番外編 ―水道局日記―
2月1日 田実遼子(田実正行の妻)「近道」
夫が仕事から帰ってきてから買物に出かけた。
考えてることは皆同じっていうことはないのだろうけれど、金曜日の夜ってとりあえず市街に向かう道はことごとく渋滞して――あ、また赤! ていうか前の方右折信号出てんのに何で一台も曲がってないの?
もちろん、それは心の声であったわけだけれども、突然、夫がウィンカーを立てて右折した。
今し方、結局二台ほどしか曲がれないままに一瞬黄色になって赤だけがともった信号のある交差点じゃあなくて、それの一本手前。
信号なんてなく、入り込んだのは細い路地。
私はたった今、こんなとこに道があったことを知った。
「何これ。どこに出るの? ていうか出られるの? 一通とかじゃなく?」
路地の入口は雑居ビルに両脇を固められ、そこから先は両脇が延々住宅地。団地なのだろうか。
やけを起こしたかと運転席を見る。
「まぁ見ててよ。びっくりするから」
夫はそんなことを言ったものの、得意げかというとそうでもなく……苦笑い?
――結論から言えば、どうやらこんな混雑時にはもってこいの抜け道のようだった。
対向車とのすれ違いは軽四でギリギリの狭さがネックだけれども、渋滞中のいつもの道を行った場合の三分の一くらいの時間でショッピングセンターに到着した。というか、抜けたらショッピングセンタの目の前でちょっと感動した。
「うわー、尊敬しそう。いや、尊敬する」
実のところ夫はちょっとばかり方向音痴の気がある。
よく道を間違うし、一度通ったくらいじゃあなかなか覚えない人なのに、こんな気の利いた道を知っていたなんて本当に感心。
でも、夫はなぜかやっぱり苦笑い。
「……何、その微妙な顔は」
「覚えたくないのに覚えちゃった道が役に立つのが何か複雑で」
「……どうして覚えたの?」
「したくもない仕事」
苦いながらも浮かべられてた笑みが消え、残ったのは溜息のみ。
えっと、水道局の営業課収納係だったっけ? 正行さん、大変なんだね。
でも、この道便利だから私も使うよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます