3.先輩が教えてくれたもの

 いつものように起き、いつものように茶色い毛に包まれた棒のようなものを眺め、いつものようにドッグフードを食べる。

3日目にもなると、大分慣れてきた。今日は母さんも出掛けるらしく、夜までナナと留守番だ。ナナはいつも2食。朝と晩。昼は食べない。

 

「じゃ行ってくるね」


 そう言い、ナナと二人・・・いや、二犬だけになる。


「よし、行くよ」


 ナナは中からケージの扉を前足で器用に開け出てきた。行くって、一体どこへ行くのだろうか。


「忘れたの?言っていたじゃん。おすすめの場所教えてって」


 聞こえていたのか。すっかり寝ていると思っていた。

勝手口のドアを開け、外に出て、ナナに着いていく。

長い距離を歩き、着いた先、ここは、昨日来た森だ。ナナも森のオアシスのことは知っていた。


「あっち行くと泉があるのだけど、今日はこっち」


 しかし泉の方へは行かず、更に奥へと進む。どんどん薄暗くなり、不気味だ。一体どこまで歩くのだろう。


「着いたよ」


 目の前には、街全体が見渡せる絶景が広がっていた。

空気も澄んでいて、吹き抜ける風が気持ちいい。聞こえるのは、風の音、そして、小鳥のさえずり。人間が作った雑音は一切無い。


「気に入った?」

「うん。すごくいい場所だね」

「でしょ。ここに来るとなんか落ち着くの。でね、木の実も食べられるのよ」

 崖の近くに生えている木から、ナナが木の実を取ろうとする。嫌な予感がする。


「あ!」


 そこにもう、ナナの姿は無かった。頭が真っ白になる。

しかし、今助けられるのは自分しかいない。

慎重に崖を下る。下りきり、木の隙間から黒い影が見える。間違いない。ナナだ。


「ナナ!ナナ!」


 前足で揺すりながら必死に呼んでも、反応がない。


「ナナ!起きてよ!ねえ!ナナ!」


相変わらず反応がない。自分の為に、こんなことになるなんて。

こういう時人間だったら、今すぐナナを抱えて、病院へと行けるのに。今の自分は、ただの犬。助けることも、泣くこともできない。


 ナナとの思い出が蘇る。先輩犬が旅立ち、しばらく暗かった家に、明かりを灯してくれたナナ。初めて家に来た時は、まだ子犬で、顔はぺしゃんこで耳も垂れていた。噛み癖がひどく、よく手を噛まれていたっけ。

ナナの誕生日の度に新しい首輪を買ってあげて、ピンクの首輪がすごく似合っていた。

ボールも大好きで、投げるとジャンプしてキャッチする。でもすぐに穴を開けて、毎回ペコペコだったよね。

病院が大嫌いで、車から絶対出ようとしなかった。尻尾も下げ、頑なに動かないから、よく父さんに抱えられていたよね。

一回病気になり、毛も抜け、痩せたこともあったけど、相変わらずの食欲でリバウンドしてかなり太ったこともあったよね。

仕事で嫌なことがあっても、家に帰ればナナがいる。ずっと、ずっと、そこには、ナナがいた。

ナナっていう名前は、七番目に来た犬だから、ナナ。数字の「7」のように、ナナが来てからは、すごく、すごく幸せだった。

 

 こうしてはいられない。助けることはできないけれど、助けを求めることはできる。ナナ、もう少し頑張ってね。

全速力で森を駆け抜け、家を探す。

しかし森だからなかなか見つからない。しばらく走ると、ひっそりと建つ一軒家を見つける。ドアを前足で引っかき、人を呼ぶ。

 

「あら、どうしたの?」

 

 中から若そうな女性が出てくる。

 

「ワン!(大切な!)ワン!(家族が!)ワン!(怪我をして!)「ワン!(大変なの!)」

「んー・・・」

「ワン!(だから!)ワン!(家族が!)」

「おや、お客さんかね?」

「あ、おじいちゃん。おじいちゃんなら分かる?」

「どれどれ」

「ワン!(大切な!)ワン!(家族が!)ワン!(怪我をして!)」

「なんじゃと!すぐ案内してくれ!」

 

 通じた・・・?

 

 女性とおじいさんをナナの場所へと案内し、女性がナナを抱え、おじいさんの家へと戻る。大丈夫だろうか・・・ナナ、頑張って・・・!

  

「これでよし。もう大丈夫よ。今は眠っているけど、息は安定しているわ」


 よかった。本当によかった。


「しかし、お前さんもそうだとはのう」

「私のおじいちゃんもね、昔、あなたと同じように突然犬になったみたいよ」


 そんなことが。だから、言葉が通じたのだろうか。


「わしも若い頃ずっと犬になりたいと思っておった。お主はずっと仕事にも行かず、毎日だらだら過ごせていいのうと。そしたら、ある日突然犬になったのじゃ。しかしわしは驚きもせんかった。きっとこれは、神様が与えた試練、今の難しい言葉で言うと『くえすと』とか言うんか?それなのだと思い、きっとわしが『くえすと』を全て終え、色々な成長が出来た時に人間へと戻れると思ったからじゃ。それからは、犬であることを楽しみ、毎日充実した日々を過ごし、様々な経験をし、いつしかずっと犬でいいと思うようになったのじゃ。しかし、次の日には人間に戻っておったがのう」


 先輩の言葉には、すごく説得力があった。自分も、この二度とできない体験を楽しみ、成長しなくては。


 ドアが開き、誰かが来る。母さん?


「まだ寝ているの?ご飯よー」


 え?寝てはいないし、ご飯?


 そして、現実へと戻される。ずっと、長い夢を見ていたようだ。ご飯を食べ終え、寝る時間になり、ナナに今日見た夢のことを話す。


「なにそれ。超うけるんだけど」

「もう心配だったんだから!」

「あたしはそれくらいじゃ倒れないわよ」

「そっか・・・」

「あそうだ、今日留守番のお詫びにって肉くれたのだけど、あんたなかなか起きないから代わりに食べといてあげた」

「え?」


 そう言い放ち、ナナは寝てしまった。


 夢の中でおじいさんが言っていた言葉が蘇る。『クエスト』か。もし人間に戻れたら、犬になる前よりも成長しようと誓い、3日目が終わった。

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