番外編 ―田実夫妻編―
01 職業病に振り回されて
私の夫はついこの前まで役所の資産税課家屋係の職員だった。
夫がそこで働くまで知らなかったのだけど――いや、今でもよくは知らないのだけど、資産税課家屋係の仕事というのは、新築の建物の評価をして固定資産税の課税額を決めたり、取り壊しの決まった建物を調査して課税を外したりするというようなことらしい。
仕事するのは給料のため以外の何ものでもないと常々言っている夫は、そのくせ仕事にのめり込むようなところがある。
資産税課にいた頃は、課税の評価基準とやらを暗記していて、それを使いたいがためだけに、あちこちの住宅展示場を巡り歩いていた。
「基本的にね、和室が多い純和風家屋系は課税額が高くなる」
「へえ」
「まず、畳の評点がフローリングより高い。後、真壁――柱が剥き出しになるような作りはこれもまた高い。それに和室の壁は材質そのものも洋室の壁紙とは違うし、天井も違うでしょ? これがどちらも高くて、和室は全体的に点数を押し上げちゃうんだ」
「なるほどねー」
お陰で私も少しだけ詳しくなった。
評価基準は年々微妙に変化するそうだけれど費目自体が大幅に変わることはあんまりないそうだから、念願のマイホームを建てる時には、固定資産税を抑えに抑えた家作りができると思う。
しかし、皮肉でも何でもなく、夫が資産税課にいた頃は楽しかった。住宅展示場をたくさん見られたのはもちろん、新しい店ができるなんて情報が早く入ってくるし、急に更地になった場所にもともと何があったとか思い出す手間も省けて、何よりそのお陰で、夫とたくさん会話ができたから。
――そんな夫は今、水道局の職員だ。
そして、離れると興味を失うたちなのか、あれほど詳しく覚えていた固定資産の評価基準はすっかりデリートされてしまったらしい。
今度あそこに何ができるの、とか、あそこ建物壊しちゃったみたいだけどもともと何だったっけ、とか、そんな会話も当然のことながらできなくなってしまった。
ちなみに今はこんな感じだ。
「隣の市の山側の方は水道メーターが地下じゃなくって地上にあるんだよ」
「ふーん……」
「普通メーターって地下のボックスに入っているでしょ? でも、山側の方って野趣溢れてるからそのメーターボックスの中にマムシが巣を作っちゃうんだよ。そうなると危ないし……ぼくたちも無為な殺生はしたくないしねー」
「はぁ……」
役立つ情報をくれとは言わない。
ただ、仕事の話をするのならば、もう少し楽しい話題を選んでよ、と思う今日この頃。
【了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます