2.気付かなかった景色
「ご飯よー」
その声で目が覚める。母さんの声だ。やはり目に映るのは、茶色い毛に包まれた棒のようなもの。ゆっくり体を起こし、味のしないドッグフードを食べる。
「次は、珍しいニュースです」
母さんが見ているテレビから、そう聞こえてくる。
「こちらは、視聴者から送られてきた一枚の写真です。一匹の犬が、電車に乗っている様子です。とても礼儀正しく、まるで人間のように電車に乗っていたとのこと」
まずい。おそらく自分のことだ。
ピンポーン。チャイムが鳴る。窓から外を見てみると、大きなカメラを持った人、マイクを持った人など数名いる。それは間違いなく、テレビの取材。昨日の帰り道で家を特定されてしまったのだろうか。
勝手口のドアを開け、そっと逃げ出す。
「お宅にこのわんちゃんがいるとお聞きしたのですが、いらっしゃいますか?」
「え・・・?」
「ちょっとお邪魔しますねー」
「ちょっと!」
無理やり入ってくるテレビ局。しかしそこに自分の姿は無い。
「いないみたいですね」
「ちっ。またお伺いしますねー」
一方その頃、自分はひたすら走る。走って、走って、森の奥へと走る。見つかったら、しつこく取材され、やがて一目見ようと家に大量の人が押し寄せる。そうなったら、家族は自分を手放すしかなくなり、最悪の生活が待っている。そうならない為に、ひたすら走る。
走り続け、少し疲れ、水が欲しくなる。ここは森の中。水などあるはずが無いと思っていたが、水の香りがする。鼻をピクピクさせ、その香りをたどる。
木漏れ日がカーテンを作り、黄金に輝いている泉にたどり着く。何とも言えない景色が、目の前に広がっている。
中心には一本の小さな木。この先、何百年とかけ立派に成長していくのだろう。
もし今人間だったら、間違いなく写真を撮っているだろう。
しかし、写真を撮るのはもちろん人間だけ。人間は写真を撮ることで満足し、果たしてその景色や空気感を十年後もしっかりと覚えているだろうか。
他の動物は、その景色や空気感をしっかりと心に焼き付け、生涯を終えるまで鮮明に記憶しているのかもしれない。
そして、水を一口飲む。味はしないが、人間の手によって作られた水とは明らかに違う。
夢中になり飲み続けていると、周りには様々な仲間がいた。鹿、リス、狐。ここがこの森のオアシスなのだろう。
一匹の子鹿が近付いてきた。新入りの自分が珍しいのだろうか。
もし今人間に戻ったら、間違いなく鹿もリスも狐も逃げていく。森を壊し、建物を建て、動物たちの住処を奪う人間は彼らにとって敵だ。以前までは住処だった街に姿を現せば、捕獲され、殺される。突然自分の家に見知らぬ人が現れ、「今からここは俺の家だ!」と言われ追い出され、戻ったら殺される。なんて自分勝手なのだろう。
ふと気付くと、すっかり暗くなっていた。どうやらあまりの気持ちよさに寝てしまったらしい。そろそろ帰らなくては。
初めて会った仲間に別れを言い、家に戻ると、ご飯が用意されていた。
「あら、おかえり。探検は楽しかった?」
優しい母さんの声。元人間だからそれほど心配もしなかったらしい。
そして、いつものようにまったりし、2日目が終わった。
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