5月 五月病予防には飲み会と知恵の輪(7)

 ――開栓を終えた学生マンションからの帰り、山木はひたすら無言だった。

 元々無駄口を叩くようなたちではなく、用がない限りは黙々と仕事をしている。

 しかし、仕事の話に関しては別で、何でも端的な説明と実演ですませてしまおうとする田実の相方よりはよほど親切だ。

 そんな山木が田実の問いを保留したまま沈黙を守り続けている。

 答えるのが困難な問いとは思えなかった。

 言われるがままに特殊型閉栓キャップを取り付けて見せ、その感想を求めただけ。

 だが、山木は取り付けた閉栓キャップの方をゴーグル越しに見、取り外しと開栓をお願いします、と一言言い、対象世帯に開栓したことをインターフォン越しに告げたあとは、そのまま黙り込んでしまった。

 怒っているのか、呆れているのか。黙り込んでいる以外、まったくもっていつも通りの無表情な面持ちから、その奥の感情を読み取ることはできなかった。

 問いを重ねればわかるのかもしれない。しかし、マンションでのやり取りを思い出してみても、私情が挟まる余地はなかった。万が一、先ほどの仕事に関して何かしらの不平不満を持っているとしたら、おそらく田実の相方か係長に報告されるだろう。

 だから、大人しく黙っていた。


 局に帰り着くなり、山木は真っ直ぐ収納係のある二階フロアへ向かい、慌ててあとを追った田実がフロアに着いた時には、田実の相方――市川の横に屈みこんで何かしら耳打ちしているところだった。

 声を掛けようとしたが、市川の剣呑な目がこちらに向けられて、田実は中途半端な位置で足を止める。

 ちょうど係長の机の前辺り。気まずく思いつつ曖昧な笑みを以て村沢係長に会釈して見せる。

 妙な場所で立ち止まった田実と、そして、ひそひそと言葉を交わし、時折田実に鋭い眼差しを向ける二人組を交互に見た係長は訝しげに口を開いた。

「何か……あったのですか、田実君」

 山木と市川の密談の内容は、たぶん、先ほどのマンションでの一件のことだろう。が、言っていいものかどうかわからず、……ちょっとわからないです、と躊躇いがちに答える。

「……困ったことがあったら何でも遠慮なく相談してください」

 真面目な面持ちになってそう返してきたところからして、よくないことだと思ったのかもしれない。

 二人組は、ほどなくしてお互い頷き合って腰を上げた。

 山木はそのまま自分の席に戻って電話を掛け始め、市川は田実の目の前までやってきて、ニヤリと口角だけを歪めて笑った。

「期待しているからな、斬り込み隊長」

「え……、斬り込み、隊長……?」

「ああ」

 さらなる不安を掻き立てる底意地の悪そうな笑みを、今度は満面に浮かべ、田実の肩に手を置き、強く掴む。

「お前が斬り込めば、後は少年が巧くさばいてくれるだろうよ」

「井上さんが、ですか?」

 収納係で少年といえば停水班の井上。佃の渾名同様に命名は市川。ただし、井上の渾名は佃のそれとは違い、係内はもとより課内にも広く知られよく使われている。

 もっとも、井上より年下で新参者の田実は使ったこともなければ使う気もないが。

「さばくというのは……?」

「お前はヤクザの言う通りにすればいい」

「佃さん?」

 自分と井上と佃の接点がわからず、田実は首を傾げた。

 田実の相方は市川。井上の相方は浦崎。佃の相方は宮本。

 相方の休みなどでたまにシャッフルされることはあるが、これまで井上とも佃とも一緒に仕事したことはなく、井上が佃と仕事しているのも見たことがない。

「お前今日が何の日なのか忘れたのか」

 市川は顔をしかめた。

 ええっと……、と思い出せないまま咄嗟に口を開く。

「今日は――」

「停水班と山木君は、佃君主催の飲み会だったのじゃあなかったかな?」

 助け舟のつもりだったのか、それとも何気なく口にしたのか、どちらにしろちゃっかり聞いていたらしい係長が微笑む。

「随分と楽しそうですね」

「楽しくなどない。ぜひともアンタにもあの修羅場の酒を味わって欲しいもんだ」

 笑顔の係長にそう吐き捨てるように言った市川は、だがもっとも……、と酷薄な笑みを浮かべた。

「今日、それを味わうのは俺たちじゃあなくヤクザ、ヤツ一人だけだがな」

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