4月 丸に危険の危でマルキ(1)
四月一日付で田実正行は水道局営業課へ異動となった。
配属は営業課収納係。
とはいっても、初日は辞令交付式や水道局全体のオリエンテーションに費やされ、わかったことといえば大まかな仕事の内容、あとは水道局営業課長や収納係長の顔と名前くらい。
なお、収納係の主な仕事は、水道料金の収納状況の管理、そして、滞納者に対する督促状等の送付、催告、給水停止処理を行う滞納処分の二つ。
このなかで前の上司である資産税課課長の言っていた『危険な仕事』があるとすれば、滞納処分のなかの給水停止処理、すなわち停水だろうと田実は思った。
滞納者に対する停水は水道法や条例で定められている業務だが、だからといって「はいそうですか」とすべての未納者が素直に応じるとは思えない。
しかし、だ。そういう悪質滞納者というのは何も水道料金に限ったことではない。たとえば納税課なども未納者に常に悩まされている。
以前納税課にいた同期の話によると、刃物を突きつけられたり、鈍器を振りかざされたりするということは決して珍しいことではないらしい。まさしく『危険な仕事』であるわけだが、納税課に猛者が集められているというのは聞いたことがなかった。
だが、資産税課課長は田実を武道経験者と思い込んで水道局営業課収納係への異動を人事課に申し入れた、というのはまず間違いないと思われる。
それはなぜなのか。
他の異動者が前の職場の引継ぎをするために水道局を出るなか、引継ぎをすっかり終わらせて来ていたので、会議室で待機していた田実は、「このフロア内ならば自由に見て回ってかまわない」という営業課長の言葉に甘えて水道局二階フロアを歩いてみる。だが、見た感じ何かしらの武道を修めていそうな猛者はいない。
先ほど教えられた収納係のデスクに残っているのは係長の村沢という男と、もう一人、眼鏡を掛けた二十代後半か三十代前半の男のみ。どちらも仕事に集中していてこちらに気付く様子はない。
少しでも手が開けば色々訊いてみようと二人を見ていたが、結局諦めて会議室に戻った。
もっとも、戻ったところでほとんど情報も与えられないまま、広い室内で独り考えたところで疑問が解消されるはずもない。
この日はそのまま終業時刻を迎えることとなった。
帰り際、玄関付近で明らかに堅気ではなさそうな男三人と擦れ違った。
スーツではないが皆、薄汚れた若葉色の揃いの作業服を着て、目深にキャップを被った初老の男に付き従うように、恐ろしく巨漢の青年と人相の悪い長身の中年が歩いていく。
水道料金を納付しにきたのだろうと目星を付けた田実は、ひょっとして、ああいったのになめられないようにするためか、と一人合点して家路へと急いだ。
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