2月19日 野口浩二「あってもなくても」
仕事が、ない――もっとも、今は就業時間ではなく終業後だが。
じゃあ帰れよと言われそうな気がするものの、停水のビラ撒き期間中は消し込み作業が就業時間内にできないということで、必ず二人一組で残業に入ることになっている。
しかし、いくら消し込みのための残業といっても、日中派手に「今週中に払ってくれなきゃ来週きっちり停水するんでそこんとこヨロシク」的なビラを撒いて回っているものだから、結局、日延べの申し込みだの駆け込み支払だのの対応もしなければならず、消し込み作業の方も必ずしも簡単に合うとは限らないため、日によっては非常に厄介なことになったりすることもあり、そうでなくともかなり気ぜわしい――はずなのだが。
「野口。こっちの作業も一段落ついたぞオイ」
一緒に残業に入ってる佃さんが不機嫌な声を上げる。
――実のところ消し込みはとっくの前に終わっていた。おそろしいくらい簡単に数字が合い、見直しまでやったくらいだ。
その時点で帰ってもよかったんだが、そうやって早く帰った時に限ってあとから客がわんさと押し寄せて、宿直が泣くか怒るかすることになる、とそんな経験則から客待つついでに年度末に向けた不納欠損処理の準備に着手して……それも今、俺たちでできる分はやってしまったということになる、のか。
「……ていうか残業始まってから誰も来ないですね」
「仏頂面のお前が入ってるってことが奴らにバレてて誰も来ないんじゃねえのか?」
「佃さんが入ってることがバレてんですよ、たぶん」
見るからに機嫌が悪い佃さんは、さらにそのまんまじゃ絶対に窓口に出せんような極悪な面持ちになって口をへの字に結ぶ。
かくいう俺も、きっとそれなりに悪い顔になってるのだろうが。
元々帰る時間なんてある意味適当だし、今日の宿直は営業課の人間がいないってのもあって、何というか帰るタイミングを考えるのも難しい。
「ああ畜生、まだ六時半か。これ以上仕事片づけたら山木の奴を喜ばせるだけで余計頭にくる」
「こっそり停水でもして回りますか」
「ああ、やりてえよ。つうかできるもんならもうすでにやり始めてる自信あるな」
結論、仕事はあってもなくても腹が立つ。
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