第7話 鼻血を出すな!地方上級試験(雑感)
試験官がなかまになりたそうにこちらを見ている。
じっと見ている。
じーっと僕の方を向いて、かと思うといきなり叫びだした。
「き、き、きみ! 大丈夫かい!?」
瞬間、静寂を保っていた教室がシーンとなり、他の受験生は視線を一気に僕の方へ向けた。
僕にはいったい何が起こっているかわからなかった。が、隣の30代半ばの受験生が「あのー、鼻血出てますよ」といって、あたふたした様子で僕に教えてくれた。
机にボタボタと流れ落ちる血を見て、僕はすべてを理解した。
「あ、あのー、トイレに行ってきてもいいでしょうか?」
試験官は電光石火の御意で頷いた。
そして、僕は急いで教室を出、トイレへと駆け出したのであった。
季節的なものが絡んでいたとも思うが、それにもまして、頭の中のハムスターが脳内をギュルギュルぎゅるーーー!っと回り続けていた。
集中力と頭の回転で乗り切れる。
そう思っていた僕は、初夏、地方上級試験も全く対策をせずに臨んでいた(政策論文だけは対策し、教養や専門科目は大学受験の知識や学部知識で乗り越えられると思っていた)。
午前中のマークシート試験(教養と専門)は、やはり「それなり」に解けた。
それなりに、ということは、それなりの結果しか待ち受けていないということである。
僕は、そんなこともつゆ知らずに暴走機関車よろしく、その現場でむやみやたらに頭を回転させて問題を解いていった。
今思えば、笑えてくる失態だった。
ただ、当時の自分はそれでも充足していたのであった。
午前中を終え、それなりの手ごたえでもって、午後の政策論文、いわゆる作文試験に臨んだ。
試験官が来室し、受験生がぴりつき始めた。
原稿用紙というなの真っ白い紙が配布され、そして、問題が配られる。
窓外から雪崩れ込む太陽光が挑戦者たちの額に汗を湧き出させていた。
じっとりと額を拭い、僕は、いよいよラストスパート鵯越のごとく、神経を研ぎ澄ませていた。
そして、例の如くというわけである。
地方上級試験は、その名の通り、あくまで「上級」である。
僕は、なんとか合格することができたが後日談、やはり点数が低く(ぎりぎりで合格したため)、面接が満点であったとしても落ちていたらしかった。
つまりは、あくまで補欠として合格させていたということだろう。
大学受験と同じように、公務員試験にも補欠合格のような位置づけ、悪く言えばキープされる受験生がいる。
もちろん、そうなってしまっては終わりである。
公務員受験生にとって、まずやるべきことは、公務員について僕のように試験中に鼻血を出さないことである。
ティッシュを鼻に詰めて、周りの受験生にクスクス嘲笑されながら試験を受けることがないように、余裕をもって勝負すべきである。
何度も記述するが、公務員試験合格の一番の近道は、高得点で筆記試験を完投することである。
公務員受験生たちの分析対象は、民間就活者や大学院進学者の情報を勘案して公務員将来性があるかを分析することではなし、試験それのみを分析することである。
公務員試験を志したその瞬間から、公務員になることを確たる自信にすべきなのだ。
よく、保険で民間を並行して受けたり、大学院を受けたりする人がいる(たとえば、僕)。
が、やはり、やると決心したら、1年、勉強し続けることが肝要である。そうすれば、都庁だろうが地方上級だろうが最終合格の可能性は飛躍的に伸びる(これは学歴が問われないということも関係している)。
ただし、都庁と地方上級を受けた感触としては、正直に申し上げると、大学受験を戦ってきた学生はやはり有利であり、中でも法学部は特に有利である。
その証拠に、僕自身、ほとんど勉強せずに、筆記だけはぎりぎり通過している。なぜかというと、教養科目は受験知識でカバーできることが少なくなかったからだ。英語は満点だったし、頭の体操も受験数学で対応可能で、法律科目も学部知識で解ける問題が多かった。
誤解を恐れずに言うと、それほど、大学受験を乗り切った者にはアドバンテージがあり、それが逆に足元をすくわれる(対策をせずに臨むため、二択までは絞れるが結局わからないなど、余裕をこいてミスをする)要因となっていることに違いないのである。
つまり、戦略的に解く問題と切る問題を分け、対策した問題のみを解いていけば、そういった腑抜けた猛者たちを突き放すことは十分に可能なのだ。
特に、大卒者に限らず、東京○Tや○原などの専門学校卒者も公務員に滑り込んでいることも珍しくない(大学職員時代は、採用者のうち毎年必ず1人は専門学校卒者がいた)。
帰りの電車の中で、手持無沙汰ながら、僕はパンフレットに記載されている昨年の受験者数と採用者数から、自分の合格可能性を皮算用していた。
そして、会話に耳を澄ますと、となりに座っている女の子はどうやら東北大学だそうだ。
気になってチラッと横を見ると、女の子は、僕の方をみてにっこりとほほ笑んだ。いや、ほほ笑んだかのように見えただけだろう。そんな自意識過剰な僕は、その女の子と二次試験でもあえることを祈りながらムフフな妄想に浸ることにした。
すると、気のせいだろうか、鼻の中で何かツーッと流れるものを感じた。
僕は、急いで鼻にティッシュを詰め、女の子に見られないように窓際に反射する子をじっと見つめながら、家路についた。
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