いた顔はあからさまに引きつっていたが、構わず睨つけてやると、ためらいがちの返答を寄越してきた。

「その、これから支払いにくるから七時半まで待ってくれ、ということでした……」

 ――これだ、ボーヤの欠点は。

 相手に強く出られるとどうしようもなく弱気になる。

 慣れた相手ならば多少はしのげるみたいなんだが――

「ふざけんなテメェ! そんな約束したらどんどん帰るの遅くなるだろうが!」

「で、でも、消し込み合わなくって井上さんからの連絡待ちですし、今日はさっきからお客さん相次いでますし、電話もかなりかかってきてますし、それに同じ時間の約束が別に一件入ってますし、仕方ないかなと」

 ――そう、オレの相手は大分慣れてきてるみたいなんだよな、コイツ。

 ビクビクされるとよけい腹立つからこんくらいの方がいいんだが。それに言ってることは真っ当だしな。

 消し込みは合わねえし客も電話も引っ切りなしだし、何つうかあれだ、とことん間が悪い。

 こういう日ってあるよなと諦めちゃいるんだが、昨日はいよいよ暇だったとか佃さんや野口さんに溜息混じりに言われてて、今日ももしかしたらそうなるんじゃあないかと淡い期待を抱いていた分、何かおさまらねえ。

「まぁいい、ボーヤ、テメェは消し込みを何とかしろ。電話と客はオレがやってやる」

「え、いいんですか……?」

 そう訊いてきた顔は、ホッとしたというよりは新たな不安を抱えてしまった、って感じだった。

 大方、オレがこれから客相手にストレス解消しようとしていることに気付いたんだろう。

「ああ、そっちの方が効率いいだろ」

 素知らぬふりで言ってやると、不安そうな表情はそのままだったものの素直に一つ頷いていた。

 根は案外山木や佃さんに似ているんじゃあないかと思うボーヤ。たぶん、こっちで何があっても黙って自分の仕事をまっとうするだろう。


 こんな時に思うこととしては微妙な気もするが、後輩の成長を見るってのは結構楽しいもんだ。

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