2月9日 市川武男(収納係停水班)「日直」
久し振りに日直に入った。
ヒラには等しく回ってくるはずの日直だが、ここ二、三年は山木君が気を遣ってくれていたおかげでご無沙汰だったから、本当に久し振りの日直だった。
――まぁ、日直は宿直と似たようなもんで、ほとんど宿直室での電話番だ。愛想の悪い俺みたいな奴は使おうと思っても使いづらいだろう。
「退屈していませんか」
相方は山木君だ。俺に慮ってか、あるいは客に慮ってか。ともあれ気遣いってやつには違いない。
「たとえ退屈だとしてもそれが仕事だろ」
だいたい化物相手にキーを振り回しても片っ端から知恵の輪を填めていっても退屈だと思うことはある。
いそがしいからといって退屈ではないとは限らないし、逆にほとんど電話も客もなくってスカスカな時間をすごしていても退屈とは限らないだろ。
で、今の俺はというと別に退屈じゃあなかった。
「山木君の手許眺めてりゃ、それなりに退屈しのぎになるしな」
――イマイチ事情がよくわからんが、山木君は日直に入るなり、戸棚から白い糸玉の塊を取り出して編み物を始めた。
家内が昔よく編んでいたレースのように見えるんだが……と思って眺めていたらやっぱりレースで、それも家内がよく編んでいたのよりちょっとばかりややこしそうだった。
何で山木君がレースなんて編んでんだ? って疑問はあったが、しかし、懐かしいってのが勝って、俺は飽きずに眺めてる。
昔はよくやるもんだと呆れつつ、家内が編んでんのを眺めていたもんだ。
だが、そんな普通の毎日がなくなって久しくもなれば、懐かしいと感じるもんなんだろう。
「山木君が器用だったってのが、妙に記憶に残りそうだ」
これが最後の日直だしな。
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