2月2日 小寺 陸(収納係精算担当)「宿直明けの休日」
オレの携帯電話の発信履歴の一番上はいっつも同じだ。
ちょっと前までは入れ替わりが激しかったけど、ここ一年くらいはホント固定。
やっぱりね、三十代も後半にさしかかる頃になっちゃうと、寄ってくる女の子の種類がちょっと変わってくるというか何というかで、なかなかね……というわけで、今日もオレは何のためらいもなく発信履歴の一番上をリダイヤルする。
五、六コールくらいで繋がって、オレはそいつが何か言う前に爽やかに切り出した。
「おはよう、祐一ちゃん。これからスノボ行こ?」
黙ったまま、数秒間、
『……何でいきなりスノボなんだよ。アンタ宿直明けだろうが』
返ってきたのは、大学の後輩で職場でも気づいたら後輩になっていた山木祐一の、職場では絶対にありえない荒い口調。
オレとの通話ではこれがデフォルトだけど、それにしてもちょっと機嫌悪めかな。
腕時計を見たら、朝の八時四十分。起きたばっかしか? うん、でも、切られなかった分だけマシだ。いきなりスノボってところに興味惹かれたのかな? 祐一スノボ嫌いだし。
まぁ、切られたところでリダイヤルだけどさ。
「んじゃあ、そうだな、散歩がてらにパチンコ」
『却下』
却下、って言いながら切らないのは、祐一もオレとどっか行きたいってことかな。
間違いなく暇だろうしね。
「じゃ、ローカル線の旅。ついでにボート」
『却下』
「ドライブ。ついでに競輪」
『……俺の運転だろ、ドライブ』
「うん」
オレの車車検中だし。そうでなくとも運転は祐一だけど。
『却下』
「じゃあローカル線の旅。馬しかいない動物園へ」
『ギャンブルから離れろ』
「えー……じゃあ、バスでアウトレットモール? 恥ずかしくない?」
相手がかわいい女の子ならばそれでもいいけど、あいにく祐一は女の子でもなければかわいくもない。
ナンパもなぁ、祐一といっしょだとちょっと微妙だからなあ。こいつ見た目単なる眼鏡男なんだけどどうしてかたまに女の子こいつに持ってかれちゃうしな。
ま、宮本とか連れて街歩いたりするよりかはマシだけど。
あ、そっか、宮本もいるか。うるわしき独身仲間。いや、うるわしくないけど。
「なぁなぁ、宮本と合流してこれからオレんちで呑む?」
これならいいだろ。いつものことだけど、楽しくないことはないし――
『小寺さん』
――あれ? 返事の声が低い。ていうか職場言葉? 急に仮面被っちゃってどうしたのさ? ええ? 不安になるんだけど?
「祐一ちゃん?」
『今日、宮本君はデートです。昨日ものすごく嬉しそうな形相で私たちに言っていたの、覚えていらっしゃいませんか』
……ああ、そうだったね。そうだったよ、思い出した。
そう、そしてどれだけオレたちが絶望したかっていうのも。
先月末くらいから付き合いだしたらしい。あいつのケータイの待受に貼り付けてた彼女の写真、おそろしくかわいかったな……。
「よし、今日は本物の動物園だ! もふもふの動物なでて清い心になろう!」
『自虐はやめてください。清い心になる前に生まれ変わりたくなりますよ』
――その言葉に打ちのめされたオレ。
そして、指摘した祐一自身もそれなりに傷ついたのか、結局オレらは夜になってから連れたってフィリピンパブに出向き豪遊したのだった。
独身って身軽で気軽だけど、たまにやめたくなるんだよなぁ。
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